3.化け物の公務執行妨害
崖にある洞窟の穴から、声のようなものが聞こえた。
「おい、全員拳銃を抜いとけ…」
その場に居た警官たちが一斉に腰のホルスターから拳銃を抜いた。
ケインはショットガンの排莢口をわずかに開き、薬室内に弾が装填されていることを確認する。いざとなった時に引き金を引いても発射できなかったという間抜けな失態は避けたい。
「ハンターさん、この洞窟はどれくらいの長さだ?」
「いや、こんな洞穴は初めて見たんだ。ここの近くは何度も通るが気付かなかった…」
中の様子がわからないなら、不用意に中へ突入する訳には行かない。外から誘き出すしかないな。
「ステニス、援護するから少し中に入って呼び掛けてみろ」
「え!?イヤですよ!僕が援護するので部長がやってください!」
「俺も嫌だよ。後でビールおごるから、行け」
「…分かりました」
ステイス巡査はしぶしぶ承諾する。仮にまだ渋ったとしても、あとビール2本までおごるつもりだった。
それなりに広い穴だったら一緒に入るべきだが、この洞窟の危険性は全く不明だ。
このような洞窟には稀に有毒ガスが充満している可能性があった。若者達が面白半分に炭鉱跡に入ったら、発生していたガスのおかげで死亡した事故もあった。
一人だけ中にいれて様子を見れば、洞窟内が危険かどうか分かる。仮にガスがあったとしても外にいる仲間が対処しやすい
「よし、何かあったら直ぐに出てこいよ」
ステニス巡査はケインに念を押されると、恐る恐る洞窟の入り口に近づく。
太陽の光で入り口から数メートル先まで照らされているが、そこから先は何も見えないほどの暗闇の中だ。
人が立って入れるほどの洞窟だが、壁や地面はゴツゴツして足場が悪く、所々天井から落ちてきた石なども転がっている。とても人の手で作られたと思えない。自然で出来た洞窟なのは明らかである。
拳銃を片手に足場が確認できる所まで進み、改めて暗闇の中を凝視するがやはり何も見えない。
ステイス巡査は自分の頭の中に巡る恐怖を吹き飛ばすため、その暗闇に向かって大声で叫んだ。
「……おい!! 誰か居るなら出てこい!!」
それに応えるように、暗闇の奥先から雄叫びが反響してくる。
これで何かがいるのは確定してしまった。
「部長!!誰か居るみたいです!!」
洞窟の中から外にいるケインに伝えるため、入り口の方に向き直しながら言う。
その瞬間、後ろの暗闇から何かが凄い勢いで近付いてくる気配がした。ステニス巡査は反射的に光の溢れる洞窟入り口まで駆け出す。
(ヤバい!!何か追って来る!!)
死に物狂いで洞窟を戻りるが、いつの間にか何・か・の息遣いや唸り声が聞こえるほど接近されていた。今振り返って正体を確認しようとすれば追い付かれてしまうだろう。
「ハっ…ハっ… 部長!!何か来ます!! 変な唸り声も聞こえ―」
ステニス巡査がなんと洞穴から抜け出し、必死に中で何があったか伝えようとしたが、皆の視線が自分にではなく洞穴に向けられていた。
後ろに振り返ると、狼のような動物の頭が洞穴から顔を出していた。
見た目は死んでいる化け物とそっくりだった。
「おい!!今すぐ出てこい!!」
静かだった森林に怒号が響く。
ケインがそう警告した瞬間、その化け物が飛び出して来た。身長は2メートル近くあり、色こそ違うが体表が灰色っぽい体毛で覆われ、服のようなものをまとっている。
唯一違ったのは、化け物の手にはしっかりと手斧のような武器が握られていたことだった。
「武器を捨てろ!!」
「グルァァァァァァァァ!!!!!!!!」
ケインの通用するか分からない警告が、化け物の咆哮で掻き消される。
化け物が穴から洞穴から飛び出し、手斧片手にステニスへ切りかかった。
「うわぁぁぁ!!」
あまりの迫力に後退りするが、つまずいて体勢がガクッとくずれた。
その時、化け物が振りかざした手斧の鋭い刃が、頭から数センチの所の空を切る。
「全員撃て!!!」
ケインが発砲の号令を出し、警官たちの拳銃とショットガンが火を吹いた。
警官たちは拳銃をダブルアクションで発砲し、ケインもショットガンの引き金を引きながらスライドを素早く前後させ、バックショット弾を3発叩き込む。
山林に乾いた破裂音が機関銃のように連続で響き渡り、森から野鳥たちが鳴きながらバサバサと一斉に飛び立った。
「こ…こいつまだ生きてます!!」
化け物は膝をつき、血を滴らせながらも、なんとか倒れないよう地面を踏ん張り、こちらを睨み付けながら唸っている。
警官たちは近距離から何発も弾丸を浴びせたが、拳銃弾や散弾ではまだ足りないようだが、流石に化け物が反撃する力は残っていない。
ケインがすぐさま目の前まで接近し、改めてショットガンを頭に突き付ける。
「くたばれ、化け物め!!」
ドンと一発だけ銃声が響くと、森林はいつも通りの田舎らしく悲しい静けさを取り戻した。