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私と貴女と… 番外編  作者: 菜央実
第二章 私と貴女と…2
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第六話 春夏秋冬 ~桜&涼~

バックの中をもう一度見て、忘れ物がないことを確認すると外へ出た。空は綺麗に晴れていて、雨が好きだった高校時代とは逆に嬉しくなる。スマホで時間を確認すると待ち合わせ場所に向かった。

駐車場を見回すと、見覚えあるワンボックスカーが目についた。


「涼さん」


車内に向かって手を振ると、運転席のドアが開いて涼さんが出てきた。久しぶりに会えた嬉しさで胸がどきどきして、笑顔で待っていてくれる涼さんに飛びつきたいけど、ぐっと我慢して駆け寄った。


「おはよう、桜」

「おはよう、涼さん。

あれ、少し痩せた?疲れてない?」

「全然。車だったし、運転も楽だったよ」


牧場の仕事は力仕事も多いらしく、涼さんは「筋肉がついた」と笑っていた。少し日焼けしたその顔が以前と変わらない楽しそうな表情で、私は安堵する。


「それじゃ、行こうか?」

「うん」


今日は涼さんが土日に休みを取ったので、二人で出掛けるのだ。休みが合えば私が涼さんの家に遊びに行く方が多いのだが、今日は少し遠出をして観光牧場に行こうと決めた。先日綾乃さんの家でお泊まり会があったのだが、平日だったこともあり参加できずにがっかりしていたら、涼さんが誘ってくれたのだ。


「今日は休んで大丈夫だったの?」

「うん。いつも平日しか休んでないから、月に一度は休日にも休めって元々言われていたの」

「そうなんだ。私、牧場で働いたら土日は無いかと思ってた」

「私が休んでないだけだよ」


笑いながら運転する涼さんの横顔につい見とれる。ドライブは楽しいけれど久しぶりに会ったのだから、涼さんに触れたいと思ってしまう。だけど、運転中の涼さんの邪魔をする訳にはいかないと我慢した。運転席と助手席のわずかな距離さえももどかしい。そんな私の気持ちが届いたのか、信号待ちで車が止まりこちらを向いた涼さんが、おもむろに私の手を取った。直ぐに前を向いたが指を絡めたままで車を発進させる。


「…運転の邪魔にならない?」


どきどきする胸を隠しながらそっと訊ねると「うん」と一言だけ返された。前を向く涼さんの顔も少し赤いのを見て嬉しくなり絡めた指をしっかり繋いだ。


途中休憩を挟んでようやく着いたのは、大型の観光牧場だった。乳牛を中心に、山羊やポニー等の動物が飼育されていて、牧場で採れた牛乳の加工販売も行っている施設をネットで見つけて二人で楽しみにしていた場所だ。広大な敷地の入り口には大きな牛のアーチが歓迎するようにそびえていた。


「意外に遠かったね」

「運転お疲れ様。私も車の免許取ったら、代わりに運転するからね」

「ふふっ、気長に待っておくね」


笑いながらアーチをくぐり、なだらかな登り坂を歩く。途中で息切れする私に対して、涼さんはすたすたと歩き進める。坂の途中2メートル程差がついたところで、涼さんが振り向いた。


「桜、頑張れ」

「涼さんが歩くの早いんだよ」

「何言っているの。私より若いんでしょう」

「だって…」


息も絶え絶えながらようやく追い付くと、涼さんは私の後ろに回り、背中の腰近くを指でぐっと押した。


「きゃっ!?」

「こうすると上り坂が楽に歩けるみたいだけど、どう?」


後ろから聞こえる声の内容より、涼さんに触れられている事にどきどきして思わず早足になってしまう。そんな私の事に構わずにぐいぐい押す涼さんは「やっぱり違うんだね」と一人で納得していた。ようやく上りきると、直ぐ傍のベンチに倒れ込む。


「あれ、桜、顔赤いよ?」

「…」


不思議そうな表情の涼さんに恨み言を言いたかったが、呼吸を整えるのがやっとだった。

私の傍でそわそわしている涼さんは、どうやら早く中に入りたいらしい。「お待たせ」と声をかけて立ち上がると、嬉しそうに隣で歩き出す。

右側にはこの牧場で作られた加工品が土産物として売られている建物、左側には見学用の牛舎があった。


「涼さん、どこから見る?」

「勿論、牛舎からでしょう!」


二人でわくわくしながら消毒槽に足をつけて中に入ると、白黒の牛達がのんびりと餌を食べていた。


「うわぁ、乳牛ってお乳が大きいね」

「本当だね~。ねぇ、桜、あの牛の模様可愛くない?」

「あっ、ハートマークになっている子?」

「そうそう」


普段牛は見慣れているのだが、種類が違う乳牛を見るのが楽しくて興奮気味に二人で盛り上がる。牛だけでなく、牛舎の施設も全く違うため興味は尽きない。そのままゆっくり移動して仔牛のケージの前に行くと、つぶらな瞳がこちらを向いていた。


「…か、可愛すぎる」


隣で身悶えする涼さんが可笑しくて笑ったが、私もスマホのカメラを向けて写真を撮った。

牛以外にも、外の牧草や機械類を見ていくと、あっという間に正午を過ぎる。丁度売店があったので、そのまま昼食を取ることにした。売店の中からは、肉の焼ける匂いが流れてくる。


「目の前に牛がいるのに焼き肉って、ねぇ」


と涼さんは笑っていたが、美味しそうな匂いに負けて結局一口ステーキとハンバーガーを頼んだ。休日とあって売店の周りは観光客で賑わっており、少し離れた花壇の縁に二人並んで座った。


「お肉、美味しいね」

「うん、何だか綾乃を思い出すけどね」

「ふふふ、私も同じ事思ってた」


あっという間に食べ終えた涼さんはどうやら足りなかったらしく、追加しようか悩んでいる。


「涼さん、私のあげようか?」

「桜、もう食べないの?」

「うん、ハンバーガーで十分だった」

「それなら頂きます」


私から皿ごと受け取るとその上に置いてあったフォークを使って食べ始める。


(!!)


初めての間接キスに驚く私を気にする事なく、嬉しそうに食べている涼さんは特に何も思わなかったようだ。


(何度も直接的にしているから、気にしないのかな…)


大人な涼さんとの関係にあたふたする自分に、少しだけ悔しくなり、早く大人になりたいな、と、つい考えてしまう。


「桜?」

「えっ、何?」

「大丈夫?少しぼーっとしてたから…」

「!?」


心配そうに見る涼さんにおでこに手を当てられて、今度こそ息をのんだ。慌てる私をますます心配する涼さんにいたたまれなくなって「ごめん、ちょっとトイレに行ってくるね」と言うとその場から逃げ出した。



気分を落ち着かせて戻ろうとした先に、涼さんの目の前に女性が二人立っていて何やら話しかけているのが見えた。涼さんが困惑した表情を浮かべている事からどうやら知り合いではない様だ。


(もしかして、ナンパされてる!?)


やたら熱心に話しかける女性達を見て、何となくそんな事を思う。涼さんは男性に間違われる事が多いと笑うが、本当は某歌劇団の人の様に中性的な雰囲気があって、夏樹さんや綾乃さんとは違ったタイプの美人だ。話しかけている女性は私より年上でずっと綺麗な人だった。大人な彼女達と未成年の私ではどちらが隣で似合うかなんて一目瞭然で、心がもやもやして苦しい。


私に気がついたらしい涼さんが二人を振り切って、こちらに駆けてきた。嬉しい反面、自分の負の感情が表情に出ないように無理矢理気持ちを押し殺した。


「桜、大丈夫だった?」

「うん、ごめん」


私の事を心配してくれる涼さんに笑って返すと、涼さんは少し驚いた顔をして私を見た。


「気分悪いの?

車に戻ろうか?」

「えっ?大丈夫だよ」

「だって、辛そうな顔してるから。とりあえず、少し休もうか」


何も言えずに頷いた私の手を取ると、涼さんはゆっくり歩き出した。時折こちらを気にしながらいつもより少し遅いペースで歩いてくれる。駐車場に戻り、車の後ろのシートを全て倒して平らにするといつの間に準備がしてあったのか、ブランケットを取り出して広げてくれた。


「桜、少し横になりなよ」


涼さんの言葉に我慢の限界が来て、私はそのまま抱きついた。驚きながらもしっかり受け止めてくれた涼さんは、私が泣いているのを見て慌てて訊ねる。


「さ、桜!?大丈夫!?

お腹痛いの?病院行く?」

「違うの…」


泣きながらぎゅっと抱きつく私が、具合が悪いのではないと分かったらしく、涼さんは少し安心して背中を撫でてくれた。しばらくして落ち着いてから私は涼さんの身体に顔を埋めたまま、先程の件をぽつりぽつりと話した。


「もしかして、…焼きもち?」

「…ごめんなさい」


私の謝罪を聞いた後、涼さんは私をぎゅっと抱き返した。あまりの力に思わず私が呻くと、「あっ、ごめん」と腕を緩めてくれた。


「桜、可愛い!」

「…嘘だよ。私、全然可愛くないもん」


むくれる私の顔に手を添えて身体から離すと、涼さんはそのまま唇を重ねてきた。


「!?」


久しぶりの突然のキスに、それでも身体は反応して思わず目を閉じる。何度も繰り返してようやく離れた唇をぼんやりと見つめる頃には何も考えられなかった。


「好きだよ」


赤い顔でそれでも嬉しそうな涼さんは、私を見つめて笑った。その笑顔につられるように、私も笑う。先程の心のもやもやは、あっという間に消えてしまった。


「ねぇ、桜」

「何?」

「私は桜だから好きになったんだよ」

「うん…だけど…」

「だけど?」


口ごもる私を見つめる涼さんに勇気を貰って、先を続けた。


「離れているから、不安なの。

ずっと一緒に過ごせたら良いのにって、いつも思ってる…」

「…私もだよ」

「えっ!?」

「私も可愛い桜が誰かに取られないか、いつも心配してるよ」

「もう…」


笑った私を見て、少しもじもじしながら恥ずかしそうにしていた涼さんは、やがて私の手を取って真っ直ぐ見つめた。


「あのね、ずっと前から考えていたんだけどね。

もし、もし、桜が良かったら…

大学を卒業してから、一緒に暮らさない?」

「えっ!?」

「あのっ、桜の就職の範囲を狭めるつもりはないんだよ!

桜の将来は桜のものだから、私の一方的な気持ちを押し付ける様な事はしたくないの。ただ、私は…」


最後まで言い淀む涼さんに恐る恐る訊ねた。


「…それって、もしかして、…プロポーズ?」


「いや、その、あの…それは後々きちんと考えているんだけど…とりあえずと言うか…」


私の言葉に慌てふためく涼さんは、それでも最後に小さく頷いた。


「ありがとう、涼さん!」


笑顔で返事をしてそのまま抱きつくと、同じ様に抱き返してくれた。


私は涼さんと知り合って、この人の色々な事を知った。見た目によらずスポーツが苦手な事、動物も植物も好きな事、アウトドアが好きで遊園地が苦手な事、肝心なところでいつも弱気になる事、そして、私の事を誰よりも好きでいてくれる事…

涼さんを一つ知る度にまた好きになっていく。この気持ちが一秒でも長くずっと続いていけるように、私は彼女の手を取った。


「大好きだよ」


にこりと笑う涼さんは車のドアを開けると、私を外に連れ出した。


「まだ時間はゆっくりあるし、もう一度行こうか?」

「うん。お土産も買わなくちゃね」


二人で手を繋ぎ、私達は再び歩き出した。

これで「私と貴女と…2」番外編は終了です。

本編とは関係ない話も幾つかありましたが、この番外編は私が書きたかった話を好きな様に書く場所でもあるので、ご了承下さい(笑)


前作は「自分が書きたい」と思う話を完結に向けて書き進める事を目標にしていましたが、今作は「読者の皆さんに読んで貰う事」を目標に、読みやすく楽しめるように書いたつもりですが、いかがだったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


最後になりますが、本作品を読んで頂き、また応援して頂き、ありがとうございました!

菜央実

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