17 移動魔法のお披露目
首だけ移動させようか?
それとも、武器を奪って、剣で心臓を貫いてやろうか?
目の前の男に与える死をどういったものにするか。私は口元をゆがめながら考えた。すると、男とリテの間合いが大きく開き、リテが振り返る。男は先ほどからこちらに視線をよこしていたので、この場の視線を独り占めだ。
私はリテが完全にこちらを見る前に、表情を隠した。真顔の私とリテの視線が交わる。しかし、すぐにリテは男の方へと目を向けた。
どうやらうまくごまかせたようだ。本当は怖がっているそぶりを見せたかったが、そこまで私は器用ではない。
そう考えて気づいた。そう、私が殺してはダメなんだと。この男を殺してしまったら、私が戦う能力があることがリテに知られてしまう。それは、すぐに王へと伝わるだろう。
魔王討伐の旅なんて、ごめんだ。
「仕方ないよね。」
ここはリテに任せることにしよう。男を倒すと言っていたし。それにしても、倒すか。こんなやつ、殺してしまえばいいのに。
私を殺しに来た男。それだけで殺す理由がある。でも、私が直接手を出せない状況で、口を出すわけにはいかないだろう。黙って成り行きを見守ることにした。
男はちらちらとこちらを見て、リテも同じように私の方をたまに見ている。お互い戦闘に集中していないせいか、なかなか戦いは終わらない。
何度も響く金属音が、耳障りだ。
早く終わらないかな。
それとも、もう終わらせてしまおうか。
簡単な話だ。男を殺して、リテも殺してしまえばいい。そうすれば、戦いはすぐに終わるし、魔王討伐の旅になんて出されることもないだろう。
「なぁ、ヴェリテ。」
キンと一際高い音が鳴り、連続して響いていた金属音が止まった。
いやらしい笑みを浮かべた男が、こちらを見た。
「そこの女じゃないのか?」
「何がですか?」
リテは男から目を離さずに聞く。
この男は何を言うつもりだろうか?
私が眉をひそめて男を見れば、わからないのか?と言って、笑みを深くした。
「クリュエル城の惨劇のことだ。死神ピエロは、そこの素人勇者じゃないのかと、言っているんだぜ?」
「・・・!」
リテがわずかに動揺したのを見て、男は動き出した。すぐにリテも反応したが、追いつかない。
「隙ありだぜ!」
男の剣が、リテの腹を目指す。
ここは動揺したそぶりを見せた方がいいだろう。とりあえず、名前でも呼ぶか。
「リテさん!?」
一応名前を呼び、私はリテの背後に移動した。それから、リテの背中を引っ張る。
リテごと移動してもよかったが、手の内はなるべく見せたくないので、自分だけが移動できるというところまで見せることにした。
引っ張られて驚くリテ。私はリテと一緒にしりもちをつくことにした。別に立ったままでいられたが、弱いと思わせるには、精いっぱいの力でリテを引っ張り、地面に倒れこんだ方がいいと思ったからだ。
リテは、倒れこむと同時に、体を回転させて私に覆いかぶさった。
見れば男がこちらに剣を振り下ろすところだった。
こんなに早く対応できるとは思っていなかった。甘かったかな。
さて、どうしようか。
リテとこのまま移動してもいいが、リテの目が男に向いていない今は、絶好のチャンスだった。今なら男を偶然を装って殺せる。近くに落ちた剣を拾い上げて、男に突き刺せばいい。
いや、だめだろう。
偶然殺してしまったというのには、やはり無理がある。
移動するか。こんなことなら、リテを引っ張ることなんてせずに、そのまま移動しておけばよかった。そうしたら、お尻も汚れなかったのに。
男の後方へと移動した。
リテはいまだ状況がわからず、移動したことすら気づいていないようだ。目をつぶって、衝撃に備えている。
男が振り返って、立て直してしまえば、また同じ繰り返しになってしまう。私はリテに声を掛けた。
「リテさん、大丈夫です。」
「サオリさん?」
目を開けたリテに、私は困った顔をして言った。
「移動魔法が使えたようです。」
「そのようですね。」
リテはすばやく立ち上がって周囲をうかがい、男を睨みつけた。男の方もこちらを見つけたところで、いやらしい笑みを浮かべた。
「丸腰の騎士が、何を守れるのかねー。」
「・・・っ。」
リテの剣は、男のすぐそばにあった。これでは剣を手に取ることは無理だろう。
まずい。このままだと私が手出しするしかない。でないと男を逃がしてしまうし、リテも殺されてしまう。
これでは私の能力が次々と明かされていくことになる。そうなると、誰かが仕組んだのではないかと疑う。ここは、様子を見た方がいいだろうか?
その時、目を疑うような光景が目に入った。
木と木の間から、ものすごいスピードで何かが男に飛んできて、それが男の胸に突き刺さった。それは、剣だった。
「え・・・」
「かはっ・・・」
男は血を吐いて、地面に倒れこんだ。
リテは走り出して自分の剣を手に取ると、男に向けて構えた。男はただ横たわって、リテを睨みつけることしかできないようだった。
「サオリ、怪我はないか?」
剣が飛んできた方向から、アルクが飛び出してきた。アルクの服は赤いペンキをぶちまけたように汚れていて、かすかに血の匂いがした。そのせいか、彼は私に声を掛けてもそばには寄ってこない。
「う、うん。アルクは?」
「あぁ、大丈夫だ。」
服の血は、返り血なのだろう。先ほど対峙した魔物の血だろうか?
「助かりましたアルク。」
男の死を見届けたリテは、アルクに礼を言うと私に手を差し伸べた。
「立てますか?」
気づかなかったが、私はいまだに地べたに座り込んでいたようだ。流石に、剣が飛んできたときは衝撃的で、固まってしまったのだ。それから立つタイミングもなく、こうして手を差し伸べられるまで座り込んでいた。
「ありがとうございます。」
私は、リテの手をとった。