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36 傍に居て



 なんでこんなことになったんだろう。

 懐かしい痛みが、私を襲う。大量に流れた血は、今は止まっている。もう傷口はないだろうが、動けない。動いていいかわからないから。


 これだけの傷を負って平気なことが、ばれてしまう。まずいな。

 なぁなぁにしてきた、自動治癒という能力が、プティのせいで白日の下にさらされたわけだ。嫌がらせをしたかったのなら、嫌がらせは大成功だよ。


 おそらく、プティもここまでのことをするつもりでは、なかったのだろう。私に剣を持たせて、倒せと言った魔物は小物だった。きっと、戦闘に慣れさせたいとか、剣を扱えるようにさせたいとか、その程度のことだったのだろう。それか、本当に嫌がらせか。


 どっちでもいいけど、本当にやってくれたな、という思いだ。


 戦闘能力を知られるわけにはいかず、私は小物にも手こずっている様子を見せていたのだが、そこで大物が現れてしまった。

 一瞬、本気を出そうか迷った。でも、そこまで脅威を感じなかったので、そのまま弱いふりをしたのだが、まさかここまでの傷を負わせられることになるとは思わなかった。


「・・・っ」

「サオリさん!?」

 すぐそばで、リテの焦った声が聞こえた。さて、どうしようか。強く目をつぶって、痛そうなふりを一応したが、別にもう痛くもなんともない。


「サオリ!?」

 アルクの声に、目撃者が増えたなと、どうでもいいことを考えながら目を開ける。すると、信じられない光景が目の前にあった。


「アルクっ!」

 リテが叫ぶ。

 アルクのすぐ後ろには、爪をむき出しにして襲いかかかろうとしているクマのような魔物がいた。もちろん、私に傷を負わせた魔物だ。


 アルクは動かない。こちらを見て固まっていた。

 このままだと、アルクも私と同じように怪我をするだろう。私は平気だった。だって、自動治癒があったから。でも、アルクは?

 これだけ血を流せば、普通は死ぬだろう。


 殺さないと。いますぐ、あの魔物を殺さないと。


 殺す大義名分を得た私は、震えていた。それは、喜びと恐怖からくるもの。

 今にも飛び出したい衝動を抑えて、私は考え直した。殺す必要はないのだと。そう、私が殺す必要はない。私が今やりたいことは、アルクを救うこと。


 自動治癒は、自分を癒すことしかできない。だから、アルクが傷を負うことを止めなければならない。

 戦闘能力は、アルクを助けることができる。今にもアルクを襲おうとしている魔物を殺すことができる能力。でも、これは隠さなければならない。


 なら、どうするか?

 簡単なことだ。


「移動魔法!」

 仲間の誰もが知っている魔法を叫ぶ。移動するのは、もちろんアルクと魔物の間だ。


 さて、ここから連続移動するか?それとも、アルクを突き飛ばして、私はもう一度傷を負うか。


 連続で移動できることも隠しておきたい。

 私が怪我をしたら、アルクは・・・リテ、ルトは・・・

 

「くっ・・・」

「わっ!?」

 私は、思いっきり後ろに飛んで、アルクに突進した。アルクはそのまま倒れこみ、私もそのアルクの上へと倒れこんだ。

 私たちが今までいた場所に、魔物の爪が振り下ろされた。


「リテっ!」

「ファイヤーボール!」

 私が名を呼ぶと同時に、リテから火の玉が放たれた。でも、それは魔物の動きを一瞬止めたに過ぎない。でも、それだけで十分だった。


 間合いを詰めたリテが、魔物に剣を振り下ろした。

 魔物の苦しそうな声が響く。それにかまわず、リテは再び剣で斬りつける。


「さがれ、ヴェリテ!」

 野太い声が聞こえたかと思えば、今度は魔物の腕が飛んだ。


「マルトー!」

「サオリ様!」

 驚くリテと焦ったルトの声が耳に届いた。あー、ルトはいいけど、また目撃者が増えたな。


「ルト・・・」

「ご無事で・・・っ!?」

 どうやら無事でないことに気づいてしまったようだ。いや、無事なんだけど。


「大丈夫だから。」

「血が・・・こんなに。」

 顔が真っ青なルト。気の毒に。

 私は、ルトの頭を撫でた。そして、立ち上がって、手を差し伸べる。


「サオリ様!どうか安静に!」

「大丈夫って言ったでしょ。・・・私、腕を斬り落とされたって、平気なんだから。」

「・・・!」

「サオリさん、まさか・・・」

「サオリ?」

 そういえば、リテには話したことがあったと思い出し、ルトにも話しておけばよかったと後悔した。話しておけば、こんな顔させることなかったのに。


 アルクとルトが固まっていると、リテはいち早く切り替えたようで動き出した。


「これを羽織ってください。」

「え?」

 リテに上着を掛けられた。別に寒くはないのだが、血を失って寒くなっていると思ったのだろうか?


「アルク、王女様には僕がサオリさんを治癒したと伝えてください。僕たちは先に戻ります。ルト、あなたは私たちと一緒に。」

「はい。」

「わかった。」

「ま、待って。何を。」

「サオリさん、話は後で。今はここを離れます。」

「わかりました。」

 リテに任せることにして、黙った。すると、リテは私をお姫様抱っこして、険しい顔でプティを睨んだ後、森を後にした。

 ちなみに、お姫様抱っこされたときは、かなり驚いてリテの腹を殴りそうになった。いきなりはやめて欲しい。



「サオリさん、本当に怪我は治っているのですね?」

「はい。もう痛くもかゆくもありません。」

「そうですか。・・・実は、僕にそこまでの治癒魔法は使えないのですよ。なので、数日くらい弱ったふりをしてもらっていいですか?アルクなら、次の日ピンピンしていてもおかしくありませんが、何の訓練も積んでいないサオリさんが同じでは怪しまれますので。」

「わかりました。あの、城に報告しないんですか?」

「・・・報告すれば、あなたはより危険な任務を与えられるでしょう。たとえば、あなたをおとりにして戦う戦法を強要されたり、魔王に単身で飛び込めと言われたり。」

「・・・うん。でも、知っているのを黙っていたら、みんなの立場が悪くなるんじゃないですか?」

「それがどうしたんです?だいたい、そんなことはばれなければいいことですよ。」

「・・・ありがとうございます。」

「当然のことです。サオリさん。」


「僕もアルクもルトも・・・あなたを守りたいと思っています。だから、あなたは守られていてください。決して、危険なことに手を出さないで。この任務が終わったら、4人で楽しく暮らしましょう。そのために、お願いします。」

「・・・わかりました。でも、もしも誰かが欠けそうっだと感じたなら、私は・・・」

 アルク、リテ、ルト。誰も傷ついて欲しくないし、死んでもらいたくない。もし、この3人の誰かに危機が訪れたなら、私は助けるだろう。

 でも、一番かわいいのは自分だ。命は賭けないだろうし、本気は出さないだろう。


「私は、きっと泣きわめきますので、リテさんたちは、自分自身も守ってくださいね。」

「そんなの、あたりまえですよ。ルトは、まだ弱いですが、強くなるまで僕とアルクでカバーします。だから、あなたが泣きわめくことは起こりません。」

「・・・ずいぶん自信があるんですね。私たちの討伐対象が誰か、忘れていませんか?」

「覚えていますよ。忘れるわけがありません。だからって、悲観したってしょうがないじゃないですか。最後まで、馬鹿みたいに希望を抱いて、英雄になる夢でも追いましょう。」

 そう言ったリテの顔を見て、私は気づいた。


 そうか、リテは魔王を倒せると思っていないのか。

 それは当たり前のことで、おそらく私以外の人が同じことを思っているのだろう。


 これでいいのか?


 魔王を倒せないと思っているということは、死ぬとわかって私についてきているという事。そんな彼らに希望を抱かせない。それは、主人として許されるのか?


 忘れがちだが、私はアルクとリテの主人だ。彼らは私の騎士。

 主人なら、尊敬されて、仕えていてよかったという利点を見せるべきではないのか?


 魔王を倒すことは不可能じゃない。私が強くなれば、可能なことだろう。なぜなら私は勇者だから。いくら神が身勝手だからといって、勝てない戦いをさせるほど鬼畜だとは思えない。だから、きっと勇者は魔王を倒せる。


 私は、魔王を人知れず倒すつもりだった。

 倒したのは、仲間か名前も知らぬ誰かにする予定で。でも、それだと仕えてくれている彼らに、何のお返しもできない。

 倒した名誉を与えたとしても、それで満足するだろうか?いや、私が満足できないんだ。


 彼らが、私に仕えていてよかった。そう思える主人に私はなりたいのだから。


「リテさん、私にできることはありませんか?私は、守られてばかりで、あなたたちに何もお返しができていない。」

「・・・私たちは離れません。だから、安心してください。」

 離れない。傍に居てくれる。それは、私の求めていることだ。そう、不安だった。このままではみんな離れていくのではないかと。それが怖い。

 だって、私は狂い始めている。いや、もう狂っているのかも知れない。


 そして、いまだに普通を演じられるのは、きっとそばにいて支えてくれる彼らのおかげだ。


 彼らがいなくなったら、私は・・・



 この世界に何が残る?

 そんなの、憎しみしかないだろう。そして、その憎しみは、私にささやく。


 復讐しろと。


 殺せと。



 でも、みんなが傍に居てくれるというのなら、私はまだ大丈夫。普通でいる努力をしよう。

 それにしても、何かないだろうか。みんなにお返しできること。




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