13 リテの考え
夜。さおりに挨拶をして部屋を後にしたリテは、同じように隣を歩く同僚に腕を引っ張られて、そのまま彼の部屋に連れていかれた。
「ここならいいだろ、リテ。」
「なんですか、アルク?男の部屋に連れ込まれても、全く嬉しくないのですが?」
「俺もだよ。てか、はぐらかすな。言え。」
誤魔化そうとしたことを見ぬかれ、やれやれとため息をつく。
「クリュエル城の石像が、何だっていうんだ?それとも、中庭か?」
そう問われてしまえば、答えるしかないだろうと思い、リテは口を開いた。
「石像が中庭にあった・・・それを彼女が言ったことが問題なのですよ。」
「・・・石像が中庭にあるのは普通だろう。」
「そうですね。ですが、思い出してください。僕たちがクリュエル城に行ったとき、おかしなところがありましたよね?」
「おかしなところ?」
「玉座の間の扉・・・その前に何がありましたか?」
「・・・あ、石像・・・石像があったな。」
「そうです。」
なぜか屋内にあった石像は、かなり印象的だった。なぜあのようなところにあったのか。それがあの国の常識だということは、ないだろう。
「おそらく、あの石像は中庭にあったものでしょう。あそこの中庭の芝生に石像が置かれていたらしき跡がありました。」
「そんなの調べてたのか。」
「まぁ、僕は中庭で彼女が起きるのを待っていましたからね。中庭は一通り調べました。」
「暇だったんだな。」
「落ち着かなかったんですよ。ま、そういうことです。」
「何がだよ?」
「わかりませんか?」
若干あきれたように言われれば、アルクも頭を使う気になった。今までの話から何がわかるのか。何が問題なのか。
「なんで城の中に石像を入れたんだろうな?しかも、どうやって・・・」
「それも不思議ですが、そこではありませんよ。」
「え・・・うーん。」
もう一度考えるが思いつかない。だいたいこういうのは、最初に思いつかなかった時点で、他のことを思いつくことは難しいのだ。
「ヒント。」
「・・・最初に言いましたよ。」
「・・・あぁ。あの子が言ったことが問題とか・・・あっ。」
「やっと気づきましたか。」
「なんであの子、中庭に石像があること知ってたんだ?確か、俺たちが行ったとき石像なんて、中庭になかったよな?」
「はい。そうですよ。そして、あの日初めて中庭に行ったと言っていました。」
「だよな。」
中庭にあっただろう石像は、なぜか城の中にあった。さおりが中庭に初めて来たときには、もう中庭には石像はなかったのだ。なのに、さおりは中庭に石像があったことを話していた。
「誰かから・・・聞いたとか?」
「そうだと思いたいですが、彼女の様子から、自分の目で見た可能性は高いと思います。」
「だよな・・・でも、別に不思議なことじゃねーよな。あの子記憶がないわけだし。」
中庭の石像を見た後、記憶を失くした。そのときの記憶は覚えてないが、中庭に石像があるという情報は覚えていたのだろう。
「・・・」
「記憶が戻りかけているってことか。」
記憶を失くしたということは、それほど悲惨な光景を目の当たりにしたのだろう。あれだけの死体を見れば、どれだけひどい光景だったのかは想像がつく。
記憶が戻れば、苦しむだろう。アルクはそれが心配だった。
「話は変わりますが・・・あの玉座の間にいた男の呼称が決まりました。」
リテの言葉で、玉座の間にいた強そうな男のことをアルクは思い出した。
「そうか。ま、あいつ名乗ってなかったしな。で、どんな呼び名になったんだ?」
「死神ピエロです。」
「死神ピエロ・・・か。ピエロって感じはしないが、死神ってのはぴったりだな。」
クリュエル城の惨状を思い出し、顔をしかめるアルクを一瞥したリテは、話しを終わらせた。
「そうですね。・・・それでは、僕はこれで。」
「あぁ。また明日。」
「はい。」
部屋を出て扉を閉めると、大きなため息をつくリテ。
「気づきませんか・・・アルク。」
彼の頭の中では、さおりの姿・言動などが何度も再生されて、答えにたどり着く。だが、それを否定したくて、もう一度それを繰り返し、同じ答えにたどり着く。
血だらけのさおり。服は上着一枚しか着ておらず、それは男物だった。そして、絞れるほどの血を含んでいた。
最後の記憶は、クリュエルの兵士に襲われるところ。
これだけではない。違和感がいくつもある。
リテは首を振った。信じたくないという気持ちで、たどり着いた答えを振り落とす。
「気のせいです。」
自分に言い聞かせる。でも、それがどれだけ虚しいことか、彼は理解していた。
「死神ピエロ。」
それは、玉座の間にいた男の呼称。クリュエル城を襲い、多くの命を奪ったとされる男につけたれた呼称だ。でも、本当にあの男がやったのだろうか?
「外のやつか?俺がやったよ。頼まれたからな。それより、お前たちはこの城の人間ではないのか?」
死神ピエロの言葉が蘇る。
外のやつ。つまり、玉座の外の惨状のことを指したと思われる。実際、玉座の間以外は、死体に同じような傷があった。その数さえ見なければ、死神ピエロが一人でやったという言葉も納得ができる。
頼まれた。それは、誰に?
もし、彼が魔人で、魔王の配下だとするなら、頼まれたというだろうか?命令された、というだろう。
「サオリ。」
再び、答えが出てしまう。愚かな答えが。
それを否定するため、首を振った。
「魔王の配下ではなかった。友人等の関係だった。もしくは、頼んだのは魔王ではなく、人間。クリュエルに不信感を抱く他国の者。これが、答えでしょう。」
なら、玉座の間の惨状を引き起こした人物は?
「死神ピエロの仲間。」
それが自然な考えだと、頷いた。
決して、哀れにも冷遇されていた勇者が引き起こした復讐などと、そんな考えは異常だから考えてはいけない。忘れることだ。
リテは、さおりに対して、同情し幸せになって欲しいと願っている。だから、そのさおりの手が血に汚れているなんて考えたくなかった。
「考えてはいけない。」
もしも、さおりが復讐者だったとしたら?
「考えたくもない。」
リテは、真実を否定した。