第一話 就職活動
この物語は、フィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。
今日の蟹座の運勢は、六位か――。
どちらに転ぶかわからない微妙な数字すぎて、内容を見ずに順位だけ見て満足する。占いを信じているわけではないが、ニュースを見ている流れで何気なく見る習慣がついている。
女子アナの「感染予防をしっかりしましょう」という呼びかけと共に占いが終わると、新型ウイルスの特集へと進み、昨日の街の様子が流れる。テレビに映る人々は、生活必需品をめぐり、第一次買い物大戦の真っ只中であった。
新型のウイルスの猛威により、変わりゆく世界情勢の中、オレの肉体は平常運転で、決まった時間に砂のような青い髭が生えてくるし、お通じも滞ることを知らない。
SNSの誤情報のおかげで、今日もちまちまとトイレットペーパーを使うのであった。
オレは、絶賛就職活動中の大学四年生で、まだ内定はない。
このご時世で、大学は休校となっているため、就職活動の時間は持て余すほどあるが、就職情報サイトは閑散としている。
数少ない求人募集に書類を送信しても、翌日には各企業から祈りを捧げられる日々だ。今日も企業は、オレに対する信仰心の厚さをメールに添付して、サヨナラを告げてきた。こうして祈りを捧げてもらえるだけ、良いのかもしれない。
必死で掴んだ内定を取り消され、お祈りどころか地獄に落とされた学生もいる。
数をこなしての就職活動というが、今回は例年の就職活動とは違い、募集の数も少なく、稼働できない会社もある。これは、就活戦士達の息の根を止めに来ている。世間よ、就職氷河期という言葉だけで片づけないでくれ。
翌年の春に無事に社会人として飯を食っていけてるのかが不安だ。
決して裕福な家庭でなかったが、大学に行かせてもらったのに、卒業してすぐ路頭に迷うのは流石に申し訳ない。
それに将来は、家庭的な女性と結婚して一姫二太郎と週末遊びに出かけるありきたりな家庭を持ちたい。
延々とテレビから流れるニュースは、新型ウイルスの情報と増え続ける感染者数、大手企業の倒産などの暗い内容ばかりだ。
そんなニュースを観るのも嫌になり、オレの未来予想図とともにテレビ画面をプツンと消した。
もう、ストレスで精神が病みそうだ。
このストレスを発散するために、オレは自宅で密かに女装をする。突然のカミングアウトを許してくれ。
初めての女装は、高校の文化祭だったがその場限りだった。外出自粛期間が、本格的な女装趣味を覚醒させた。
この素晴らしきネット社会は、化粧品からウィッグ、衣装、下着までなんでも揃う。こんなご時世でも、可愛い服やウィッグの販売は、自粛知らずだ。
ありがとう、ネット販売業者様。
ありがとう、運送会社様。
オレの女装ライフは、明るい未来しかなかった。
似合う似合わないはどうでもよく、別人に変身した姿を鏡で見た時の喜びと快感は病みつきになる。
女装をすると、就活の苦労を忘れられるが、色々と思い出すこともある。
二年ほど付き合っていた彼女とリモート飲みをしていた時、片付け忘れたワンピースがオレの背後に映り込んでいたことで、浮気を疑われ「趣味」と言えず、つい最近フラれてしまった。元彼女には申し訳ないが、こんなことがあっても女装は辞められず、女装の中毒性を改めて痛感した。
それと、幼稚園の時に「女の子になりたい男の子」のシマダくんという子がいた事も思い出す。
シマダくんとは、仲が良かった。
オレの好きな特撮の話を聞いてくれたり、オレの好きな駄菓子をくれたり、オレの身の回りのことはなんでもお世話してくれた、とても面倒見の良い子だったが、突然引っ越すことになって小学校に上がる頃から会っていない。
なぜ女の子になりたかったのかはよく覚えてないが、今ならなんとなく女の子になりたい気持ちは少し理解できるような気がする。
シマダくん、元気にしているといいな。
さて、本日の女装のテーマは、【メイド】だ。
理想のメイドになるべく、日々奮闘している。
オレは、メイドへのこだわりが強い。
ネットで購入したロングスカートのメイド服に丸眼鏡と髪型はギブソンタック。この相性は抜群に良い。
衣装を着た時、肌は見えないほうがいい。見えない色気というものが、見たいという本能を掻き立てるのだ。
眼鏡は、つけてる時と外した時とで雰囲気が変わるから倍楽しめる。
髪型は、頸が見えた方がより色気を増す。
この三つの化学反応によって可愛くできた時の達成感だけで、ご飯が三杯食える。
やっとの思いで、理想のメイドを完成させた時、現実が襲ってくる。
「就活しよ……」
メイド服姿で白目をむきながら、パソコンを開いて数少ない求人情報を見ることにした。何も見えやしない。現実もこの先もパソコンの字も――。
ヤケになっているオレの白目にブルーライトと共に飛び込んできたのは【株式会社Dc】という会社の求人募集だった。メイド・執事によるホスピタリティサービス事業らしい。給与も仕事内容も悪くはない。
「どうせまた書類で落とされるんだ、適当に書いて送ろうかな。」
冷やかし程度に応募ボタンを押して、化粧でカバーしきれなかった顎髭をさすりながら、必要事項を入力していく。
「う〜ん、そうだなぁ。名前は…日村 ヒム子。」
送信完了
【厳選なる書類審査の結果、面接に進んでいただきたく存じます。】
書類を送信した翌日の返答は、オレへの信仰心の強いお祈りではなかった。
「嘘だろ……」
女性と偽ったオレの書類が通ってしまったのだ。あんなふざけた名前で書類審査で通すなんて、この会社の人事は異常だ。
このご時世という事もあり、ウェブでの面接だった。交通費も浮くし、空気の重たいアウェイな会場に行くよりホームで面接を受けれるのはとてもありがたい。服装は自由だったから、もちろん女装して挑んだ。声はいつもより高めにして、リングライトの光で剃りたての薄い髭を飛ばし、適当な愛想笑いも完璧にこなした。
結果は、二、三日後にメールで通知するとのことだ。
【厳選なる面接選考の結果、貴殿の採用を内定いたしましたので、お知らせします。】
「マジかよ…でも、なんで“貴殿”なんだ?」
思わず、心の声が漏れ出す。
バレてるのか、それとも誤字なのだろうか。
採用してもらえた嬉しさと書類偽造の後ろめたさが混ざり合い、胃の中で暴れているようで気持ちが悪い。
「せっかくの内定なんだ。もう、バレないようにやるしかない。オレは…メイドになってやる!」
今日の蟹座の運勢は、一位だった。
第二話
3月7日(日)更新予定