空からの戦士
新しく始まりました。
よろしくお願いします。
レイランド公国東部 サムス平原に設置した野営地の司令所から上空を見上げロイマンは唖然として突っ立っていた。
空を鉄の鳥が埋めつくす。
辺りの地上で、爆音と共に真っ黒な煙炎や青空を隠す雲海のような真っ白い煙幕が包み込む。空の音も、奴らの軍竜が絶え間なく発する断末魔で満たされていた。
先ほどまで聞こえていた木々の葉鳴りや小鳥のさえずり、兵士たちが行進する軍靴の音までも、どこかへ吹き飛んでしまったようだった。
この平原と国境を隔てる樹海にはいくつもの川が流れており、森を渡るには多大な苦労と時間を要る。数か月前の我々がエスニア王国領土を森の向こう側に追いやった戦いで、我が軍が侵行した際に円滑な進軍の妨げ苦戦させられた地形だ。
その時は、レイランド軍の精鋭部隊である公国近衛騎士団から更に選び抜いた特別部隊を投入したが、それでも森を突破するのに五日は掛かった。
現在は細い行路を通したが、そこを使用しても普通の地上部隊を移動させるなら一週間以上は必要だ。奴らがこの森を通って反功するには我が軍の部隊から妨害を受けることになる。突破するには二~三週間、いや、一ヶ月は掛かると思われた。
予想は大幅に外れ、たった数時間でこの有り様だ。
「森の地上部隊から伝令です!!『敵と思われる部隊を確認、交戦許可を求む』とのこと!!」
たった今、司令所に届いた全くの無意味で遅すぎた伝令の報告は、奴らの咆哮で慌てふためく将校には聞こえていないだろうが、確かに私の耳へは届いた。
多分その敵とはたった今、我々の上空を我が物顔で飛び回っている奴らの事だろう。国境部隊からは何の報告が無いが、伝令を送る間もなく撃破されたのだろうか?
「…何故伝令が敵の後から到着する!? ここはとっくに攻撃を受けているんだ!!」
憤慨したロイマンは伝令兵にそう投げかけたが、彼は恐縮することしか出来なかった。
我が軍の偵察、伝令、連絡用の伝竜はパワーや耐久力が無く戦闘に向かないが、速さには自信がある。この大陸では最速の品種であるため、これに追い付ける生物はそうそう無い。
上空を飛んでいる鉄の鳥はその伝竜よりも明らかに速く、竜騎士が操る戦竜を完全に圧倒する強さを兼ね備えていた。既に味方航空戦力は沈黙している。
特に、光沢ある銀色の鳥はエルフ族の放つ弓矢よりも速く空を駆け、白い鳥はそれより鈍いが腹や翼に炎樽や爆槍を吊り下げ、我々の頭上へ何度も放り出していた。
その威力は、百戦錬磨の兵士たちが恐怖で半狂乱になりながら逃げ回るほど凄まじく残酷なものだった。
「なんて鳴き声なんだ!? 今まで聞いたこともない!!」
部下が言うとおり、何より異質なのは敵の怪鳥の鳴き声だ。
早い鳥は、頭上を通過すると頭痛を引き起こすぐらい甲高く鳴き、遅い鳥は、腹の底に響くような重低音、例えるなら牛蛙のような鳴き声を発する。
それら銀白色の鳥は様々な鳴き方をするようだが、どれも共通して無機質でとても生き物とは思えない。
(…伝竜より速く、戦竜よりも狂暴な鳥か。笑えるな…)
上空を見据えるロイマンはそんな事を思っていたが、その間にも兵士の絶叫や戦竜の鳴き声を掻き消すほどの爆音が絶え間なく砦に響いていた。
『異世界の奴らは魔術が使えないそうじゃないか!!そんな奴らと手を組んだエスニアなんぞ、剣の一振りで蹴散らしてくれるわ!!』
レイランド公国議会の演壇の上で足を大きく広げ、拳を振り上げながらそう豪語し、タカ派の議員から拍手喝采を浴びながら平和的会話で解決しようとする負け腰穏健派の奴らを黙らした王国東方騎士団司令官レイマン大将は、その時自分が言った言葉を思いだし、全くの思い違いであることを実感した。
(ゴミのように蹴散らされているのは、我々の方ではないか…)
その時、これまた奇妙な姿形をした鳥が鈍い羽音を立てながら近づいて来た。
サムス平原上空 アイアンウィング作戦
「よーし、リナッ! 降下準備はできてるか!?」
隣に居る魔術師リナに確認をとったが反応はない。やはりヘリコプターの中は爆音で声が通りづらい。
リナは高いところが苦手らしく、ヘリが飛び立ってからは目をグッと閉じて縮こまっている。普段は俺に対して刺々しい態度をとるが、こういう時は本当に可愛らしい。
もう行くべき時が来ていることを教えるため、魔法使いのトレードマークと言えるとんがり帽子をツンツンと突っついた。
顔を上げたため、ジェスチャーで降下する事を伝えるが、青くなっていた顔がさらに青くなってしまった。
お構い無く次の準備を進める。
インターコムを使ってヘリパイロットに要望を伝えた。
「良いところで止めてくれ!」
ヘリパイロットは地上を監視しながら軽く頷いた。
異世界に来てから、このパイロットと何度も任務に従事したことがあるため、ほんの少し言葉を伝えれば自分がどこに下ろして欲しいか感じ取ってくれる、ありがたいパイロットだ。
「こちらブラックフェザー1 航空支援を一分後までに中止し、待機させろ」
次に、航空無線で空軍の航空攻撃を中止させた。そうしないと味方の爆弾をもろに食らってしまう。上空からだと敵味方の区別はとても難しく、ちゃんと目標を教えてやらないと更地になるか武装が無くなるまで暴れる奴らだからだ。
「…おっと!派手な歓迎になって来たぞ」
降下ポイントに近づくにつれ、僅かばかりの敵が放つ矢や魔弾が対空砲火として邪魔をしてきた。
だが、リナの防御魔法で乗っているヘリを守ってくれている。決してビビっているだけではなく、ちゃんと仕事もしているのだ。
15才の彼女はこう見えて優秀な魔術師であり、王国魔術隊でも稀な逸材なんだとか。俺にはそうは見えないが。
降下ポイントに到達する寸前、リナを横抱き、つまりお姫様抱っこをし、耳元で大声にして伝えた。
「これから飛び降りるぞっ!! お気に入りの帽子を飛ばされるなよ!!」
リナは顔を隠すように帽子を押さえる。赤面になっていたようだが気のせいか?
どうやら覚悟を決めたようで、振り落とされないようにと俺の上着にギュッとしがみついた。
ヘリが降下ポイントに着き、乗降口に腰をかけ空中に足を投げ出した。まだヘリから地上まで50メートル以上ある。
しかし、何も問題無い。
ヘリのコックピットに目をやると、パイロットがこちらに振り向いて親指を立てながら「グッドラック」と口を動かす。
俺もそれに答えるようパイロットに向かって親指を立てる。通例のジンクスだ。
もう一度、地上を見据えた後にリナを抱え直し、飛び降りた。
奇妙な鳥の腹に人影が見えた。
「将軍!! 何者かが飛び降ります!!」
バカな、生身の人間があの高さから落ちたら即死だ。その者に目を凝らすと、一人の人間が別の人を抱えてるのが見えた。無理心中でもするつもりなのか?
彼らが飛び降りた瞬間からどんどん加速し、このままだと大地に無惨な死体を晒すことになるたろう。
その時、彼らを一瞬だけ魔光が包み込み、まるで羽毛がふわりと落ちるように地面に降り立った。
「――彼らを攻撃するな!!」
その姿を見たレイマンは、すかさず兵士たちに攻撃を制止させる。
ふと気付くと、敵の航空攻撃も止んでいた。
どうやら降り立ったのは若い男と魔導師と思われる少女だ。その男はこちらに気付くと、抱えていた少女を下ろして真っ直ぐこちらに向かってきた。
男は腰に曲刀を携えており、頭に被った帽子には黒い羽毛が留められていた。
「…っ!まさかお前は…あの黒き羽毛の鷹か!?」
諜報部からある情報を耳にしていた。
界軍で唯一魔術が使えたった一人で一個大隊を撃破するほど勇猛果敢で百戦錬磨の老兵がいる。曲刀と黒い羽毛が目印だ。
その男は軽く笑いながら答える。
「…確かに、そんな名前で言われてるらしいな」
見た目はどう見ても二十歳前後の若者。幾つもの戦場を戦い抜いた古参兵には見えない。
「あんたがここの司令官だろ?この地方は俺達が全て掌握する。俺たちを鳥を見てみろ」
レイマンが男にそう促され上を見上げると、先ほどの鳥とは別の、さらに上空に別の鳥がいた。
数匹ではない。数十、いや数百以上の数だ。綺麗に整列し連なる大鳥は我々には目をくれずに悠々と都の方へ向かっている。
それは都に絶望を届ける空の街道のように見えた。
「奴ら空挺兵は、この地方と都との中継地点を制圧する。そうなれば君らは孤立し、敗北するだろう」
「な、何を言いたいのだ?」
「…わかってるだろ?」
レイマンは分かっていた。彼らは降伏を催促しに来たのを。
「…その前に、どうか君の名前を教えてくれないか?」
レイマンは諦めた様子で、その男に名を聞く。
「…これは失礼。改めて名乗らせてもらおう。 アメリカ合衆国陸軍独立特設小隊隊長 ケン・バレンタイン少尉だ」