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2.事件発生

 


 1965年3月23日

 アメリカ合衆国 カンザス州 ライリー郊外 早朝



「センターから全車へ――コード235A、フォート・ライリー基地北東の山林で猟師が人を射殺したとの通報あり――近くにいる車両は応答せよ――」


「こちら13号車ケイン。ただちに現場へ向かう」


 ジョセフ・ケイン巡査部長は朝食代わりだった食いかけのドーナツを窓から投げ捨て、眩い赤色灯を光らせながら甲高いサイレンを鳴らす。

 アクセルを踏み込むと、砂ぼこりの薄化粧をまとったシボレー・ベルエアのV型8気筒エンジンが唸り、マフラーから黒煙が吹き出る。クラッチを繋げると後輪が軽く空転し噴煙を巻き上げ、白黒で塗装された車を押し進めた。

 警察署からの無線で、近くの山林でハンターが間違ってそこらの人を撃ってしまったらしいとの連絡があった。人を獲物と間違えて撃っちまうなんて、そのハンターの腕がよっぽど悪いか目がよっぽど悪いかだ。ケインは、少なくとも自分だったらそんなヘマは絶対にしないと思っている。

 しかし、無線では容疑者は人を誤射ではなく()()したと言っていた。ならばそのハンターは故意にそいつを撃ったのかもしれない。当事者が素直に事情聴取へ応じてくれれば仕事は捗るだろう。


 そんな事を考えてる内に現場近くの林道に着き、そこにはすでに何台かのパトカーが停車している。その側で仲間の警察官が書類を書き込んでいた。


「あっ、巡査部長!」


 仲間の警官の一人がこちらに気が付き小さく敬礼をする。


「おう、マイク。何か状況は分かったか?」


「はい、彼がハンティング中に人を撃ってしまったそうです。」


 そう答えたのは23歳になったばかりの若造、マイク・ステニス巡査だ。


「本人は正当防衛を主張してます。あと捜索願いも出したいそうです。」


「捜索願い?」


 ステニス巡査によると、そのハンターは子供を連れてハンティングをしている最中に自分の子供二人とはぐれてしまったらしい。なんとか子供一人を洞窟の入り口前で見つけた時、この事件を起こしたらしい。


「殺人と誘拐は関係しているのか?」


「それは、本人に聞いた方が早いですね」


 仲間のパトカーにそのハンターが乗せられいた。まだ殺人が確定したわけではないが、念のため手錠がかけられている。


「あんた、ここで一番偉い人か!?早く息子を探しに行かな―」


「まぁ落ち着け、何で人を撃ったんだ?」


 直ぐにでももう一人の息子探しに行きたいようだったが、まず人を撃った理由を聞かなければ。


「変な着ぐるみを着たやつが俺たちに武器で襲いかかって来たんだよ! ちゃんと警告したのに……だから撃っちまったんだ」


 着ぐるみ? まぁ聞いた感じだと正当防衛だが、容疑者の証言だけ聞いて判断するなら警察官は務まらん。証拠を見つけ出さなければ。


「とりあえず、パトカーから降りて現場まで案内してくれ」


 他の警官も応援に来たので、そいつにハンターの子どもの子守りをさせ俺たち四人を現場までハンターに案内させる。ハンターいわく、林道からそこまで離れていないらしい。大型動物と出くわす可能性もあるためショットガンも持って行った。さすがに腰にぶら下げてる38口径の拳銃だけでは心もとないし、ハンターが隙をついて逃げようとするのを防止するための抑止力にもなる。

 現場は少し開けた所に小さな崖があり、その目の前で起きたらしい。そこまでの道のりには木々が生い茂り、その根っこで足場は悪く決して歩きやすい状態ではない。だがハンターは手錠をかけられているにも関わらず、えらく早歩きで進む。余程息子のことで頭が一杯なのだろう。この男の言うことが本当ならば息子も捜索せねばならない。


「あともう少しだ!ここを抜ければ…」


 さらに先に進むと、開けた場所に小さな崖があった。そこには一人ひとり立って通れるほどの穴があり、その穴から数メートル離れた所にハンターが射殺された異様な姿の被害者が仰向け倒れていた。


「こいつだ! こいつが息子の後を追って穴から飛び出して襲って来たんだ !」


 警官たちは驚愕した。少しハンターを遠ざけてから巡査部長が恐る恐る近づくと、それは明らかに異様な人間が倒れていた。

 一見したところ、その被害者は狼を模したような着ぐるみを着てる者であったが、気味の悪いほどリアルな物であり本物の動物の皮を使っているのかと思うほどである。


「こんな着ぐるみ着てるなんて…相当頭のおかしいやつだな。しかしなぜ襲おうとしたんだ?」


 被害者のリアルな被り物を脱がそうと体に手を触れた時、少し違和感を感じた。着ぐるみを着ているはずなのにやたら体温が感じられ、うつ伏せに倒れて背中があらわになっているのに着ぐるみを脱ぐためのファスナーやボタンが見当たらない。

 その被害者の下には血だまりができ、口からも血がでいる。軽く被り物をを叩いたが空洞があるような感じではなく、生き物そのものを叩いた感触だ。


「これは…被り物なんかじゃない…動物の頭そのものだ」


 体表は明らかに黒い体毛で覆われ大きな手や足には鋭く尖った爪もあり、僅かに開いた口の隙間から猛獣の牙が顔を覗かせていた。しかし、これをただの野生の動物と判断するのは無理だった。洋服のようなものを着ており、手には腕輪など、あまりにも人間に近い格好をしていたからだ。

 ケイン部長はハンターが撃ったのが着ぐるみを着た誰かではなくただの人のような生き物なら殺人の罪なのか、動物虐待の罪なのかと的はずれなことをとっさに考えてしまった。人は混乱すると、的外れな思考に引きずり込まれることを実感した。


「おい、これはあんたが用意したイタズラなのか? これは少しも笑えんぞ」


「冗談じゃない! 俺だって化け物はいったいなんなのか知りたいよ!」


 ハンターは興奮ぎみに反論する。確かにハンターが主張する証拠はあった。とても信じられないような証拠が。


「と、とても信じられない…こんな生き物見た事ないです…」


 ステニス巡査も言うとおり、この場にいる警官たち全員が信じられなかった。

 ケイン部長は事を進めるために無理やり落ち着きを取り戻し、その()()()をさらに注意深く観察するべく、化け物のそばにかがんだ。

「身長は…約二メートル前後でとても大柄な体格、着ている洋服はやたら古くさいが、腰にはベルトのようなものを着け小袋が下げられているから人間の格好にも見えなくはない。体身は太めの黒い体毛で覆われ、爪は猛獣みたいに鋭い。これは凶器扱いになるか? 頭は狼の被り物みたいだが、本物だ…」


 その時、上から見下ろしていたステニス巡査はあることに気付いた。


「こいつ…一発だけで死んだようですね…」


 その銃創箇所を調べると、化け物の背中にはゴルフボール程の大きさで汚く穴が開いており、そこからドス黒い血が溢れていた。この化け物は正面から胸の中心左寄りを撃たれているようだ。それ以外に撃たれた場所は見当たらない。

 ハンターが所持していたライフルの弾薬は、狩猟で良く使われる300ウェザビーマグナム弾である。主に大、中型動物を狩るのに使用されるが、こんな化け物といえど至近距離から心臓近くを撃たれると死ぬらしい。


「見たところ、この出血量だと即死のようだな。あとはハンターが主張する武器での襲撃だが…」


 周りを見回すと、すくそばに短剣のような物が落ちていた。刀身は厚く刃渡りが約30cm程あり、一般的な軍用ナイフよりも大きい。これは明らかに料理や小細工をする用ではなく、人を殺傷するための凶器なのは一目瞭然だった。


「粗っぽい仕上がりで市販されてない物か?手作りでかなりの粗悪品だな…」


 こんな短剣は市場では見たことがなく、人の手で鍛造された特注品のようだ。かなりの大きさで、こんな物で襲われたら誰でも脅威に感じるだろう。むしろ引き金を引く前にちゃんと警告できたハンターはよく冷静な行動が取れたなと思う。この化け物と恐ろしい凶器を確認し、やっとハンターの主張する正当防衛に信憑性を感じることができた。


「とりあえず、署に報告しよう。これはただの事件じゃないってな」


 自分たちだけではこの事件を理解しきれないと判断した警官たちは、現場に規制線を張るためのロープを取りにパトカーへ戻ろうとする。


「待っててくれ! 俺の息子はどうするんだ!?」


 化け物ばかりに気をとられ忘れていたが、ハンターの言葉で思い出した。もう一人の息子はまだ行方不明だ。もう一人の息子は生死は不明だが洞窟の中に取り残されているかもしれない。


「もしかしたら…あんたの息子は中に取り残されてるかもしれない。中を探索しよう」


 ケイン部長は、仲間に懐中電灯を持ってくるよう指示をする寸前にハッと気づいた。もしかしたら、同じような化け物がまだ中に居るんじゃないかと。


 その時、洞窟の中から微かに雄叫びに似たような声が反響してるのを感じた。



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