35 罠
扉をたたく音で目を覚ます。
目をこすって見れば、外は明るく起きてもいい時間だということがわかった。
「寝過ごした?」
ぼそりと呟けば、扉を叩いていた人物が声を掛ける。
「サオリ様、目を覚ましたのですね!ルトです、ここを開けてもらえませんか?」
「ルト・・・わかった。」
ベッドから降りながら、手櫛で髪を整えて扉を開けた。
そこには、確かにルトがいた。
「おはようございます、サオリ様。中で話してもいいですか?」
「うん、いいよ。えーと、私寝すぎた?」
「いいえ。」
ルトは首を振って、中に入ると扉をすぐに閉めた。
「どうしたの?」
どこか焦った様子の彼を不思議に思って訊ねれば、彼は眉間にしわを寄せて応えた。
「よくわからないのですが、何かが邪魔をしているような気がします。あ、時間がないので、今の状況を簡単に説明させていただきますね。」
「わかった。」
時間がないというのなら、まずは話を聞くだけ聞いておこう。私はベッドに腰を下ろして、聞く態勢をとった。
「まず、今この宿には、サオリ様、僕、マルトー、プティしかいません。そして、今からはサオリ様とプティだけになる予定です。」
「アルクとリテは?」
「魔物の討伐に行きました。緊急の依頼で、2人を指名したものだったのです。彼らが帰ってくるまで、僕たちはここで待っている予定でしたが、応援要請が来まして・・・僕とマルトーがこれから出向くことになりました。」
「・・・2人は無事なの?それに、ルトが、なんで・・・」
「落ち着いてください。」
にっこりと笑う顔は、いつもより大人びた表情だった。
「2人は無事です。おそらく、この応援要請は、何か別の目的があるように思えます。」
「別の目的?4人をそこに行かせたいってこと?」
「いいえ。おそらく、厄介払いかと。真の狙いは、プティではないでしょうか。」
「プティ?確かに、彼女は王女だし狙われている可能性はあるけど・・・」
国の問題など私にはわからないが、王女を攫ったり殺したりすることに価値がある人間はいるだろう。
「一応プティには話しましたが、笑われるばかりで相手にされませんでした。そればかりか、魔物と戦うのが怖いのかと煽られて。それはかまわないのですが・・・っ。」
「もしかして、ルトの代わりに私に行かせろとか言われたの?」
「・・・いいえ。それは言われていませんね。とりあえず、僕はあなたの名誉のためにも行きたいのです。許可してくださいますか?」
「私の名誉、ね。別にそんなの、どうでもいいけど。ルトが行きたいのなら止めないよ。こっちは大丈夫。」
「ありがとうございます。サオリ様、どうかプティに何かあっても、ご自身の安全を一番にお考え下さい。」
「それはまずいんじゃない?一国の王女よりも自分を優先して、彼女が死んだら・・・私が処刑されるよ?」
「させません。なので、どうか何が起こったとしても、あなたは生き残ってください。」
「・・・わかった。てか、そのつもりだしね。」
今勇者をやっているのは、自分の居場所を作りたいがためだ。そのために死ぬなんてことは考えられない。
ルトとマルトーを見送り、私は朝食をとっていた。
今日は宿から出るつもりはない。プティの争いに巻き込まれるのはごめんだし。
だけど、流石にルトは考えすぎだとは思っている。
プティをどうにかしたいとして、こんなまどろっこしいことをやるだろうか?私なら、プティが自然に一人になるときを狙って、プティを襲う。たとえば、昨日とか。プティは解散した後ずっと一人で行動していた。そのとき狙えばいい話だ。
私は、こっちよりあっちが心配だった。
魔王を倒すという重大な任務を遂行する私たちの足を止めてまで依頼された、魔物討伐。危険でないわけがない。大丈夫だろうか。
アルクとリテが強いのは知っているが、最初に2人だけで行ったというのが少し心配だ。怪我をしていなければいいけど、応援を呼んだということは・・・
覚悟しておくべきだろう。
その応援に行ったルトも心配だ。アルクとリテの指導で多少強くなったとしても、たかが知れている。怪我の心配だけでなく、自信も喪失しないか心配だ。
マルトーは、別に心配していない。大丈夫だろう。
「ちょっといいかしら、サオリ。」
魔物討伐に行った仲間のことを考えていると、今一番声を掛けて欲しくない人物に声を掛けられた。
「プティ・・・どうしたの?」
「邪魔者も消えたことですし、女同士で積もる話でもしようかと思いまして。いいでしょう?」
にっこり笑みを浮かべるが、どう見ても友好的な顔ではない。ここは断るのが最善だと思ったが、私の意見を聞くつもりはないのだろう、腕を引っ張られて無理やり立たせられた。そのままどこかへと連れていかれる。
「ちょっと、どこに行くの?」
「どこって・・・仲間が必死に戦っているというのに、こんなところでのんきにお話をするわけないでしょう?」
「・・・まさか、町の外へ?」
「ふふっ。さ、行きましょうか。あなたの根性たたき直して差し上げますわ。」
そうして、引きずられるように私は町の外へと連れていかれた。
「はっ!」
気合を入れて、魔物に剣を振り下ろした。これで、23匹目・・・
「後一匹だ!ルト、わかるか?」
「はい。あっちです!」
「なら、おらが行こう。せっかく応援に来たというのに、まだ一匹もやっていないからな。」
「では、お願いしましょう。私たちも後から行きます。ルト、マルトーを案内してください。」
「はい。」
いい返事をして、ルトはマルトーを連れて森の奥へと消えて行った。
「さすがに疲れましたね。」
「あぁ。倒すのは難しくないが、見つけるのが一苦労だったぜ。」
「ルトが来てくれたのには感謝ですね。ですが・・・」
「おかしいよな。」
「えぇ。」
早朝に魔物討伐を依頼されたこともだが、このあたりで出現する魔物ではなかったことにも疑問だった。
「インビジブルラビット。ラビット種の変異種・・・確かに姿が見えないのは脅威ですが、私たちに依頼するほどのことでしょうか?たとえ、このあたりに生息していない魔物だとしても、冒険者に任せればよいと思いませんか。」
「同感だ。何も俺たちだけでなくてもいいだろう。だいたい、気性の荒い魔物でもないし、緊急性を感じないよな。」
「・・・明らかに、変ですね。インビジブルラビットがいたことも変ですが、私たちに依頼するのも・・・早く戻りましょう。サオリさんが心配です。」
「だな。」
俺がうなずくと同時に、少し離れた場所から、ファイヤーボールが空に放たれた。俺はそれを見て、何かの合図だろうと思い、もしかしたら誰かが助けを求めているのかもしれないと思った。
「なんだか胸騒ぎがします。」
「・・・なら、行くか。」
俺たちは、頷き合って走り出した。
その場所へと近づくほど、戦闘の音が大きくなる。聞こえてくる音から、おそらく魔法使いが戦っているのだろう。呪文を唱える声まで聞こえて、自然と足を速めた。
聞き覚えのある声だ。
その声は、明らかに動揺していた。それが、早く行かなければと、焦らせる。
「プティ!」
木々の間から飛び出して、俺は声の主と魔物の間に入り込んだ。
「アルク!わ、私・・・サオリが・・・サオリがっ!」
「サオリ?」
冷や汗が流れた。サオリが何だっていうんだ。
「サオリさんっ!?」
リテの焦った声が聞こえて、俺は魔物が目の前にいるというのに、リテの声がした方へと目を向け、固まった。
「サオリ・・・?」
そこにいたのは、いつもと同じ真っ赤なコートを着たサオリ。でも、その赤は地面にも流れていて、サオリの目は固く閉ざされていた。