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短編(日常・恋愛)

そして私は新しい神様を創ることになった

作者: 鞠目

 カーテンを開けて窓の外を見ると爽やかな水色の電車が雲を押し除けながら気持ちよさそうに走っていた。どうやら今日は一日晴れるようだ。

 午前七時起床。私の一日は一杯のコーヒーから始まる。通販サイトでまとめ買いしたコーヒー豆を小さな木製のミルでコトコト音を立てながら挽き、その間にお湯を沸かす。この何気ない時間が好きだ。

 入れたてのコーヒーを飲んでいるとスマホが鳴った。時計を見ると七時半。いつも通りだ。ディスプレイを見ると電話をかけてきてくれたのはやはり祖父だった。


「おはよう(さき)、起きていたかい?」

「おはよう、うん起きてたよ」

「そうか。今日もうちに来るんだろう?」

「うん行くよ。今コーヒーを飲んでいたからもう少ししたら準備して向かうね」

「わかった。じゃあ来る時に醤油を買って来てくれないかい?」

「うん、いいよ、買って行くね」

「いつもすまんな、じゃあな」

「うんまた後で」

 いつもの時間に祖父からのいつもの電話。毎日何か一つおつかいを頼まれる。昨日はサラダ油を買ってくるよう頼まれた。その前は塩。その前は砂糖だった。私はシャツとデニムのシンプルな服装に着替え、簡単に化粧を済ませて家を出た。自転車にまたがりスーパーへ向かう。


 自転車で住宅街を駆け抜ける。朝の静かな街並みをすいすいと自転車で通り抜けるのはとても気持ちがいい。ふと空を見上げると爽やかな青空が広がっている。私の遥か上空を箒に乗った少女が飛んでいるのが見える。あんなふうに空が飛べたら楽しそうだ。そんな事を思いながら自転車を走らせる。

 大通りに出て信号が変わるのを待っていると私の横に二頭のキリンが並んだ。二頭は親子らしく、聞き取れないが仲良く何かを話している。なんだか微笑ましいなあと思うと顔が自然とほころんだ。初めて街中でキリンを見た時には心底驚いたが今では随分と慣れた。慣れとは怖いものだ。自分の変化にもなんだか笑えてくる。


 スーパーに着き醤油を探す。特売日だったためスーパーはかなり混んでいた。醤油を探すついでに店内を気ままに歩く。野菜売り場を抜けて鮮魚売り場に行くと人だかりができているのが見えた。なんだろうと思って近づくとクマがサーモンの解体ショーをしていた。勢いよくさばかれるサーモンは新鮮で美味しそうだった。さばかれたサーモンは飛ぶように売れていた。

 ふと足元を見るとサルが悔しそうな顔をしている。よく見ると昨日野菜売り場でバナナの叩き売りをしていたサルだった。昨日のサルの売り場よりもクマの売り場の方が明らかに人が集まっている。思わず肩を叩いてやりたくなったがなんとか思い止まり、私は再び醤油を探しに行った。


 醤油だけ持ってレジに向かう。レジではねじり鉢巻のおじさんがそろばんを弾いていた。なんだか昨日とレジの雰囲気が違う気がする。少し心配になりながらも私は電子マネーの画面を見せるとおじさんはそろばんをスマホに近づけて決済を完了させた。どういう仕組みなのかはわからないが買えたからよしとしよう。私は持ってきたショルダーバッグに醤油を突っ込んだ。


 駐輪場に向かうと乗ってきた自転車が無くなっていた。駐輪場の出入り口を見ると乗ってきた自転車が一人で外へ走り去るのが見えた。これもいつものことだ。私は乗りやすそうな代わりの自転車を探す。

 そうだな、今日はこれにしよう。さっきキリンの親子を見たから今日は黄色の自転車に乗ることにした。少し派手過ぎる気もしたけれど明日になればこの自転車もどこかに行ってしまうので気にしないことにした。

 ここの駐輪場に自転車を止めると必ず買い物中に勝手にどこかへ走り去ってしまう。過去に一度走り去ろうとする自転車を呼び止めてみたが無視された。お店の人曰く走り去る自転車を引き止める事はできないらしい。

 走り去る自転車がいればやってくる自転車もいる。このスーパーの駐輪場に止まっている自転車はどれを乗って帰ってもいいことになっている。


 スーパーの駐輪場を自転車を押しながら出た途端、小学生ぐらいの女の子が私の自転車にぶつかってきた。

「ねえ、大丈夫?」

 自転車を止めて女の子に聞くと女の子は楽しそうに笑っていた。

「大丈夫。今日の朝の占いで、乙女座の人は黄色い自転車にぶつかれば運勢がアップするって言ってたから。ありがとうございました」

 女の子はそう言って楽しそうに走っていった。どうやら私の自転車はあの子のラッキーアイテムになったようだ。びっくりしたけれど役に立ってよかった。今日、彼女にはどんないい事が起こるんだろう。彼女にとって今日が素敵な一日なればいいなあと思った。


 新緑の桜並木を抜けて、名前の知らない大きな河に架かった橋を渡り、小高い丘を越えると祖父の家にたどり着いた。昔ながらの大きな日本家屋。スーパーから三十分ほど自転車をこぎ続けたせいか気がつけば少し汗ばんでいた。


 家に入ると大勢のおじいさんとおばあさんが出迎えてくれた。

「今日もよく来たね」

「またおつかいを頼まれたんだって?ちゃんとお金はもらいなよ?」

「わたしの老眼鏡を見ていないかい?」

「今日はいい天気だね」

「後で絵を見てほしいんだ。今回の絵は最高傑作なんだよ」

「お団子を買ってきたからさ、後で一緒にお茶しよう」

「咲は今日は囲碁と将棋ならどっちがいい?」

「マフラーを編みたいんだけど途中からどうしたらいいかわからないの。見てくれないかい?」

 みんな口々に自分が思ったことを話すので全てを把握するのに時間がかかる。でも、これもいつもの事。順番に並んでもらって一人一人と話をして内容ごとに時間を調整していく。するといつの間にか私の午前中の予定はいっぱいになっている。今日の最初の予定はサチエさんの老眼鏡探しだ。


「いつもおつかいを頼んで悪いね。助かるよ」

 私とサチエさんが、老眼鏡がリビングの横の本棚の上に置いてあるのを見つけて喜んでいると祖父がお茶を入れてきてくれた。あ、そうだ醤油を渡していなかった。私は慌ててショルダーバッグから醤油を出して祖父に渡した。祖父は笑いながら受け取ってくれた。

「咲は本当に人気者だね」

「そうみたいね。一体私の何がいいのかしら」

「咲は優しいからみんなの話をちゃんと聞いてあげるだろう。それがみんな嬉しいんだよ」

「そんなものなの?」

「そんなものだよ」

「そっか」

「そうさ。今日もお昼から部屋にこもるんだろう?手伝えなくて悪いね」

「気にしないでよ。これは私の仕事なんだから」

「あまり無理しないでおくれよ。みんな咲の事が大好きなんだ。咲が過労で倒れなんてしたらみんな大パニックだ」

「大丈夫よ。そんな無理してないわ」

「そうか、ならいいんだ」

「うん」

 祖父はまだ少し心配そうな顔をしていたが醤油を持ってキッチンへ戻って行った。私はサチエさんとお茶を飲んでからトモヒコさんの絵を見に行った。


 トモヒコさんの絵は確かにすごかった。大きなキャンバスに描かれたたてがみの立派な一頭のライオン。ライオンはキャンバスの中で大きないびきをかいて寝ていた。

「そっとライオンに触ってごらん」

 トモヒコさんが秘密を打ち明けるようにはにかみながら小さな声で言った。私は言われた通りそっと触ってみた。ライオンは温かく鼓動しているのを感じた。本当に生きているようだった。

「これは本当に大傑作ね」

 私がそう言うとトモヒコさんはすごく嬉しそうな顔をした。再びキャンバスを見るとライオンが伸びをしながら大きなあくびをしていた。


 午前中のみんなとの予定が終わると同時にお昼ご飯の時間になった。今日のお昼ご飯は白ごはんに刺身三種盛り、海藻サラダ、きのこのお味噌汁だ。和食が好きな私にとって嬉しい献立だ。

 料理好きの祖父の家には朝からたくさんの人が集まる。気のいい祖父は朝からやってくるご近所さんを快く招き入れ家の中で自由に過ごしてもらっている。また、お昼の時間になると一食百円で料理を振る舞う。

 お金持ちの祖父が言うには無料で食べてもらいたいがみんなが気をつかうので百円を代金としてもらっているんだとか。祖父の料理は美味しいので百円では安過ぎる気もする。でもみんながそれで気持ちよく過ごせているのでそれでいいのだろう。


 昼食後、私は祖父と食器を洗ってからリビングでみんなとひとしきりお話をする。そして一息ついてから自分の部屋に向かった。そう今からが私の仕事時間だ。本当に大事な仕事の時間。

 部屋のドアを開けると大きな人形が部屋の真ん中で私が来るのを待っていた。人形は私よりも少し背が高い。部屋には人形と人形の材料の粘土しかない。本当にシンプルな私の仕事部屋。

 私は腕まくりをして床に置いてあった粘土を拾う。そして自分の思うままにこねて伸ばして人形にくっつける。違和感があると形を整えて綺麗にする。一年でようやくここまできた。きっとあと二ヶ月ほどで完成するだろう。そしてこの人形はこの世界の新しい神様になるんだ。




 今から二年ほど前、なんの前触れもなく深夜に内閣総理大臣の緊急記者会見が行われた。何事かと皆が見守る中、総理大臣が口を開きゆっくりと言った言葉を今でも私はよく覚えている。


「国民の皆様、神様が死にました」


 この会見を見た時、総理大臣が何を言っているのか最初は全く意味がわからなかった。後でわかった事だが、この時世界中で同時に各国の代表が国民に向かって同じ事を伝えていた。そしてその結果世界は大いに混乱した。


 会見内容は非常にシンプルだった。何度も何度もテレビで目にしたので覚えてしまった。総理大臣が言った内容はこんな感じだった。


「神様は私の前に突然現れてこう言いました。

『私は間も無く死ぬ。暫くの間、世界は少し混乱するかもしれない。今まで考えられなかった事が起こるかもしれない。それでも絶望してはいけない。また新たな神が現れるからそれまで慌てる事なく生きるように。今から一時間後に一人でも多くの国民に今の話を伝えなさい。それが今のあなたに課された使命です』

私は課された使命を果たすために今こうして会見を開きました。国民の皆さま、慌てる事なく落ち着いて新しい神様が現れるまで生きていきましょう」


 会見では記者からの質問が殺到したが「私は言われた通りにしただけで詳細はわからない」としか総理大臣は答えなかった。

 日本以外の国の会見でも全く同じ話がなされ、同じように記者からの質問が殺到したがどの国の代表も日本の総理大臣と同じような解答しかしなかった。

 また、会見では、どの国の代表もくだらない嘘を言うなと怒鳴られていた。そしてその怒鳴り声に対してどの代表も口を揃えてこう言い返していた。

「私は嘘をついていない。つけるはずがない。あの存在を目の前にすれば誰しも神様の存在を信じるしかない。そしてその存在の指示に私は従っただけだ」


 SNS上では「神が死んだ」の言葉が瞬く間にトレンド入りをした。様々な憶測が飛び交い、「神は死んでいない」という投稿も後を追うように急増した。どのテレビ局の報道番組でもこの内容を取り上げ、挙げ句の果てにはバラエティ番組でもネタにされていた。

 世界中に数多と存在する宗教、その根本を揺るがす発言により世界各地でいろんな騒ぎが起きた。大勢の宗教学者が新たな論文を書いて持論を発表した。神に対する冒涜だと言って怒る人ももちろんたくさんいた。

 ある国では「そもそも神様は生き物ではないため死ぬと言う表現自体が間違っている」という抗議デモが起きた。またある国では神様の葬式をすると言って大勢の人が集まり街中に爆竹をばら撒いた。その結果火事が起きて死傷者が出たという悲しい出来事は瞬く間に世界中に報道された。


 神様が死んだ事を信じない人がいる一方、信じる人も少なからずいた。信じる人の多くが「各国の代表が示し合わせたかのように同じ内容を同時に国民に向けて発表するなんてあり得ない」と言った。私もそう思った。

 いい歳をした大人が真面目な顔をして、国民の多くから懐疑的な目で見られる事を分かっていながらこんな事を会見を開いて言うだろうか。また、全世界で同時に同じ事を発表するだろうか。無宗教の私はこの時ぼんやりと神様っていたんだなあと思った。


 世界を混乱させた発表から一年ほど経った頃、世界はなんだかおかしくなっていった。一番大きな変化は騒いでいた人たちが騒がなくなった事だ。それも唐突に、一斉に。

 散々騒ぎまくっていた人たちが急に大人しくなり、どうして私たちは騒いでいたのだろうと平気で言い出した。そしてテレビやSNSでも誰も何も言わなくなった。急激な変化に最初は多くの人が戸惑ったが、気がつけばその変化に対して誰も何も思わなくなった。私はただぼんやりとこれは神様の力なのかなあと思った。


 誰も神様の死について何も言わなくなると同時にこれまでの常識という物が崩れていった。太陽は二つになり月は三つになった。一日二十四時間という考えは曖昧になり時計の針は五本になった。

 世界中の言語はいつの間にか統一されていて交流がしやすくなっていた。人間と動物も会話ができるようになり、物が一人で動いて突然姿を消すことが増えた。街中を動物が歩くようになり、箒で空を飛ぶ人が増えた。例を挙げるとキリがないが兎にも角にも世界は変わった。


 そうそう海はよく赤や黄色に色が変わるようになった。海のその時の気分で色が変わるのだ。ずっと青だった頃の事をもうみんな忘れている気がする。




 世界がおかしくなって一年ほど経ったある日、私の前に立派な角を生やした白く光り輝く大きな鹿が現れた。

 当時私はそこそこ大きな出版会社で働いていた。終電帰りで家の最寄駅から夜道をいつものようにふらふらと歩いていると突然スッと目の前に鹿が現れた。私は驚いて思わずビクッと体を震わせてしまった。


「すまない、驚かせるつもりはなかった」

 鹿は申し訳なさそうに言った。

「実はあなたにお願いしたいことがある。新しい神を創ってくれないか」

 私は固まってしまった。神様を創る……? 私が? 頭の中にいろんな疑問が浮かんだが口が動かなかった。拳一つ分程開いた口が塞がらなかった。


「これはあなたにしかできないことだ。作り方は自由だ。あなたは粘土細工の才があると見える。作業場と材料はこちらで用意しよう。明日電話をかけさせる。今の仕事のことは気にしなくていい。では、よろしく頼む」

 そう言うと鹿は立ち去ろうとした。

「え、あの、あなたは何なんですか?」

 聞きたいことはいっぱいあったけれど口から出せた質問はそれだけだった。それが一番聞きたかった。鹿は立ち止まり、ゆっくりと顔をこちらに向けてさっきよりも穏やかな優しい声でこう言った。

「私は少し前に死んだ神の忘れ物のような物だ。彼の代わりに彼の願いを伝えに来た。申し訳ないがあなたに拒否権はない。それはなんとなくわかっているだろう? では、よろしく頼む」

 鹿は言い終わると同時に私の前から姿を消した。鹿が消えた瞬間、私の周りの景色は一段と暗くなった気がした。気のせいかもしれないがそんな気がした。


 私は出版社での仕事に体力的に限界を感じていた。

 あっちこっちオフィス中を走って逃げ回る何千という文字たちを捕まえては順番に原稿用紙に貼り付けて原稿を完成させる。原稿ができたら新聞紙で作った紙飛行機に乗せて、印刷会社に向かって飛ばして届ける。この作業を朝八時から深夜まで繰り返し行い毎日終電で帰る。新卒で入社し十年間頑張ってきた会社だがだんだんしんどくなってきていた。

 神様を創る、鹿に言われた通りそれが今の私がしなければいけないことだと本能的に理解していた。うまく説明できないがそうしなければいけないと感じた。仕事がしんどくなってきていた私は使命に集中するためにも、これを機に仕事を辞めようと思った。


 鹿に会った翌日、会社に電話をして人事部に会社を辞めたいと言ったら思っていた以上にあっさりと辞められた。ものの四、五分で私の退職が決まった。手続きは会社側で済ませてくれることになった。

 電話を切る前に人事部の人に上司に電話を繋いでもらった。会社を辞めようと思っていたが上司のことは嫌いではなかった。今時珍しい昭和の体育会系の熱いおじさん。周りからは疎まれていたが私は人として好きだった。

 上司に鹿のことを話してみた。上司は黙って私の話を聞いてくれた。

「それは君にしかできないことだから真剣にやるんだよ。私は君を応援している」

 話を聞き終えた上司は真剣な声で応援してくれた。どうやら信じてくれたみたいだった。なんだか嬉しかった。


 会社との電話を終えるとすぐに電話がかってきた。スマホのディスプレイには「祖父」と書いてあった。私の携帯に「祖父」と登録した電話番号はなかったはずだ。でも、とりあえず電話に出ることにした。

「もしもし?」

「おお、出てくれた。よかった。おはよう。おじいちゃんだ。今日からうちで作業するんだろう? 部屋は確保しておいたから好きな時に来るといい」

「おじいちゃん?」

「そうだ、咲のおじいちゃんだ。今日からそういうことになったんだ。よろしくな」

「……うん、わかった」

「じゃあまた後でな」

 こうして私に祖父ができた。


 私には家族がいない。高校生の時に両親を事故で亡くした。兄弟姉妹はいない。親戚付き合いもなく、祖父母は父方も母方も私が生まれる前に亡くなっていた。家族のいない孤独な私にこの日突然祖父ができた。普通あり得ないことだが、おかしくなった世の中ではこんな事もあり得るんだなあとなんだか納得してしまった。

 祖父の家の場所は外に出て自転車に乗った途端なんとなくわかった。自転車に乗り頭に浮かぶ道のりを迷う事なく三十分ほど進んだ頃、祖父の家に着いた。祖父の家は大きなタワーマンションだった。

 マンションに入ると祖父が立っていた。


「よく来たね。私が今日から咲のおじいちゃんだ」

「はじめまして、咲です」

「そんな事は知っているよ。それにそんなかしこまらなくていい。私は咲のおじいちゃんなんだから。そうそう、私の家は毎日変わるから気をつけておくれ。明日はここにはいないから」

「そうなんだ、明日はどこにいるの?」

「それは今はわからない。明日の朝目が覚めた時に私が居るところが明日の私の家だから」

「そんなものなの?」

「この世の中そんなものだよ。でも、大丈夫。今みたいに頭に浮かぶ道を進めば辿り着けるから。なんの心配もいらない」

「そっか。うん、わかった」

「こんな所で立ち話もなんだ、家にあがろう」

 そう言うと祖父は家に案内してくれた。家の中には大勢のおじいさんとおばあさんが居て楽しそうに各々過ごしていた。みんな私の事を知っていた。初対面のはずなのに私もみんなの事を何故だか知っていた。みんなとお茶を飲みながらお話しした後、祖父が私を部屋に案内してくれた。

「ここが咲の部屋だよ。材料は何もしなくても勝手に準備されるから気にしなくていい。咲は自分が思うようにここで新しい神様を創ればいい。何かあれば呼んでおくれ」

「わかった」


 こうして私の新しい神様を創る毎日が始まった。

 初めはどうしたらいいのかよくわからなかった。粘土なんて大人になってから触っていない。でも使命を果たすため、部屋の中にあった粘土の塊を使ってとりあえず私は形を作りはじめた。

 最初は右足、そして左足、なんとなく創っていくと不思議な事に粘土は私が思う形に動き、勝手に固まっていった。形を変えたいと思えば固まったはずの粘土も簡単にこねる事ができ、形を変える事ができた。

 毎日毎日粘土をこねて、創って、納得がいかず一からやり直して、創って、一からやり直して、創って、何度も何度も創り直した。


 神様を創り始めてそろそろ一年になる。ようやく納得のいく形になってきた。神様も納得してくれているらしく、最近私が形を整えていると粘土の頭を頷かせている。神様の納得のいかない所は粘土の自分の手足を使って自分で手直ししてくれている。そのおかげで創りはじめた頃よりかなり進捗が早くなった。

 完成まであと二ヶ月、神様が完成したらどうなるんだろう。私は完成後の事を何も知らない。祖父に一度尋ねた事があるが祖父もわからないようだった。


「なるようになる。わからない事をいくら考えても仕方がないさ。今、咲がすべき事は神様を創る事。それがわかっているんだからいいじゃないか」

 祖父は笑いながら言った。確かにそうかもしれない。でも、気になる気持ちもどうしようない。私は神様が完成した後の世界を色々夢見て毎日毎日粘土をこねる。


 私はただの人間だ。たまたま前の神様の目に留まりこうして新しい神様を創っているが特別な力がある訳ではない。この仕事が終わればきっともとの生活に戻るのだろう。

 いや、戻れるのだろうか。神様を創ったということは私は聖女とやらになるのではないだろうか。世界史の授業なんて真面目に受けてなかったからよく覚えていないが神聖な事を成し遂げた女性を聖女と呼ぶはずだ。いや、もしかしたら神様を創ったんだから聖母かもしれない。

 いやいや待て待て、あれはキリスト教の話だった気がする。今のこの世界ではどうなるのだろう……

 そんな事をぐるぐると考えていると人形は私を小馬鹿にするように笑った……ような気がした。なんだか小刻みに愉快そうに震えているので笑われている気がする。

 まだ人形には口がない。顔は目鼻耳の凹凸だけだ。早く口を作ってあげないといけないなあと改めて思う。


 元の生活がどんなものだったか今はまだ覚えているが日に日に記憶はぼんやりしてきている。随分前に書いた日記を見てみるとそんな世界だったっけ?と思うことが増えた。

 でも、私は今の世界の方が楽しい気がする。なんだかみんなも伸び伸びしていて楽しそうな気もする。神様を創る毎日が楽しくて仕方がない私。神様が完成したらこの毎日も終わってしまうのかと思うとなんだか切ない。

 しかし、手を止める訳にはいかない。何故なら新しい神様を創り上げることが今の私の使命だから。

 私が創った神様がこの世界の新しい神様になる。どんな世界になるのかはわからないけれど、とりあえず楽しい世界であってほしいと思う




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― 新着の感想 ―
[良い点]  想像力をかきた立てる作品で、興味深く拝見しました。  お祖父さんの 「なるようになる。わからない事をいくら考えても仕方がないさ。今、咲がすべき事は神様を創る事。それがわかっているんだか…
[良い点] 拝読しながら、ウェス・アンダーソンのストップモーションアニメのような映像が頭に浮かびました。キリンの親子の隣で信号待ちをするシーン、逃げていく自転車、まだ口を作っていない粘土の神様が笑うシ…
[良い点] ∀・)なんの裏切りもなかったですね。まんまタイトルの話題が内容にくる感じでしたが、舞台はリアルな現実。しかも凡人なんですよね。この発想でよくもまぁ、こんなに見事に面白いお話を書かれていると…
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