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第9話 これにて一件落着


 はっと意識がよみがえる。

 あたりには白いもやがかかって、周りがよく見えない。

 しばらくして、そのもやがどんどん晴れていき、ハシュナはどこかの屋敷の一室に寝かされていることに気がついた。

 ふわふわと雲のような布団の中で顔を回すと、こちらを見ている誰かに気がついた。

「お、目が覚めたか。にしても、お前、だっせえー。戦いの神のくせして、千年人に負けてやんの。しかも鞍馬だぜえ。あんな慈悲の塊みたいな奴に」

「お前は、鞍馬の本質をわかってないからだ」

 立て膝で優雅に枕元に座っているのは、《すさのお》だ。

「何でお前がここにいる」

「なんでって、あの剣、俺の剣だもーん」

 だもーん、とか、神さまにしてはずいぶん軽い。

 鞍馬の持つ剣は、もともと彼、《すさのお》がつかわしたもの。そして、さっきハシュナの心臓を貫いたその剣が、汚れ一つなく、まるでできたてのほやほやのような美しさで、枕元に置かれている。

「でもって、ここは俺ん家。けど、鞍馬の本質って……。あいつが闇を見せてやる、とか言ったの? お前を斬る! とか?」

 そんな《すさのお》の言い草に唖然とするハシュナ。

 けれど。

「鞍馬が何の迷いもなく俺の心臓に剣を突き立てたのは、紛れもない事実だ」

「で? 見えたか、鞍馬の闇」

「光だけだった、……あれが、闇なのか?」

 つぶやくように言ったハシュナに、「ええーっ!」と、ムンクの叫びのポーズなどしながら答える《すさのお》。

「そんなに驚くことか」

「見えなかったのおー? 鞍馬の闇はそりゃあわかりにくいほど小さいけどさ」

「そうなのか」

「ああ。あいつの闇は、針の穴ほどもなかろうよ。けど、目を見張るような漆黒だ。あいつの闇はどこまでも漆黒で、おかしないい方だが、のみ込まれてもいいと思うほど、そりゃあ美しい黒だ」

「のみ込まれたことが、あるのか?」

「まさか~、こう見えても俺だって神さまだぜえ」

「そうか……」

 どこか神妙につぶやくハシュナに、《すさのお》が面白そうに言う。

「けどお前、そうとう落ちぶれちゃったのね。鞍馬の闇すら見えなくなるなんてさあ」

 はっと顔を上げて《すさのお》を見たハシュナに追い打ちをかける。

「もういっぺん、神さま修行、やりなお~し!」

 ガハハと大笑いする《すさのお》に、怒るとか言い返すとかも出来ず、ただただ苦い笑いがこみ上げてくるだけのハシュナだった。

 そのあと、試しに手や足に力を入れてみると、どうやらどちらもきちんと動かせるようだった。

 ゆっくりと起き上がって、あらためて自分を刺した剣を見る。すると、あることに気がついた。

「この剣……」

「正解、そいつじゃお前は死なないよ」

《すさのお》のつるぎは特殊な力で出来ている。

 そしてその力は、この剣を使う者が引き出すのだ。とはいえ、誰でも良いと言う訳でないのは以前に証明済み。

 荒ぶる《すさのお》の剣は、慈愛の塊のような鞍馬が持つことによって発揮される。

 よく東西南北荘に出てくる雑魚はデリートされるが、それは死とはまた違う。同様に、手練れもラスボスも、この剣に斬られたからと言ってすぐさま死んで地獄に落ちるわけではないのだ。彼らは中間世界のようなところで、自分を省みる事を覚えさせられる。


 もともと神だったハシュナのことなので、そいつらとは比べものにはならないが、彼は今、この特殊な力を身をもって体験している。


 積み重なった誤解が原因とは言え、自分はずいぶんひどいことをしてきた。本来なら言い訳をする間もなく、すぐさま地獄落ちになるはずだ。けれどどうしてか自分は、こんなにも清々しく整えられた屋敷で、夢心地の布団に寝かされていた。

「鞍馬の最後のセリフ、覚えてるか?」

「え?」

「もうそろそろよろしいでしょう? ってやつ。鞍馬が帰ってきてほしいと願ってお前に剣を突き立てたんだ」

「ああ……」

 死なないとわかってはいても、心臓(ましてや彼は、もと神だ!)に剣を突き立てるのは相当の覚悟がいっただろう。

 あのときは万象を護るために容赦はしないと言ったが、どんなに慈愛で説得しようとしても目を覚まさないハシュナには、思い切った手を使うしかなかったのか。

 それを彼は、闇を見せると表現したのだ。そして、自身の闇を引き出してでも、鞍馬はハシュナにこちらへ帰ってきてもらいたかった。

「……そこまでさせてしまったか」

 わずかに聞き取れるほどのつぶやきのあと、ハシュナは手で顔を覆っていた。

 指の間から流れ落ちるしずくに、《すさのお》はようやく安心したように笑顔を見せたのだった。




 それから幾日か過ぎた、とある朝のこと。


 ハシュナは神さま修行に出る前に、迷惑をかけた新旧陽ノ下家と東西南北荘に順にわびを入れに行っている。今日は東西南北荘にその姿を見せた。

 裏庭から土間に現れたハシュナは、まず和室にいたトラ婆さんと雀に頭を下げる。

 事情のわかっている2人は、笑顔で彼に対応していた。

「まあまあ、お上がりなさいな」

 トラがちゃぶ台の方に誘ったが、ハシュナは「いえ、私はここで」と、そこに立ったままだ。

「どうぞ」

 すると、横から鞍馬の声がした。彼は手に日本茶を乗せた盆を持っている。

 小さな盆ごと上がりがまちに置かれたそれを見て、彼は少し苦笑いしながらもそこに腰掛けた。


 そのうち奥の階段のあたりがドタドタと騒がしくなったと思うと、万象が「おはようございま~す」と降りてきた。

「あ! ハシュナじゃねえか!」

 万象は、台所の上がりがまちに腰掛けて、鞍馬の入れたお茶をすすっているハシュナに気がつき、ビシッと指をさす。


 万象は気まずそうにしているハシュナを、珍しくジロジロと見ていたが、しばらくしてからおもむろに聞く。

「なあ、あんた、本当の本当に、神さまなのか?」

「もと、な。で、これからまた神さま修行をやり直すために、旅に出る。その前にあなた方に謝罪がしたかったんだ」

「ふうん、……! あ!」

 ハシュナが自己紹介をすると、しばらくぽおっとしていた万象が、何かに気づいたようにバタバタと走って風呂場に消える。

「バンちゃんどうしたんだろ」

 そこへやってきた玄武が不思議そうにそちらを見ていると、しばらくして、ぴかぴかに顔を洗い、ヘアスタイルもビシッと整えた万象が洗面所から現れた。

「わあ、バンちゃんなんか格好いい!」

「そうだろー、あ、玄武、お前もここへ座れ」

 そう言うと万象は、ハシュナの前にきちんと正座した。玄武も面白そうにその隣に正座する。


「神さま、いつもありがとうございます」

 万象はきちんと手をついてお辞儀しながら神妙に言った。

「え? あ、神さま、ありがとうございます!」

 玄武がそれを見て、慌てて同じようにお辞儀をする。


 そのあと顔を上げると万象は、怪訝な顔をする玄武に大いばりで説明する。

「神さまってのはな、年中無休で俺たちを見守ってくれてるんだ。だから俺たちは、神さまには大いに感謝しなくちゃならないんだ! 願い事なんてしちゃだめなんだぜ、本当はな」

「?」

 それを聞いて、また不思議そうにする玄武。

 万象はどうしたのかと聞いている。

「なんだ? 何かわからないことがあるのか?」

「ううん、でもそれって当たり前だよね。神さまには感謝するっていうの」

「え? お前は初詣とかで願い事しないのか?」

「しないよ。いつもありがとうございますって言うの」

「はあ? そ、そうか。良い心がけだ」

 大いに焦る万象。

(注・もともと彼ら四神は、願い事をすると言う概念がないのだそうだ。と、万象はあとから森羅に教えてもらうことになった)

 2人のやりとりを、背中で聞きながらおかしそうにうつむく鞍馬。

 ハシュナは、そんな2人を見ながら、いや、どちらかというと万象を感慨深げに見守っている。

 彼はあのとき万象を亡き者にしようとしていたのに。そればかりか、敵であるはずのハシュナに傷を負わせたからと、駆け寄ってくるような人物なのだ、万象は。

「あー、なので、ハシュナ。もとだろうと、やりなおしだろうと、神さまは神さまです。いつもありがとうございます。で、これから修行なんですよね。どうか頑張って下さい」

 ハシュナに向き直って言う万象を、驚いたように見つめていた彼は、とても嬉しそうに笑って答えを返した。

「ああ、頑張るよ」

「うっす!」



 東西南北荘と陽ノ下家につながる、広い広い通り道。

 その真ん中あたりにハシュナがたたずんでいると、精悍な面構えの大きないぬが空から降りてきた。四つ足に炎を燃やしたそれは、ハシュナの眷属として永く彼に仕えていたのだ。

 彼が眷属にまたがるやいなや、彼らは大空高く舞い上がっていく。

 

「森羅に付け焼き刃で教えてもらったんだよ。神さまには願い事を言うんじゃなくて、感謝しろってな」

 いつの間にか隣に、同じように戌に乗った《すさのお》がいた。彼は東西南北荘の方をチラと振り返ってハシュナに伝えた。

「わかっている。けれど、あんなに素直に感謝されたのは、いつぶりだろう。久しぶりに清々しさが伝わってきて……」

 そこで思いにふけるハシュナ。

「? どうした?」

「神さま冥利につきたぞ」

「はあ? ガーッハハハ。それはいい! 万象は人たらしならぬ、神たらしだな」

 楽しそうに追いかけっこしながら飛ぶ戌は、やがて雲のまにまに消えていく。


「あ、それから、旅に出る前にもう一回俺ん家に寄れよ。もうすぐいいもんが来るんだ」

「? ああ、わかった」

 ハシュナは《すさのお》の家に来る「いいもん」が、まさか《こうじん》だとは、夢にも思わないのだった。




 万象は、縁側でうーんと伸びなどしている。

「さあて、祭礼は今日で終わるって言ってたな森羅の奴。おっし、久しぶりに会いに行くか」

「僕も行く!」

 どん! どぶつかってくる玄武をギュウとハグしたあと、「よし、準備するぞ!」と、万象は階段を二段飛ばししていく。

 玄武が、「あ、ずるい!」と、踊るようにその後を追いかけていった。










ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

お住まいは東西南北荘 5

なななんと、いっきに終了してしまいました~。

今回は、神さまが悪役になってしまったお話しでした。けれど無事に一件落着出来たようです。

2000年の時を超えた森羅・万象のお話しは、まだ続くかもしれません。そのときはどうぞ遊びにいらして下さいね。

それでは!



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