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第5話 ハシュナ神ふたたび


 万象は2000年後に帰った後、まず鞍馬を探す。


「え? 鞍馬? 今日は学びどころお休みだから、畑にいるんじゃない?」

 雀にそう言われて中庭に出た万象は、探す暇もなくすぐさま彼を見つけることが出来た。鞍馬がトラばあさんの離れから出てくるところだったからだ。


「おお、ラッキー! なあ鞍馬、お前、ハシュナ神って知ってるか?」

「ハシュナ神?」

 答えたのは、鞍馬ではなくあとから出てきたトラばあさんだった。

「なんじゃそれは」

「ハシュナ神とは確か、何かの神話に出てくる神さまの名前、ではなかったかと」

 鞍馬が考え込むように言うと、万象はものすごく嬉しそうだ。

「そう! さすが鞍馬だな。で、そいつを、えーと、とにかく説得しなきゃならないんだ。で、説得なら鞍馬得意だろ? だからそいつを説得してくれよ、なあ、頼む!」

 腕をゆさゆさされながら言われても、鞍馬にはてんでわからない。

「あの」

 困ったような鞍馬に、万象は頭をかきむしる。

「そうだよな。いきなりこんなこと言われても、わっかんねえよな。ああー、あの本、借りてくれば良かった!」

「本じゃと?」

「はい、旧陽ノ下の図書室にあったんですよ。分厚い神話の本」

 すると今度はトラばあさんが考え込むように言う。

「それならこっちの陽ノ下の蔵にあるかもしれん。どれ、ちょうど桜子に用事があったんじゃ、行って聞いてみよう」

「蔵?」


 数分後、万象はどこかの博物館かと見まがうような、陽ノ下家の蔵にいた。

「すごい……」

 陽ノ下家は2000年続く名家と皆は簡単に言っているが、実際にそれだけ続くことはもはや奇跡のようなものだ。

 永い年月の間に、どれほどの努力と日々の積み重ねを続けてきたのか。

 その片鱗が桜子の指さす先にあった。

「ええっと、たぶんその本って、これのこと?」

「おわっ?!」

 ガラスケースの中に、ついさっき森羅が持ってきたのと同じ本が鎮座している。

「え? そうですこれです! え? けどこれってタイムマシンで持ってきたんじゃないですよね? ええ!? 古くなってない! さっきのと全然変わらない!」

 万象が驚くのも無理もない。その本は、つい今し方どこかの図書館から持ってきましたと思われるほどに、古いのだけど新しかった。とても2000年の時を経たものとは思えない。

「ハハハ、万象が驚くのも無理はない。これはな、レプリカじゃ」

「レプリカ?」

 陽ノ下家の蔵に所蔵されているものは、2000年前から脈々とその歴史を引き継いでいる。けれど経年による劣化は、いかんともしがたい。

 そのため、今、万象が見ているような本などは10年に1度、その他のものは何十年に1度、レプリカを作成しているのだ。

「へえ。すごいですね」

「ほほ、褒めて頂いて光栄よ。じゃあ、これをお貸しするわ」

「ええっ?! 良いんですか? こんな貴重なもの」

 ガラスケースに収められているようなものを、そんなひょいひょいと貸し出しても良いのかと、万象は驚いている。

「そのためのレプリカよ」

 と言ってガラスケースから出された本を、万象は怖々(こわごわ)受け取った。

 桜子に断ってから、その場で本を開いてみる。


「確かこれくらいのところに……。ああ、あった。トラばあさん、桜子さん、この神さまがハシュナです」

「どれどれ? ほほう、なかなかの男前じゃの」

「そこですかー? で、えーと………なんだこの文字!」

 ハシュナのイラストの横に、説明文と思わしきものがあるのだが、万象にはミミズが這っているようにしか見えない。けれど考えてみれば、その本は2000年前のものだ。

「どれどれ?」

 トラばあさんが、また横からのぞき込む。

「ええと……。

 遠い昔のこと。

 戦いの神に、ハシュナと言う者がいた。

 彼は、同じ戦いの神々の中でも飛び抜けた強さと技量を持ち、そのうえ満ちあふれるような正義感も持ち合わせていた」

「トラばあさん、2000年前の文字が読めるんですか? すげえ!」

「万象よ、よく見てみい。現代訳文というのがあるじゃろう?」

 トラばあさんが指さす先には、なるほど日本語に訳された文章が書かれていた。



 四神たちにも見せたいからと頼むと、桜子は何の躊躇もせずに本を貸してくれた。

 それをしっかりと胸に抱いて「鞄か紙袋を持って来りゃ良かったな」と、いつになく慎重に歩く万象。

「なんじゃ、そんなに恐れんでも、レプリカはいくつでも作れるぞ」

 トラばあさんはいかにも可笑しげに、そんな万象の隣を歩いて行く。

「いやいや、レプリカとは言え、最初に見たときは本物かと思いましたもん。これだってかなり価値はあるんじゃないかな」

「ほほう」

 感心したように歩くトラが、道の先に誰かを見つけたようだ。

「鞍馬」

 2人を迎えに来たのだろうか、ちょうど陽ノ下家から畑に入るあたりに、鞍馬が立っていた。

「おう! 鞍馬。見つかったぜ、ハシュナ神」

「そうですか、それは良かったです」

「家に着いたら見せてやるよ」

「けっこう大きな本なのですね。これに入れば良いのですが」

 そう言って鞍馬が取り出したのは、丈夫そうな帆布のトートバッグだった。

「お、これを持ってきてくれたのか?」

「はい、お話しから大きな本ではないかと推測して、持ち帰るのに苦労なさるのではと」

「さすがは鞍馬じゃの」

 万象は珍しく嬉しそうに笑うと、鞍馬にバッグの口を開けさせてそこに本を入れた。

「ぴったりだ。ありがとな」

「はい」

 再び3人がのんびり歩き出したときだった。


ボゴ! ボゴン!

 足元の道から嫌な音が響きはじめた。

 鞍馬はとっさにトラばあさんを両腕に抱き(いわゆるお姫様抱っこというやつです)、道から外れて、わずかに残った畑の向こうへ行く。

 万象は畑の横にある木の根元に、本の入ったバッグを丁寧に置きながら、

「玄武! ミスターを呼んでくれ!」

 と、東西南北荘に向けて叫んでいた。

ボゴボゴボゴ……

 思った通り、彼らの歩いていた道がボコボコとうねりだし。

ケケケケケ

 雑魚が飛び出してきた。

 そんなに数は多くない。

「まったく、せっかくこれから昼寝しようと思ってたのにい」

 ボワン! とその一体を素手で撃退したミスターが「ほれ、万象」と、彼に銃を投げてよこす。

「サンキュー。にしてもミスター、来るの、早っ!」

「足長いもん」

 空中で銃を受け取った万象は、間髪を入れずに、ドォン! ドォン! と近くにきていた雑魚をデリートする。

「やるようになったねえ、バンちゃん」

「あったりまえだ!」

 2人はまたたく間に雑魚を撃退した。

 これくらいの数なら、本来はミスター1人で充分なのだから。


 ホッとした空気が流れた所に、また緊張が走る。

 いつの間にそこに来たのか、不気味な雰囲気を醸し出しながら腕を組む男が立っていた。

「ハシュナ神!」

 万象が叫ぶ。

「ハシュナシン? て、彼の名前? けど、なかなかいい男じゃん」

 とミスター。

「ハシュナ神と言うことは神か。それにしてはずいぶん落ちぶれておる神さまじゃの」

 トラばあさんがニヤニヤしながら言うと、ハシュナは「うるさい」と、はじめて感情をあらわにした。

「落ちぶれているのはこの時代じゃねえか。2000年前とは比べものにならない臭気がする。神の存在など、ここの人間どもは信じていねえよな」

「わしは信じておるぞ」

「俺だって信じてるよお、って、あんた神さまだったのお? じゃあ現に今、目の前にいるじゃん」

 ミスターがハシュナを手で示すと、万象がそのあと勢い込んで言った。

「俺は信じてるし、神さまを友だちだと思ってるぞ!」

 そして、隣のミスターに触発されたのか、ビシィ! と擬音を立ててハシュナに指を突き立てる万象だ。

「ふん、口で言うのは簡単だからな」

 けれど、どこまで行っても人を信じようとしないハシュナ。


「ですが、貴方には、彼らの言葉が本物かどうか、おわかりになるでしょう?」

 トラばあさんの後ろから声がした。

 鞍馬だった。

 ハシュナはいぶかしそうに鞍馬を見ている。落ちぶれたハシュナには、鞍馬の事がわからないのだろうか。

 だがしばらくすると、何かに気づいたようだ。

「お前は千年人か。なぜこんな所にいる」

「今はここで彼らと一緒に暮らしています」

 鞍馬が答えると、ハシュナはふふん、と馬鹿にしたような笑いを漏らした。

「人と暮らしている? はんっ! お前こそ気の毒だな、こんな目隠しをされて生きているような、程度の低い人の世に現れてしまったんだからな」

「程度の低い? 2000年前と比べておられるのですか? 貴方にとってはそんな時間は関係ないでしょうに。それに、人は直線で一気に進化するようには出来ていません。螺旋を描くように上がったり下がったりしながら魂を上昇進化させていくもの。それこそ落ちぶれる事もあるのは、貴方も充分ご存じのはずです」

 そこでいったん話しを切る。

「何が言いたい!」

 すると鞍馬は、本当に愛おしそうな表情になって言葉を続けた。

「なぜなら、貴方は本当は、人を愛していらっしゃるから」

 それを聞いたハシュナは、いきなり両手で頭を抱え、「ヤメロ!」と叫んでいた。

「俺は人などあいして……、ひとなど護りたくない!」

 そう言うと。

ウオオオオオ!

 獣のような声を張り上げると、ボコボコの畑にドオンッ! と拳を突き立て、キューッと消えていく雑魚とともに、地中深く消えていったのだった。



「なあ、今ので説得できたと思うか?」

 答えはわかっているのだが、万が一と言うこともある。なので万象が念のため聞いてみると、鞍馬は苦笑しながら首を横に振っていた。






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