14 王子
大きなシャンデリア。その下で談笑する人々と豪勢な食事。
唐突に開かれた舞踏会で、私はアルクとリテに挟まれて人々の様子を見ていた。
私は、ドレスを着る勇気はなく、デザイナーが私の要望に応えて作ってくれた服を着て参加していた。
黒の袖のない服に髪と同じ水色のスカート。その上から赤いコートを着ている。靴はニーハイブーツだ。
ただでさえ勇者だから目立つのに、さらに目立ってしまったことは誤算だ。
「大丈夫ですか、サオリさん。」
「はい。でも、こんなに見られていると緊張します。」
「大丈夫だ、俺たちが付いている。ま、注目されるのは仕方ねーよ。今日の主役といっても過言ではないしな。」
「主役・・・」
「そうですね。今日は勇者のお披露目が目的でしょうから。」
私、まだ何もできていないのにお披露目とかされるのか。嫌だな。せめて移動魔法が使えるようになってからにして欲しかった。
「とりあえず、何か飲むか?酒以外なら何でもいいぞ。」
「いや、いいよ。手が震えて・・・グラス落としたら嫌だし。」
顔を上げれば。いや、上げなくてもわかるような数々の視線が私に突き刺さる。動物園の動物にでもなった気分だ。見世物にされるって最悪。
目が合うのも嫌なので、敷いてある赤いカーペットを見つめる。すると、目の前に黒い靴が現れた。誰かがこちらに来たようだ。
「初めまして。」
声を掛けられて、顔をあげれば、そこには金髪青目の男性がいた。優しそうな顔は、綺麗な笑みを浮かべていた。
「私は、ウォーム王国第三王子ゼネル・ウォームといいます。どうか、ゼネルと気安く呼んでいただければ。」
王子・・・だと思った。
「は、はい。ゼネルさん。」
私の言葉に周囲がどよめき、私も気づいて顔を青ざめさせた。
私、王子をさん付けしたよ!そこは、様と付けるべきでしょ!
「す、すみません・・・あぁ、いえ、申し訳ございませんでした。ゼネル様。」
「構いませんよ。様なんて・・・距離が離れたようで寂しいです。どうか、先ほどのように。別に、呼び捨てでもよろしいですよ?」
「いえ、結構です!ゼネル様。」
様付けで呼べば、ゼネルは非常に悲しそうな顔をした。罪悪感がものすごい。
「勇者様、どうか気安くお願いします。私は、勇者様のことをお慕いしているので、堅苦しい関係になりたくないのです。」
「え、おしたい?」
お慕いって・・・は?
さらにざわめいた周囲。気が遠くなりそうになるのを必死にこらえ、私は立ち続けた。
「ゼネル王子、サオリ様が困っております。」
「それはわかっていますが、引く気はありませんよ。」
引いてくれ。心でそう叫ぶが、ゼネルはこちらに笑みを向けるだけで、動こうとしなかった。
「失礼します。サオリ様、化粧直しをいたしましょう。」
アルクがかしこまった様子でそう提案してきたので、私はこくこくと頷いてゼネルに断ってからその場を離れた。
「アルク、あれって失礼じゃなかった?」
「あぁ、失礼だな。サオリに向かって思いを告げるなんて、100年早い。王子だからって調子に乗っているな。」
王子の前を去ったことに対しての問いだったのだが、アルクは王子の態度についての問いだと思ったらしい。
「いや、それは王子だから・・・」
王子なんて、気に入った相手に求婚できるのではないかと私は思っていた。実際はそうではないが、国のトップの息子だから、自由気ままと思っていたのだ。
「王子がなんだ。サオリは勇者だぞ。」
「いや、勇者だけど、勇者ってそんなに偉いの?」
「世界を救うんだ。それくらい偉い。」
「ま、そうだね。」
私は救わないけど。戦うのは嫌だし、痛いのも嫌だから。
「だいたい、あんな人前で言うことじゃない。あんなのただの脅しだろ。」
「脅し。」
「王子の権力振りかざして・・・くそっ。」
人前で告白されて、それを振ることなんて、王子相手にできることではないだろう。確かに、脅しといえば脅しだな。
とりあえず化粧室の前まで来た私は、一応化粧直しをすることにした。ま、直すことなんて何もしてないけどね。
すると、ここまで黙ってついてきたリテが私を呼び留めた。
「サオリさん。王子のこと、どう思いましたか?」
「王子?・・・優しそうな人かな?」
「優しそう・・・そうですね。確かに。」
第一印象は優しそうだった。でも、王子だとわかれば、その肩書でもう一つ思うことがある。
「あと、面倒そうですね。」
「・・・そうですか。」
嫌そうな顔をして言えば、リテはなぜか嬉しそうな顔をした。アルクも同様の顔をするので首をかしげる。
「すみません、呼び止めてしまって。」
「いいえ。それはいいですけど。」
そう言葉を交わして、王子の言葉が蘇った。
堅苦しい関係。私とリテはどうだろう?
アルクとは、呼び捨て合っているし言葉も飾っていない。でも、リテは?
お互いさん付けの丁寧語。
「どうしましたか?」
「えーと・・・」
なんとなく、呼び捨てにはできない雰囲気がある。ま、呼び方なんてどうでもいいか。
「なんでもありません。」
そう言って、私は化粧室に入る。
逃げてるな、私。