08 ダンジョン最深部で、わりとスローライフを満喫する
「ああ、たまには肉が食べたい」
僕がダンジョン最深部でパーティーを追放されてから、いったい何日が経ったのだろうか。
太陽の拝めないダンジョン内では時間感覚が鈍くなり、今が昼なのか夜なのか、今日が何月何日なのか全くわからない。
僕は料理人なので、ここに来ても爪や髭の手入れを欠かさないから、そうした身体的な変化で時間経過を感じることもないのだが、そこらの岩や土塊を相手に独り言を呟くくらい、かなりの日数が経ったの明らかだ。
「なあ、肉が食べたいと思わないか? 地底湖で釣った魚で作った魚肉ソーセージじゃないぞ、本物の肉が食べたいと思わないか?」
地底湖に釣り針を落とした僕は『ミスターサンデー』と、名付けた岩に話しかけた。
寡黙な彼に語りかけて無言だし、そもそも地面に突き出た岩が話すわけがない。
だから僕は『おう、俺も肉が食いたいぜ!』と、彼の代わりに返事をするのだ。
「でもMR.サンデー、僕のような料理人には肉を調達することが出来ないんだ。今日も魚のすり身で作った練り物と、畑で育てた野菜で作った『おでん』で勘弁してくれよ」
僕は釣った魚を入れた魚籠を引き上げると、キャロラインが塞いでしまった帰り道を見上げた。
他のパーティーがくるまで、ダンジョン最深部で救助を待っている僕なのだが、あの巨大な岩を退かせる戦士がいるのだろうか。
クラウスのパーティーで副リーダーだった女戦士は、見た目は渋谷や原宿で屯するコギャルのような容姿でも、巨石を軽々持ち上げる土属性の怪力娘だ。
キャロラインは僕が知る中で一番の怪力だったので、彼女の置いた岩を退かして、ここを訪れる者などいない気がする。
「まあモンスターも入ってこれないのは、不幸中の幸いなんだけどね」
とはいえ、小料理屋ミヤマをオープンした場所にモンスターがいないのは、そこを縄張りにしていたモンスターをクラウスたちが討伐したからだ。
ここより先を縄張りにしているモンスターが、店の周辺を縄張りにしていたモンスターが不在と勘づけば、けっして安全地帯と言えない。
「ただいま、今帰りました。
お帰りなさい、今日は何を仕入れてきたの?
畑でウドと、湖で鮭を仕入れてきた。
ウドは酢味噌あえ、鮭はすり身にして練り物にしましょう!
そうだな、今日は変な隠し味を入れるなよ。
そろそろ提灯に火をいれて開店準備しますね……ミヤマ先輩」
僕の一人芝居も、板についてきた感がある。
小料理屋ミヤマのエア女将がヨシダなのは、べつに彼女が好きだからではない。
おっちょこちょいのヨシダを思い出すと、いろいろ飽きないからだ。
けっして僕は、ヨシダが好きだったわけじゃない。
「さて賄いにしようか」
僕はモンスターの残骸で作った急拵えのテントの中で、外を眺めながら食事にした。
だしの効いた汁に浮かぶ大根と練り物は、訪ねてくるはずのない客のために昨日作った残り物、モンスターの骨から削り出したコップには、持参した米を発酵して作った日本酒を注いだ。
営業時間中に酒を飲むのは不謹慎だが、どうせ客など来ないのだから、これくらいは許してほしい。
いや、酒でも飲まなきゃやっていられないのだ。
「ヨシダ、また何か隠し味を入れたな? 今日のおでんは、しょっぱいぞ。ヨシダ、いい加減にしないと本当にクビだからな」
ヨシダはいない。
だから隠し味は、僕のこぼした涙だった。