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第十話 新しい使用人


 警察の事情聴取を受けたが、勝手な行動をした事をめちゃくちゃ怒られた。一歩間違っていたら人質が死んでいたかもしれない。相手は、凶器を持っていなかったからまだよかったものの、今考えるとゾッとする。

 廃墟の不法侵入及び器物破損で危うく逮捕されそうになったが、今回は大目に見てもらえた。

 誘拐事件から数日が経ち、お嬢様も何事もなく学校に通われている。お嬢様は、事件当時軽い脱水症状があったが、現在は回復し、素敵な笑顔を見せてくれる。

 この笑顔を守れた。少しでも、男嫌いが解消されればいいのだが...。

 犯人達の動機は、“新型ウイルスの不況からお金に困っていた”という事らしい。

 お金に困っていたとは言え、誘拐するのも許せんが、お嬢様にセクハラ紛いな事を言ったのはもっと許せん。

 おまけにオレをアザだらけにしやがって。軽い打撲で済んで、骨折は免れたが謎の筋肉痛が体を蝕んでいた。毎日島田くんに湿布してもらってる。


「あの...日村さん...島田さん...あ、あ」


 ハルお嬢様が口をぱくぱくさせてオレらを見ていた。


「きゃああああああああああああああ」


 ハルお嬢様の叫び声は屋敷中に響いた。


「なになに!?ハルどうしたの?」


 あぁ、奥様まで来てしまって。

 上半身は男で下半身はスカート姿。

 ただの変質者でしかない。





 オレの人生は終了を迎えるのであった。





「はあ、バレてしまったのね。半年も経たずに......。」


 奥様から意外な言葉が出た。変態と罵られると思っていたのに。



 急遽、オレと島田くんと奥様と末廣さんの四人で面談をすることになった。


「あらあら、ひむりんバレちゃったのね!」


 末廣さんは、なんだか楽しそうだった。


「あの...いつから、オレが男って事わかってたんですか?」


「書類審査の時からよ!日村ヒム子ってキラキラネームが気になって探偵に調べてもらったの!安心してね!もろもろの手続きはすべて日村一馬名義にしてあるから!」


 最初から偽装なんかするんじゃなかったと後悔した。


「ひむりんには、ハルお嬢様の男嫌いを克服してもらうために配属したの!ひむりんにしかできないことだから。もちろん、奥様にも了承を得てます!」


男嫌いを克服するために?それどころか、余計悪化させてしまっただろ!今後どう顔を合わせていいのか......。


「ゴンちゃんの配属理由も一緒よ!まさか二人とも幼馴染だったなんて!ゴンちゃんは、性別を隠してたわけじゃないけど、もともと女の子になりたいって言ってたから、心は女の子だと思って!」


「島田くんは、あー見えて、中身はしっかり(おとこ)ですよ。それと...なんでゴンちゃんなんですか?」


 オレはこんな状況なのに島田くんのあだ名についてくだらない質問をした。


「龍二、の龍は“ドラゴン”でしょ!?“ドラゴン”の“ゴン”を取ってゴンちゃん!島田龍二って名前聞いた時は驚いちゃった!まさか伝説の地上最強の学生格闘家がうちに来ると思わなかった!ひむりんのために女の子になりたかったなんて...一途で健気よね...。」


 島田くんってそんなに有名だったのか...。

 オレは、高校から大学卒業までバイトを掛け持ちしててテレビを見る時間がなかったからそう言う情報は疎かった。


「私は、あなた達お二人をはずしてもらうつもりはありません。お二人には寧ろ感謝してます。誘拐事件の一件でハルを命がけで救っていただき、ハルに紳士的で健全な男性がいることが理解してもらえたと思います。」


 紳士的で健全か...多くの人達は、女装してる男を果たして紳士的で健全と思えるのだろうか?


「男性が嫌いだからって、今後、男性のいない生活を送ることに限界がくるはずです。それに、ハルには許婚がいるので、ハルが高校を卒業したら籍を入れるお約束です。」


 自由に結婚相手を選べて、結婚をしなくても幸せになれる時代...というCMを観たことがある。オレは、許婚は絶滅したと思っていた。ブライダル情報誌に「今知っておきたい許婚のすべて」という特集があったら、是非一読したいものだ。


「日村さん、島田さん!どうかハルの男嫌いを克服させてください!」


深々と頭を下げる奥様。その姿を見たら断れるわけがない。

 しかし、ハルお嬢様はこの縁談と男嫌いの克服を自ら望んでいるのだろうか。


「お任せください!ボクとカズくんの愛の力で、ハルお嬢様の男嫌いを克服させてみせます!」


「おい、愛ってなんだよ!誤解を招くような事を言うな!」


 男嫌いを克服させるなんて、一体どうすればいいんだよ.......。




「ねぇ!ヒム子!聞いてる!?」


 アキお嬢様のキンキン声が脳を揺らした。


「何ボーッとしてるの!?ちゃんと仕事しなさいよ!」


 生意気な小学四年生のいう事は正しい。仕事中にも関わらず、男嫌いを治すことばかり考えてた。アキお嬢様は、オレが男である事をまだ知らない。もちろん、旦那様も。


「まだ体痛いの?」


 アキお嬢様が珍しく、オレの体のことを心配してくれている。

 そう言えば、あの事件以来、一度もトラップにかかっていない。


「ねぇ...ヒム子。メイド辞めたりしないでね。あたしがお嫁さんに行ってもずーっと一緒だよ?」


 さっきまで生意気な事言ってたくせに、たまに可愛い事言ってくれるんだよな。


「ありがとうございます。ご安心ください、私は来世まで一緒にいますよ。」




「え、それはヤダ。」




 オレの来世は、職を失った。




「あーあ、お姉ちゃんが男の人苦手だから仕方ないけど、たまにはイケメン執事来て欲しいなぁ。」


 唐突にアキお嬢様の切実な願いが漏れ出した。

 執事が来てしまったら、ハルお嬢様はどうなってしまうのだろうか。





 数日後にオレと島田くんは末廣さんに呼び出された。


「お二人にお話がありますぅー!実は、男嫌いを克服するために、執事を配属することになりましたー!」


あまりにも衝撃的なニュースだった。


「それって、オレ達が執事になるってことですか?」


「あなたたちは、メイドのままよ!遥々遠い国からイケメンカリスマ紳士が日本にやってきてくれたの!」


 なんだって?

 アキお嬢様は、この朗報にきっと喜ぶだろう。

 

「今日、来てもらってるの!さぁ!入ってきてちょーだい!」


 異国のイケメンカリスマ紳士は、コツコツと鳴る足並みで、部屋へと入ってきた。色素の薄い金色のロングヘアーは、キュッと一本に結わかれて、尻尾のように揺れている。鬱陶しく斜めに降りた前髪から覗く顔立ちは、彫刻のように美しい。なんだか少し無愛想だ。


「エリオ・ロングコートさんです!日本語ペラペラなのよ!」


 エリオの高い目線からは、殺気を感じた。

 この短時間でオレは、何かやらかしたのだろうか?


「エリオさんはね、まだ十八歳で日本の学校に通いながらアルバイトで使用人をやってくれるそうよ!」


 え!?まだ学生なのかよ!オレより歳上だと思った...。働きながら学業もこなすとは...大したもんだ!


 島田くんの方は一切見ず、オレをじっと睨んでいた。

 島田くんは、何を思ったのか自分よりも遥かに背の高いエリオを見上げ、内なる龍二が出てきた。


「おい、挨拶もせずに、さっきからカズばかり睨んでやがるな......。」


 おいおいおい、いきなり仲間割れかよ。

 あまりにも礼儀がなってないから、きっと頭にきたのだろう。たしかに、日本語が堪能なくせに初対面で挨拶の一つもない。これは社会人として常識がなさすぎる。もともと格闘家の島田くんは、「礼に始まり礼で終わる」に厳しい人だ。先輩としてガツンと注意するのだな!




「お前、まさか...カズに惚れたか?」




「んなわけねぇーだろ!」


 思わず声を荒げてしまった。

 数々の格闘技の修羅場を乗り越えてきた島田くんなら、この殺気に気づくだろうに、なんでいきなり考え方が屈折すんだよ!数々の試合で殺気を受信しすぎておかしくなってしまったのか...。


 エリオは、島田くんの豹変ぶりにも屈折した考えにも動揺せず黙ったままだ。


「三人仲良くしてね!それでは、本日、滝音家の皆様にご挨拶に伺いましょう!」


 とてつもなくご機嫌な末廣さん。

 無愛想で不機嫌な顔をしているエリオ。

 エリオになぜか殺気を送る島田くん。

 早くここから去りたいオレ。


 この順番で、滝音家のリビングに入った。

あぁ、ハルお嬢様がパニックを起こさなきゃいいが...。


「新しい使用人の紹介をさせて戴きますね!」



「エリオ!!」



 まだ紹介もしていないのにハルお嬢様は、まるで街中で友達に偶然あったかのようにアイツの名前を呼んだ。


「ハル...」


 俺たちの前では一言も喋らなかったエリオは、切なそうにハルお嬢様の名前を呼び、ハルお嬢様を優しく包み込んだ。


「ハル...会いたかったよ...。」


 我々の知らないところで、二人は、今生の別れをしたのだろうか。二度と会えないと思った人に会えたときの喜びをアイツから感じた。


「なんでエリオがここにいるの?それになんで燕尾服着てるの?」


 どうやら知り合いのようだが...なんか違和感がある。男性にハグをされてもハルお嬢様は、悲鳴をあげたり気絶をしたりしなかった。


「あ、あのぉ、失礼ですが、ハルお嬢様...男嫌いは治ったのですか?」


「キャッ!...ごめんなさい、日村さん...驚いちゃって...」


 なんでエリオのハグは平気で、オレが話しかけると怯えんだ...。男嫌いはご健在だ!アイツとオレは一体何が違うんだ?

 





「エリオは...女の子ですよ。」





 その時、オレの脳内で、オレがプロデュースした架空の地下アイドルがこのクソダサい現象名をテーマに歌っていた。


 それでは聴いてください、“驚きミルフィーユ”

【驚きミルフィーユ】

作詞・作曲 : 日村ヒム子

歌 オレメイド



キミと出会って

驚きを隠せないよ


サプライズが積み重なって

ボクを翻弄させる


あまあまも

スパイスも

ほろにがも

全部重ねちゃえ


サプライズ サプライズ

無邪気なキミは


サプライズ サプライズ

ボクの運命かき乱す


驚きミルフィーユを召し上がれ



 

次回

3月10日(水)12時更新予定

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