第7話 時を超える舞
「あ、バンちゃんが呼んでる。いちだいじだって」
和室に寝転んで本を読んでいた玄武が、ぱっと顔を上げて言う。
さっき、ここ東西南北荘でも、ドオン! と地鳴りがして、何事かと皆が警戒し始めた矢先だった。
「一大事だってえー?、そりゃあ大変、すぐに行かなくちゃ」
ミスターはそう言いながら、大急ぎで玄関に靴を取りに行く。
「トラばあさま、ドローンお願い」
「おう、任せておけ」
雀は、ドローンのコントローラーを出してディスプレイを用意する。
龍古と玄武は、新兵器のブレスレットをつけると、うん、とうなずき合って畑へ走る。
「鞍馬! 行くぜえ。ってあれ、鞍馬は?」
土間をのぞき込んだミスターは、がらんとしたそこを見て驚いている。
なんと、鞍馬はもう家を飛び出した後だった。
「先越されたあ、って言うか、ほーんと格好いいねえ、シュウくんは」
ミスターはちょっと頭を掻いたあと、猛スピードで皆の後を追うのだった。
そのころ鞍馬は、畑に群がる雑魚をなぎ倒しながら進んでいた。
だが、万象の近くまで来るとどうやら様子がおかしいことに気がついた。ハシュナが苦しそうに胸や頭をかきむしっているのだ。
そのうちこちらに気がついたハシュナが、苦しげに叫ぶ。
「またお前か! 出来損ないの千年人め!」
万象は肩をすくめて鞍馬を見る。
「ずいぶんな言われ方だな」
「よほど私の言葉がお気に召さなかったのでしょう。ですが、どうされたのでしょうか、とても苦しんでおられる」
「うーん、月が昇り始めた頃に、この状態で出てきたんだ」
万象がそう言って満月を指さす。
その間も苦しげになにかつぶやくハシュナ。彼に合わせたように、雑魚も手練れもキューキューとへたりだしていた。
「うう……《こうじん》? お前はだれだ! ……なぜ《こうじん》といる!」
「《こうじん》とは、飛火野の持つ剣のことか?」
そこにトラばあさんの声がする。
声のする方を見やると、ドローンが浮かんでいた。
「ああ、トラばあさんか」
「なんでこやつは、《こうじん》と口にしておる。ここには剣もないし、飛火野もおらんぞ」
その言葉にしばし考え込む万象。
「うーんそうだよな……。あ! そういえば確か今日は、森羅たちが神さまに舞を奉納するって言ってたぜ」
「ほほう……」
興味深げにその話を聞いていたトラばあさんが、意外なことを言い出した。
「それなら、今、その奉納が行われているんじゃろう。神さまには時間も空間も関係ない。彼らの真摯で純粋な気持ちが、ハシュナを目覚めさせようとしているのじゃろうよきっと」
「ええ?!」
これには万象が驚いた。
「いくら何でも……。あーでも今までの事を考えると、ありえるかも」
と、納得するのも早かったが。
それからしばらくすると、ハシュナはまたおかしな苦しがり方を始める。
「やめろ! やめろ! 俺を囲むな! 」
くるくると四方に向きながら、何かを払うように手が空を切っている。
「これは、もしかして四神の舞?」
ミスターがそう言って、ハシュナが空間に差し出している手の、四つの方向を指さす。
「そうらしい。さっき小トラに伝言しておいた答えが返ってきた。奉納は今執り行われているそうじゃ」
またドローンからトラばあさんが応答してくれた。
もう、雑魚も手練れも襲いかかっては来ない。
そうして、月がよりいっそう美しく輝き出す。
それは、森羅渾身の舞が始まる合図。
それと同時に、万象の様子がおかしい事に誰もが気づく。
放心したように天を仰いだ万象は、持っていた銃をゆるゆるとホルスターに収めると、その手を煌々と輝く満月に伸ばしはじめたのだ。
まるで何かを受け取るように。
すると目に見えてハシュナが苦しみだした。
2000年の時を超え、万象を通して、森羅万象の想いが、ハシュナを揺るがしている。
彼は息も絶え絶えになりながらその場にうずくまり、胸をかきむしっている。
「もう少し……」
「……あと少し」
祈るようにつぶやく四神たち。
だがそのとき、思いも寄らないことが起こる。
急に万象が我に返ったのだ。
「は? ……森羅?」
万象が伸ばしている手の先を驚いたように見ている。
月がかけ始めたのだ。
月食だった。