15 森へ
化粧室には3人の女性がいて、おしゃべりを楽しんでいたが、私が入るとこちらをちらりと見て固まった。気まずいな。
とりあえず進むが、その時、一人の女性が呟いた言葉に立ち止まった。
「死神・・・」
誰に向けた言葉なのか、一瞬わからなかった。でも、その目を見れば、私に対して言っていることだとわかる。彼女は私を見ていたから。恐怖に染まった瞳で。
「失礼しますわ。」
3人のうち、気の強そうな背の高い女性が2人の手を引き、そう言った。彼女たちは私の横を通り過ぎて、化粧室からいなくなった。
「・・・死神。」
いい意味でないことは明白だ。
「モルモットの次は死神か。」
腕を切断されたり、やけどを負わせられたりした、実験動物のような日々。それが終わりを告げたと思えば、今度は恐れる側から、恐れられる側になるという。
私に死神といった女性の目が頭から離れなかった。
その目が、顔が、別のものへと変わる。偉そうな男、騎士風の男、着飾った女。ころころと変わる顔は、同じように恐怖していた。
「死神」その言葉は、他の言葉に変わって、様々な声に変わる。
「何、これ。」
化け物だとか、死にたくないだとか、この女だとか、助けてだとか。いろんな顔がいろんな声で、様々なことを言う。ただ、どれも恐怖の色に染まっていた。
「知らない。私・・・こんな顔も声も言葉も、知らな・・・」
知らない。そう言おうとした私に突き付けられたのは、とある男の映像。音声。
王冠をかぶった、薄汚い男。クリュエルの王と呼ばれたその男が、恐怖に染まった顔で、意味のない叫び声をあげる。
あぁ、次は首が飛ぶな。
思ったとおりに、次の瞬間には王の首のない体が床に転がっていた。
重い。
手に重みを感じる。でも、手には何もない。でも、その手は血に汚れて・・・
「サオリ!」
肩を揺さぶられて、私の意識ははっきりとした。目の前にあるアルクの顔を見て、もう一度手に目をやるが、その手には何もないし血もついていない。
「大丈夫ですか、サオリさん。」
リテが腰に手をまわした。
いつの間にか止めていた息を吐く。
「だ・・・いじょうぶ。」
「それのどこが大丈夫なんだ!リテ、部屋に連れて帰ろう。体調が悪いって言えば何とかなるだろ?」
「・・・そうですね。」
私は、アルクに体を支えられながら、自分の部屋へと戻った。
「とりあえず、ここで横になってろ。」
自分の部屋に戻ると、ソファの前まで連れていかれ、横になった。
「もう大丈夫だよ。心配かけてごめん。」
「一体何があったんだよ・・・あの女たちに何か言われたのか?」
あの女たちと言われて、化粧室ですれ違った3人組のことを思い出した。
「あぁ、なんか、死神って言われたよ。」
「死神?・・・!」
「どうしたの?」
「お前のことを死神って、言ったのか?」
「・・・私を見て、そう言っていた。ま、仕方ないよねそう言われても。」
クリュエル城で多くの人が亡くなった。その中で生き残った私を、死神と呼ぶのもなんとなくわかる。私自体召喚された者として、よそ者扱いだ。
私が召喚されて間もない頃に起きた出来事なので、私が原因と思われても仕方がない。
「そんなことは言うな。」
アルクは私の頭に手を置いた。
「お前のせいじゃない。すべて、この世界の人間の責任だ。お前を召喚した、この世界の人間のな。だから、気にすんな。」
「・・・ありがとう。」
涙があふれそうになって、私は目をつぶった。
「紅茶を頼んでくる。」
アレスの手が頭から離れて、部屋から気配が消えた。
涙がほほを伝う。
私の頬を濡らしているのは、本当に涙?ふとよぎった疑問は、すぐに消えた。
あれから、一週間が過ぎた。
毎日移動魔法のことが頭から離れないが、それについて進展はない。
私が何の力も発揮しないことにしびれを切らした貴族が、ある提案をした。それは、王都近くにある森で、魔物の討伐をするというものだ。もちろん、私がするわけでなく、アルクたち騎士が魔物を倒し、それに付き添うというものだ。お荷物になる感じだ。
ぬるま湯につかっていては、真の力は発揮できない。命の危険とまでは行かないが、緊張感のある場所に行くことが突破口になるかもしれない。
そんな風に言われて、私はアルクとリテに反対されながらも、森に来た。
「あんな戯言、気にする必要はないのですよ?だいたい、あんなことを言って、あの豚は魔物一匹倒したことがないのですから。」
リテは、豚の部分だけ怒りを込めてそう言った。よほどあの貴族のことが頭にきているようだ。
「そうですね。あの体で剣が振るえるとは思えません。でも、言っていることは間違っていないと思います。私も本気で力を使えるようになりたいのなら、緊張感は必要だと思います。」
「それはそうですが・・・」
「ま、リテは移動魔法が使えるようになることに関しては、反対だからな。だが、俺も森にくるのは賛成しないぞ。もう来てしまったものは仕方がないが。」
「ごめん。その、荷物だよね・・・邪魔だよね。」
「そう言われると、なんとも言えないな。荷物だとかは思っていないが、心配なんだよ。だから、絶対俺とリテから離れるなよ?」
「もちろん!」
「ま、それだけ守ってくれるなら、俺はいいや。」
「アルク!」
「もう来ちまったもんは、仕方がねーだろ。」
「それはそうですが。」
何とか納得してくれたアルクと、いまだに納得していないリテの3人での森の散策が始まった。