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25 ゼールとお茶



 今日はゼールとお茶をする日だ。

 最後に会ったのは一週間前。その間に、ルトの服を買ったり、アルクがルトを鍛えたり、リテがルトの勉強を見たりしていた。なかなかルトと2人きりになることがないので、私のことを話す機会はない。

 ま、話したところで魔物を倒しに行くことは出来ないし、いいと思っている。


 そして、ゼールの屋敷へお邪魔した私には、3人の護衛が付いていた。正直いらないと思う。2人ほど。


「ようこそ、我が屋敷へ。今日が来る日をずっと楽しみにしていました。」

 にこやかに笑うゼールだったが、護衛を見ると笑顔がひきつっていた。


「少々、多くないですか?」

「サオリ様は勇者位の貴族ですので。大切な御身なのです。」

 まじめな顔してアルクが堅苦しく言っているが、素を知っている私は笑いをこらえるのに必死だ。


「魔物の森に行くわけでもないのです。奴隷だけで事足りると思いますが・・・まぁ、いいでしょう。立ち話もなんです、どうぞこちらへ。」

 案内されたのは、中庭だった。城に比べれば小さいが、十分に広い中庭には、バラのアーチがあって、乙女心をくすぐられた。私にも乙女心はあるのだ。


 アーチの先には、日を遮る石造りの屋根があって、その下には椅子が2脚と机が一つある。絵画の中に入ったかのように、心が躍った。


「さて、ここからはサオリ様以外はご遠慮ください。」

 アーチをくぐる前に、にこやかにゼールは言ったが、その言葉に眉間にしわを寄せる2人がいた。もちろん、アルクとリテだ。

 だが、2人が何か言う前に、ルトが礼をした。


「それでは、こちらで待機していますね、サオリ様。」

「うん。アルクとリテも待っていてね。あ、それとも帰って、訓練でもする?」

「・・・いいえ。ここで見守っています。」

「ゼールさん、我々はここで見守っていますので、お忘れなく。」

「そう警戒しないでください。ただ、お茶をしながら話をするだけですよ?では、行きましょうか。」

 ゼールはにこやかにそう言って、私の腰に手をまわした。


「少々、距離が近いと、忠告させていただきます。」

「忠告の次は、実力行使となっています。お忘れなく。」

「過保護ですね。」

「すみません・・・」

 恥ずかしいので、いい加減にして欲しいと思ったが、言わなかった。その時間がもったいないと判断したのだ。

 私は、アーチをくぐり、石造りの屋根の下まで来た。すると、ゼールが椅子を引いてくれたので、私は礼を言って腰を掛けた。こういうのは慣れないな。


 一応、前の世界でテーブルマナーというものは一通り習ったが、知っているのとできるのはまた違う。何か行動するたびに、一テンポ遅れてしまう。早く慣れないと。


 ゼールも椅子に腰かけ、傍で控えていたメイドがお茶の用意を始めた。

 アーチの先を見れば、6つの瞳がこちらに目を向けている。難しい顔をしていた3人だが、目を向けたとたんにほほを緩ませていた。可愛いな。

 距離は、声を張り上げなければ、あちらに声は届かないほど離れている。読唇術などを使えなければ、こちらの会話を聞かれる心配はない。


「可愛がっていただけているようですね。」

「ルトですか。とても素直ないい子ですね。将来が楽しみです。」

「喜んでいただけて良かった。それで、あなたの役には立ちましたか?」

 奴隷が欲しいと思ったのは、目的があったからだ。でも、それは達成できずにいる。


「今は難しいですね。」

「そうだろうとは思いました。やはり、あの2人が邪魔ですか?」

「邪魔と言っては罰が当たりそうですが、あの2人のどちらかが必ず付いていますので、自由がありませんね。」

「なるほど。では、今からここでやってはどうですか?」

「ここで?」

「はい。何をなさるのかはわかりませんが、今ならあの2人も離れていることですし。ここでできないのでしたら、ルトと相談だけでもなさったらいかがですか?」

「そうですね。」

 私は自分の能力を魔物相手に使って、対魔物の戦闘訓練をしたい。だが、ここではそれは出来ないだろう。だが、他にもやりたいことがあったのだ。それをまず相談してみようか。


「ゼールさん。実は・・・ルトとは関係なく、別にやりたいことがあるのですが。」

「おや。それはどのようなことで?」

「私の能力についてはご存知ですよね。移動能力というものです。それの実験をしたいので、場所を貸していただけませんか。」

「あの2人には内緒で、ということですね?2人に見せても問題ないなら、私に相談などしないでしょうからね。」

「はい。あの2人というより、なるべく知る人が少ない方がいいのです。」

「わかりました。それで、具体的にはどういった実験をなさりたいのでしょうか?」

 具体的にか。クリュエル城では、思いついたことをポンポンやっていたので、何をやりたいとかは考えていなかった。だが、今回ははっきりと実験したいというものがいくつかある。


「物をどれくらいの量、距離運べるか。まずはそれですね。この町の中に2か所場所を用意していただければできます。あと、物も。」

「どちらも可能ですね。町の範囲なら移動できたのですか?」

「・・・おそらく大丈夫だと思います。実は、近くの森から城まで移動できたので。それだけ移動できれば、町中なら大丈夫かなと思ったのですが。」

「それなら十分です。それで、量はともかく、距離はどうしますか?もっと離れた場所を用意して実験するべきかと思いますが。」

「そうですね。それは、旅に出ている間にやってしまおうかと思っています。」

「それは・・・たとえば、この屋敷を提供した場合、旅の途中でサオリ様がこちらへいらっしゃるという事ですか?」

 行く分か真面目な顔になったゼールに、彼が商人だったことを思い出す。彼は、商人として頭を働かせているのだろう。


「はい。それで、もし実験が成功すれば、多少はゼールさんの役にも立てればと思っています。」

「・・・ふふっ。いつの間にか商人としての顔をしていたようですね。お気持ちは嬉しいですが、まずは実験の場を用意し、成功させるところからやりましょう。話はそれからです。」

 にこやかなゼールは、きっと気を使ってくれたのだろう。確かに成功しなかったときを考えると、さっきの提案は少し重いものだった。


「明日は空いていますか?」

「はい。特に予定は入っていないです。」

「なら、明日にまたお越し頂けますでしょうか?早い方がいいでしょう。もうすぐ旅が始まるでしょうから。」

「わかりました。助かります。」

 そうだ。もうすぐこの生活も終わる。

 旅が始まれば、どうなるかわからない。魔王を倒す旅に出るのだから。


「サオリさん・・・」

「え?」

 机の上でいつの間にか握りしめていた拳に、ゼールの手が覆いかぶさった。


「弱く、愚かな人類をお許しください。いいえ、許さなくてもいいのです。ただ、あなたが幸せに暮らせるのなら。」

「ゼールさん・・・」

 ゼールと目を合わせると、それは心から言っている言葉だとわかった。リテも同じようなことを言っていたな。

 すると、唐突にパッと手を離して、ゼールは苦笑いした。


「忠告はしました。次は、実力ですよ。」

「やめろよ、リテ。剣じゃなくて、こいつの薄ら暗いとこでもついてやろうぜ?その方がこういうやつは、嫌がる。」

「すみません、お止めしたのですが。」

 賑やかさに振り返れば、いつの間にか3人が私の後ろでそれぞれの表情を浮かべていた。困っているルト、可愛いな。




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