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第4話 剣の持ち主


 さっき現れたラスボスが、どうやらハシュナ神だとわかったあと、そこに現れたのは。


「《こうじん》!」

「いえい、久しぶり」

 どうにも神さまらしからぬピースサインなどをのんきに繰り出している《こうじん》。

 飛火野がもつ剣の授け主その人だった。

「《こうじん》?って、ええっ? また神さまあーーー?!」

 と、万象の遠吠えが旧陽ノ下の都に響き渡ったのも当然のことだった。



「なんか俺、こっちに来てからすごい経験ばっかで、許容オーバーしそうだ」

 頭を抱えた万象は、「俺はここで話を聞く」と、食堂の隣にある応接室でソファにゴロンと横になってしまう。

 心配した一乗寺がそばに座り込んでいる。


 まあ仕方のない事だろう。

 万象はただ、二日酔いの薬をもらったお礼が言いたいから来てくれと、森羅に言われて来ただけだ。久しぶりだったし。

 そこで、これまた久しぶりに悪さする奴らがやってきて(こればかりは御免こうむりたかったが)、悪い奴のラスボスがハシュナ神だとわかり、おまけに飛火野が持つ剣の主、《こうじん》までやってきたのだ。

 慌ただしいったら、ありゃしない。


「ホーッホホホ、すまんのう」

 なんかサンタクロースみたいな笑い方をする神さまだな、と、万象は《こうじん》をよく見てみる。

 万象が知っているのはヤオヨロズだけだが、神さまって言う言葉から想像するのなら、こっちの《こうじん》の方がよほど神さまらしい。白いガウンに杖を持ち、おまけに山羊ひげだ。どこかの掛け軸に書かれている感じそのままだ。


「いや、どうにも悪寒が、いや、予感がしてな。ハシュナはここへ来たのか?」

「はい。先ほど。けれど神と言うにはあまりにも、その、……」

 森羅が言いよどむと、後を引き受けて言った。

「落ちぶれていた」

 その場にいた四神がハッとした顔をする。

「なるほど、やはりそうだったか」

「なにがですか?」

 また森羅が代表して聞くと、《こうじん》が語りはじめる。

「まだあいつが戦いの神として、意気揚々としていた頃、あいつとわしは好敵手だった。また良き友人でもあった。だが、ちょっとしたけんかが元で、その後は別れ別れになってしまったんじゃ。あいつも頑固じゃから、まあ、わしもその、頑固なもんで自分から謝るなど……」

 そこでムニャムニャと何事かつぶやいていた《こうじん》は、ゴホンと咳払いすると、話の続きをはじめる。

「で、あいつが一番大変な時に、わしはなーんにもしてやれなかった。少しでも手を差し伸べていれば、そこまですさんでいなかったかもしれんと思うと、ちと心が痛む。だからのお、なんとかあいつがこちらに帰れるよう尽力したいんじゃ」


 そこまで話して口をつぐんだ《こうじん》に、小トラが聞く。

「のう、《こうじん》よ。今まで姿を見せなかったハシュナが、なぜ今になって出てきたか、わかるかの? そんなに人を憎んでいるなら、もっと早くに悪さをしていたようにも思うが」

「おお、そのことか。ハシュナには、多分じゃが、もう人を憎む心はほとんどないはず。今はただ自分のゆがんだ正しさに執着しておるんじゃろう。人は憎くないが、まもることなどとんでもないというおかしな正義感じゃ」

「ほほう」

 驚いたように言う小トラをチラと見て、《こうじん》は話を続ける。

「それでな。奴が出てきたのは、森羅・万象が揃ったからじゃろう」

「え?」

 これには小トラならぬ、そこにいた皆が驚いて、万象などは思わずソファから起き上がっている。

「森羅万象は世界のすべて。天の護り地の護り、そしてもちろん人の護り。その森羅万象が自分の正義感を否定するのなら、それを排除すれば良い」

「んな自分勝手な」

 思わず声を上げる万象に、《こうじん》はホホと笑って、辛辣なことを言う。

「自分勝手は人間の得意技じゃろう? ハシュナはそれを真似しただけじゃ」

「うぐ……」

 これまでも、悪さする奴らが、人の醜い心を吸い込んで肥大するのを現実に見てきた万象は、ぐうの音もでない。

「でも、じゃあどうすれば良いんでしょう」

 桜花が少し寂しそうな顔で聞くと、《こうじん》も寂しそうに微笑んで言った。

「さあの、なんとか説得して目を覚まさせるしか、ないのやもしれぬ」


 そんな消極的な意見に、誰もが黙り込む。

 またポフンとソファに沈み込んで天井をにらみつけていた万象が、しばらくすると、ひょいと立ち上がった。

「さて、充分休んだし、俺いったんあっちに帰るわ」

「え? 大丈夫なのですか? 万象さま」

 驚いて心配そうに聞く一乗寺に、万象は「おう」と笑顔で答える。

「大丈夫。それにハシュナ神のことは、俺が関係してくるんだから、あっちにも関係あるだろ? 早く向こうの皆に教えてやらなきゃな」

 そう言うと、また来るよと言い残して、万象はあっさりと風に乗って2000年後に帰って行った。



 万象が消えたあたりを感心したように見ながら《こうじん》は、「さて、わしもいったん帰るかの」と、彼らに背を向ける。

 けれどまた何かを思い出したように、ポンと手を打ちながらそこにいる皆を見回した。

「これはぜひとも言っておかねばならん。もし向こうにハシュナが現れても、お前さんたちは加勢に行かないでほしい」

 この提案には、全員が驚き、また反発する。

「ええっなんでー? あっちが大変なのに、なんで行っちゃいけないの?」

 玄武のセリフに、皆の思いがこもっていた。

「そうですよ。彼らだけで対処しろと?」

「ああ、そうじゃ」

「そんな……」

 唖然とする青龍に、《こうじん》が言葉を重ねる。

「こちらはこのあと、祭礼が控えておろう。お前たちにはそれを滞りなく終えてもらいたい。2000年後は残念ながら、神に対する扱いが良いとは言えん。だからまず、気持ちの薄いあっちから排除しようとするはずじゃ。だが向こうもただではおかん。そのうえ、お前さんたちまでも自分を追い詰めに来たとわかれば、ハシュナはもう本当に人の世に帰って来られないほど落ちぶれてしまうであろう」

 彼らに出来ることは、祭礼を滞りなく執り行うことだと言う。

 森羅たちの純粋な感謝の気持ちがハシュナを目覚めさせるだろうと。

「特に祭礼クライマックスの満月の夜。渾身の舞を奉納してくれ。頼む。お前さんたちなら2000年を飛び越えて向こうに感謝を送ることが出来るのだから」


「私は行ってはいけませんか? 私は四神ではない」

 すると今まで黙って話しを聞いていた飛火野が口を開いた。

「おお、そう言えばそうじゃの。じゃが、わしの剣を使っている限り、お前さんも向こうへは行けんよ」

「なぜ?」

「あいつにはお前さんが持っているのが《こうじん》の剣だとすぐにわかる。この期に及んで、わしがあいつを倒しに来たとわかれば、結果は同じじゃよ」

「……」

 黙り込む飛火野の肩に手を置いて、《こうじん》は言った。

「お前さんは、わしの剣を持って、わしの思いとともに舞を舞ってくれ」

「……わかりました」

 少し、いやかなり不承不承ながらも、飛火野はかすかに頷いた。


「でも、向こうはどうしたらいいの? ハシュナが目覚めるまで、バンちゃんたちは戦わなきゃならないんだよね?」

 それでもまだしつこく聞いてくる玄武に、《こうじん》は、苦笑するしかない。

「なに、万象と四神がいれば、なんてことない。おお、そういえば向こうにも誰かが顕現した剣があるのではないか?」

「《すさのお》です」

 すかさず森羅が言う。

「ほほう。……え? 《すさのお》だって?!」

 その名を聞いて途方もなく驚く《こうじん》。

「なんと、あの《すさのお》の剣じゃと? あれを使いこなせる者などおらんじゃろ」

「鞍馬さんだよ、ねー?」

 玄武が無邪気に言うと、「ご存じですよね?」と、森羅がたたみかける。

 だが、《こうじん》は、はてな? と首をかしげている。

「鞍馬? くらま、はて、どんな千年人かのお?」

「ええー?《こうじん》さん知らないの? ええっと鞍馬さんはね、とっても優しくて強くて。あ! それからとっても料理が上手なんだよ」

「おお、そうかそうか。そうさの、その者と《すさのお》があれば大丈夫じゃ」

 嬉しそうに説明する玄武の頭をなでながら、こちらもニコニコと嬉しそうだ。

「ホント? 良かった」

 ようやく玄武にも納得してもらえたようだ。


 けれど森羅は気がついていた。

 玄武は鞍馬のことを、「千年人」だとは言ってない。

 だが、《こうじん》は、はっきりと千年人と言った。彼は鞍馬を知っているのだ。それはそうだろう、これまでの経緯から察するに、鞍馬を知らない神はいないはずだ。


 これは。

 追求しない方が良いのだろう。

 そして。

 心配だけど、悔しいけど。

 ……今回ばかりは、自分たちは向こうに行けないのだと言う事も。





 旧陽ノ下家を後にした《こうじん》は、空高くから屋敷を見下ろして思いにふける。

 《こうじん》は、燃えさかる炎をつかさどる、荒ぶる神だ。その意志はすべてを焼き尽くすほどに熱く尊い。

 もしも何を持ってしてもハシュナが帰って来ないのなら、そのときは。

 自分がけりをつけてみせよう。それが友としての、最後のつとめ。


 持っていた杖を一振り。

 とたんにその姿が全身に炎を纏った精悍な美丈夫に変わる。

 彼は炎で美しい螺旋を描きながら、高く、高く、舞い上がって消えた。






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