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4.報告

 


 アメリカ合衆国カンザス州フォートライリー


「この車は乗ってるだけで気分が悪くなるよ」


 ヘッドライトがいらないほど月光が眩い夜の日。ライリー基地に続く静かな直線道路を不機嫌な将校を乗せた一台の軍用車が走り抜ける。


 ジープの後継者として開発されたM151トラック、通称マットは高い耐久性と走破力はあるが快適性は少しも追求されておらず、決して乗り心地が良いとは言えない車は座席に酷く振動を与えてきた。


「余程の非常事態かと…私を呼び出すほど大騒ぎする事とは思えないのだが」


 後部座席に座っている第1歩兵師団司令官、ジョセフ・リーマン少将は運転係の三等軍曹にそう嘆いた。


「本当にそんな事があったんですかね?」


「こんなの誤報に決まっているだろう。ベトナムへの派兵命令が決定したと思ったら、訳の分からん事を言われて驚いたよ。くそったれめ」


 リーマンが指揮する第1歩兵師団が駐留するライリー基地へ伝言ゲームのような連絡があったのが夕方頃だった。

 地元警察からカンザス州軍に自分たちでは対処しきれない事案が発生したとの通報がされた。

 カンザス州軍は他の州軍と同じく、アメリカ連邦軍と違いアメリカ合衆国大統領ではなくカンザス州知事の指揮下である。つまり、州知事の要請で動かせる軍だ。有事の際は連邦軍に組み込まれることもあるが、基本的に州知事が要請し出動する。大抵警察だけでは解決できない事案が発生した時に出動命令が出される事が多い。警察が対象できない事案とは、大規模災害、数万人規模の暴動発生や重武装の勢力による銃撃事件などが挙げられる。

 しかし、今回は想定されているどの事案にも当てはめられなかった。

 州知事は連絡を受け、一応州軍の出動を容認したものの、州軍ですら対処の方法がわからないと判断しすぐさまアメリカ大統領へ報告がされるが、その報告が全くの意味不明であった為、大統領への詳細報告のために現場付近にいる連邦軍の第1歩兵師団がある要請を受けた。

 その内容とは、『フォートライリー基地近郊の山林で未確認生物が発見された。これを直ちに調査せよ』との事だった。


「大統領には何て報告すれば良い?カリフォルニアで有名になっている未確認生物(UMA)ビックフッドが数千キロ離れたカンザスで見つかったって?」


 これに似た事例はよく新聞に取り上げられていた。

 一番の例はビックフッドだろう。先住民族インディアンはそれをサスカッチ(人に似た生き物)と呼んでいるため、それほど昔から目撃されているUMAだ。身長は2メートル程で全身を体毛で覆われており、猿人のような見た目をしているらしい。

 アメリカ西部に目撃証言が集中しているが、その一匹がカンザスに旅行でも来たのだろうか。


「こんなくだらないもの地元のオカルトマニア集団に任せとけばいい。どうせ動物の死骸を見間違えただけだろう」


「私も同じ意見です」


 そうこうしてる内に乗っていたジープが基地に到着し、検問のゲートが開かれた。

 リーマンは早くこんな馬鹿げた事件を解決させて報告書を製作し、上の連中に渡して家に戻りたいという思いで一杯だった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


「何だこいつは…」


 基地内の検死室に通されたリーマンは驚きそれ以上の言葉が出なかった。

「この生物と最初に接触したのは8才の子供だそうです」

 そう答えたのは、リーマンの副官だった。


「13日の早朝に、この生物を民間人2名、警察官4名が目撃しました」


 検死台の上で横たわるのは、体長は2メートル近くある生き物二体である。


「1体は顔周辺は吹き飛ばされて分からないが…明らかに人間じゃ無いな…」


 噂のビックフッドでは無いようだが、普通の生物にも見えない。

 片方の怪物は顔周辺を吹き飛ばされており、どんな表情か想像できなかったが、もう一体の頭は狼のように見える。共通して言えることは、身体が体毛に覆われて獣のようだった。


「この生物は二足歩行で武器も扱えたらしいです。現場に居合わせた警官がそう証言しています」


「作り物にしか思えん…だが、」


 もしこの化け物が生きていたのならばとても不気味である。しかも二本足で立つのだから尚更気味が悪い。


「解剖した結果、見た目は狼のような大型動物ですが中の臓器構造が人間と共通するところが多々見受けられました。非常に興味深いです」


「…しかし、片方は何故顔を吹き飛ばされているんだ?」


「この生物が武器を使って襲いかかって来たため、警官の一人が至近距離から散弾銃を発砲したためです。その生物の方を検死したところ、腕から胸、腹付近から38口径の拳銃弾11発と00バックショットの散弾が見つかっています。それでも死ななかったため、とどめの一発を頭に…」


 やはりすぐ死なないのが怪物らしい。これが着ぐるみを着た人間なら1、2発でくたばるはずだ。


「片方の生物は、ハンターが撃った弾丸が心臓と思われる臓器に命中しています」


 副官はゴム手袋をした手で体毛をかき分けながらマクラスキーに入射孔を見せる。その穴はキレイだったが、そのまま背中を貫通しているらしいので致命傷には変わりない。


「この基地に運び込まれてからすぐに内務省の合衆国魚類野生生物局に連絡を取りました。何かしらの生物の突然変異では無いかと言ってましたが、詳しく調査のため人員を派遣するそうです。それ以外にも保険福祉省の公衆衛生局からも来ます」


「…なぜ衛生局が?」


「この生き物の突然変異はウイルスや細菌により起こされたかも知れないからです」


「…仮に突然変異だとして、その生き物は服を着るような知能を持つ事はあるのか?」


 最初に見たときに一番違和感を感じたのがそこだ。この生き物は薄汚い衣類を身につけている。

 野性動物が服を着る行為を取るなんて聞いたことがない。たとえ突然変異が起きた生き物であってもあり得ない。


「私も疑問に思った所です。発見者がいたずらで着せたとは思えません」


「仮にこの化け物が知性的行為をする事があるならば…いや、やはりあり得ないだろう」


 目の前に決定的な証拠があるのにどうしても信じられない。もしこの化け物が世に知れ渡ったら全米だけでなく世界の常識が変わってしまう。


「…我々ではどうしようも無いな。この化け物の正体を暴くのは役人の奴らに任せるしかないか」


「もう一つ問題が。洞窟で男児が行方不明です」


 その化け物が現れた洞窟では子供が行方不明になっている。

 すぐにでも警察が救出に行くべきだったが、今回は特殊すぎる事件で対処しきれるか分からない。そのため州軍に頼ったものの、州軍も初めての事案であぐねてしまった。


「別の未確認生物がいる可能性があるので救出は困難かもしれません。現在は州軍が洞窟入り口を閉鎖しています」


「…とすると、救出は我々がやるべきなのだな?」


 副官はそれに頷いた。


「ただ、問題なのは洞窟の内部構造が全く不明なところがです。地元の地形図に記されておらず、付近の住人ですら知らなかったそうです」


 こんな事例だと警察や州軍ではまともな救出作戦は不可能だ。だが、連邦軍が出撃するには上層部の連中から許可が必要になる。


「生物局や衛生局の奴らが来たら大統領や議会、上の連中に出す報告書を作って出撃許可を得る。なるべく信じてもらえるよう慎重に書かなければな。君はその間に救出部隊の編成をしていつでも出撃できるようにしておけ」


「どの部隊を向かわせますか? 兵士の大半は第二次大戦が終わってから大分経っているので腕が鈍っているかと」


 第1歩兵師団は第二次世界大戦で様々な作戦に参加し、ドイツ軍と死闘を繰り広げた。

 しかし、遂に戦争が終わったと思いきや今度の敵はドイツから共産主義国家のソ連に変わった。例え直接戦火を交えなくても共産主義と資本主義の対立には当然軍隊が不可欠になる。

 第1歩兵師団は終戦後すぐにドイツ占領任務にあたり、ソ連への戦略的抑止力となっていた。他にもニュルンベルク裁判の警備などしたが、どれもライフルや大砲が必要になる事は無かった。

 終戦から十年の間に極東方面(朝鮮半島)で戦争もあったが、ヨーロッパでは少し緊張が走っただけで戦闘が起こる事も無く、1955年にアメリカ本土へ移転する事となった。

 つまり、最後の戦争から二十年経っているので実戦では無く訓練でしか銃を撃ったことしかない様な連中ばかりになっていた。


「怪物相手に戦うとなれば実戦経験のある者を向かわせたい。確か南ベトナムへの軍事顧問の一人として派兵されていた奴がいはずだ」


 リーマンは数か月前に転属してきたある兵士を挙げた。

 今現在、ベトナムで大規模な戦争の真っ只中である。海兵隊は既に南ベトナムのダナンに上陸し、本格介入が始まっているが、数年前から友好国である南ベトナムにはアメリカ合衆国が技術指導という名目で軍事顧問団を派遣していた。

 実際は()()()()の作戦行動をしている事実上、特殊部隊の軍事顧問団の一人がこの師団に入って来ていた。


「噂によるとかなり若いが腕は立つらしい。お手並み拝見といこうじゃないか。私はこれから家に電話をしてくる」


「どうしたんですか?」


「妻に言わなければ。相当厄介な問題が起きたから休みが取れなくなったとな」


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