第1話 晴れた日は校外学習
またまた始まりました、東西南北荘です。まずはのんびりした万象たちの日常をお楽しみ下さい。
戦うことが好きだった。
戦いと言っても、それはお互いを切磋琢磨し合う技のぶつかり合いのことだ。
勝っても負けてもお互いに肩をたたき合って健闘をたたえ合って。
醜い争いではなく、ましてや殺し合いなどであるはずもない。
それがいつから戦いと言えば殺し合いになったのか。
戦いの神はその殺し合いに勝って当たり前。
負ければ罵られ蔑まれ、必要ないと捨てられる。
いつから人はこんなにも馬鹿になったのか。
第1話 晴れた日は校外学習
ここしばらく、あっちにもこっちにも(現代と2000年前のこと)雑魚をはじめとする、悪さをする奴らは現れていなかった。
そのため、以前、奴らに荒らされた畑をなんとか復活させて、陽ノ下家や東西南北荘はもちろん、ご近所の皆さんにも採れたての野菜や果物を少しばかり供給することができている。
なぜ少しなのかと言うと、東西南北荘と陽ノ下家の間に挟まれたその畑は、今はほとんどが両家の通り道になっているからだ。万が一、懲りないあいつらがこの畑からボコボコ現れたら、また1からやり直しになってしまうためだ。
「何度荒らされても、また頑張りましょうよ」
と、畑の先生は言ってくれたが、これからぐんぐん育とうとしている矢先にボコボコになるのは、人の気持ちも萎えてしまうが、なにより作物に申し訳がたたない、と言う理由もあった。
もともと陽ノ下家は、他にもいくつもの畑を持っていて、このあたりの食料供給におおいに貢献している。畑が減っても、皆で協力して回していけば充分間に合うのだ。
「よし、今日はこの原っぱでお昼ご飯にしようぜ~」
「「はあーい」」
「「うわあい」」
本日の料理教室は、お天気がものすごく良かったので、急遽お弁当を作って、ついでに校外学習ということになったのだ。
「しばし待たれよ」
どこでお弁当を広げようかと迷っていた万象お料理班の先生と生徒は、そんな声にふと振り向く。見るとそこには、こちらも校外学習なのか、建築班の面々が立っていた。
「どうしたんだ?」
万象が聞くと、建築班の講師がニヤリと笑ってウインクなどする。
すると、そこらに散らばっていた老若男女の生徒が、持ってきた廃材と倒木を使って何やらはじめだした……。
数分後には原っぱに、数々の趣向を凝らしたテーブルと椅子が並べられていた。
料理班と建築班の大人数が余裕で座れる倒木のベンチと、個性的な廃材テーブル。
残念ながらお弁当は料理班の頭数しかなかったが、それも分け合えばすむ話。
料理班のメンバーは、自分たちが作ったお弁当を広げると、建築班が目を見張って笑顔になり、一口食べて「美味しい!」と、また笑顔になってくれるのが、本当に嬉しいようだ。
そんな楽しそうな彼らを眺めつつ万象は、建築班がトンカンはじめたと同時に、鞍馬が目立たぬように教室へと戻って行ったのに気づいていた。
ワイワイと楽しい校外交流学習が佳境にさしかかった頃、料理教室の方角からやってくる何人かの人影が見えた。
「あ! 玄武!」
いち早くその中の1人に気づいた建築班のマーブルが、玄武の方へ走っていく。
「マーブル!」
玄武も嬉しそうに走ってくるが、その手にはバスケットが持たれていた。
「これは?」
「鞍馬さんがね、お弁当だけだと足りないだろうからって、急遽ドーナツを作ったんだ。僕もお手伝いしたよ」
そう言って玄武は上にかけられたクロスを取る。中には玄武が言ったとおり、プレーンドーナツがぎっしり入っている。
「わあ、美味しそう」
「でしょ?」
「うん、ありがとう! 行こう、一緒に食べよう。僕たちが作ったテーブルと椅子でね」
「ほんと? すごいな、見たい」
玄武が言ったとおり、鞍馬は人数が増えたとわかるとすぐさま教室へと戻り、腹持ちの良いデザート(オーブンで焼くドーナツ)を作り始めた。
そこへなぜか龍古と玄武とミスター、果ては朱雀(2000年前のナイスバディの方です)がやってきたのだ。
「どうしたのですか、皆さんおそろいで」
少し意外そうに聞く鞍馬に、
「あのね、雀さんが、なんか~鞍馬が大変だから~行ってあげてえ、って言い出して」
玄武がものすごく上手に雀の真似をして言う。一瞬、笑いをこらえつつ鞍馬が「そうですか」と言うと、今度は龍古が説明をはじめた。
「鞍馬さん1人では手が回らないからって、私たちにデザート作りを手伝うようにって」
そして続けて朱雀が胸に手を当ててふんぞり返る。
「安心して任せなさいって」
最後にミスターが。
「そうだよーん、こう見えても僕って手先が器用なんだから。だからさあ、手伝ったらシュウくんの遺伝子……、イテ!」
言いながら鞍馬に伸ばした不埒な手を、朱雀がビシッと叩く。
「だめに決まってるでしょ。さあ、はじめるわよ!」
今度はただ微笑んだ鞍馬が頷いた。
驚くことに(これは失礼)朱雀もそしてミスターもお菓子作りがたいそう上手だった。さすがに自分で言うだけのことはある。
おかげで思ったより早く、たくさんのドーナツが出来上がることとなったのだ。
ただし、さすがは料理班。
鞍馬たちがドーナツを持っていくと、
「ずるーい」
「私も作りたかったー」
と、自分たちが作れなかったことに、ちょっぴり不満をぶちまけてきたりする。
「あらあら、大変。でも、そう言うと思ってね」
と、朱雀がニッコリ笑ってパチンと綺麗にウインクしつつ、ミスターを振り返る。
「こーんなものを用意してきました」
それを受けたミスターが、運んできた大きなボックスを開けると、中にはドーナツのデコレーションに使うチョコレートやチョコペン、それに伴う道具などが入っていた。
「これは?」
「今からみんなに、ドーナツのデコレーションをしてもらうわ。力作を楽しみにしてるわよぉ」
「わあ、やったー!」
朱雀が宣言すると、料理班、建築班の年少たちが入り交じってミスターのところに押し寄せる。皆、大騒ぎで道具を受け取ろうと手を伸ばしてくる。
「おおっと、ちょっと待ってえー。用意するからさあ」
「お手伝いするわ」
ぎゅう詰めの窮地を救ったのは、建築班で学ぶ御年70歳のマダムだった。彼女は若い頃に出来なかった夢を、今叶えつつあるのだ。
「さあさあ、子どもたち、そんなに慌てなくても道具は逃げていきませんよ。彼の話をよく聞いて順番に」
そのゆったりとした言葉に、さすがのやんちゃさんたちもピタリと静まりかえる。
「おお、さすがです」
「年の功でしょ」
「ハハハ」
騒ぎが収まると、皆はお行儀良く道具を受け取り、思い思いのテーブルに着いて、湯煎で溶かしたチョコにドーナツをくるりとまわしつけ、乾かないうちにデコレーションをし始める。
すぐに出来上がる者、うーんと考え込む者、まずイラストを描いてみたりする者、と、千差万別。
人の数だけ、その形は広がっていく。
彼らの様子を少し離れたあたりで見ていた鞍馬の隣に、万象が並んで立つ。
「あー、えーとさ」
「?」
なんだろうとそちらに目をやる鞍馬に、万象はチラとこちらに目をやってから、またあさっての方を向いて言う。
「ありがとな。おかげで助かった」
以前ならほとんど聞こえない声でほそっと言っていたそれが、今ははっきりと聞こえている。万象も少しは成長しているようだ。
「どういたしまして。お役に立てて良かったです」
珍しく高めのトーンで言う鞍馬に、万象が少し驚いてそちらを向くと、鞍馬は前を向いたまま嬉しそうに笑っていた。
万象はちょっと不服そうに口を尖らせたあと、「あ」と何かに気がついて、
「このドーナツのレシピ、今度教室で使おうと思うから、教えてくれよな。俺も作ったことはあるけど、鞍馬独自の配合も知っておきたい」
と、先生らしい顔になって言う。
鞍馬は今度はきちんと万象の方を向いて言った。
「はい。私のでよければ」
「うん、頼むぜ。あ、けど、それを使うかどうかはわかんないけどな」
ここでまた万象のあまのじゃくが顔を出す。
きっと使うに決まっているのに。
万象の成長は、亀の歩みよりも緩やかなようだ。