07 僕が役立たずなのは、班長会の総意だったみたいです
勇者クラウスのパーティーは、戦士キャロライン、魔法使いマンチカン、そして先日のダンジョン調査には不参加だった剣士フィオーネの四人を主力メンバーとして、総勢十六名(四人✕四チーム)の大所帯である。
酒場の掲示板に貼り出されるクエストには、最低参加人数や最大参加人数が設定されており、リーダーであるクラウスがクエスト内容を吟味して、同行させるメンバーを選んでいた。
歴史的な建造物でもあるダンジョン調査については、遺跡の保存を考えて最大参加人数が四人までと決められており、彼はキャロライン、マンチカン、ミヤマを連れてダンジョン調査に向かったのである。
「なぜですかッ、戦闘スキルのないミヤマさんをダンジョンで放置するなんて何を考えているんです! 料理人の彼をダンジョン最深部で一人にすれば、三日と持たないで死にますよ」
ダンジョン近くの街で待機していた剣士フィオーネは、酒場でクエスト報酬を受け取っている、料理人ミヤマをダンジョン最深部でパーティーを追放したクラウスたちに詰め寄った。
「ミヤマの奴は、残念ながら魔王のスパイだったのだ」
「マンチカンさんは、ミヤマさんと仲が良かったじゃありませんか。彼が一度だって、私たちを裏切る素振りがありましたか。彼は生産系の職業にも拘らず、戦場に同行して献身的に働いてくれていました」
「それは……いや、だからこそ彼はスパイではないのか?」
フィオーネの気迫に押し負けたマンチカンが、横にいるクラウスとキャロラインに助けを求める。
勇者が顎をしゃくると、肩をすくめた副リーダーの女戦士が前に出た。
「フィオーネもさ、参加人数が決まっているクエストに料理人を加えるの反対していたよね。あんたも戦闘に参加しないミヤマにさ、クエスト報酬を持っていかれるのが嫌だったわけでしょう?」
「私は、ミヤマさんにクエスト報酬を出し惜しみしてないわ。彼の作る野戦食には、それだけの価値があると思っていました。ただ参加人数が決まっているクエストでは、積極的に彼を起用しなかっただけです」
「物は言いようだけどさ、フィオーネだってミヤマを戦力外だと認めてんじゃん」
「それは……戦力にはなりませんが、ミヤマさんの作る料理は明日への活力、彼のおかげで長旅の食事に不自由したことがなかったわ。パーティーメンバーとしての貢献度は、けっして低くないと思います」
「じゃあさ、なんでミヤマのこと避けてたの? 彼にはフィオーネに嫌われてんじゃないかと、何度か相談されたことがあるんだけどさ」
「私はミヤマさんを避けてなどおりません……」
フィオーネが頬を上気させて俯くと、クラウスが『なるほど、彼に惚れていたのか』と、顎に指を当てて下卑た顔で笑った。
「男女関係の痴情のもつれ、情にほだされて魔王討伐の目的を見失う。これだから俺は、パーティー内の恋愛を禁止しているんだぜ」
「ク、クラウスさんっ、べつに私はミヤマさんに惚れてなどおりません!」
「ではフィオーネに聞こうではないか。魔王軍との戦いが佳境を迎えたとき、君のパーティーメンバーに料理人のミヤマくんを加えて戦えるのかい?」
「うっ……それは」
「ミヤマくんが役立たずなのは、班長会の総意だと言うことだ。それに彼は四つの属性を使える転生者にも拘らず、なぜ勇者でも魔王軍でもなく料理人に甘んじていた?」
クラウスは、フィオーネを睨みつけた。
「ミヤマくんは、じつは魔王軍のギルメンで俺たちの情報をスパイするために、わざと生産系の職業を演じている悪魔かもしれない」
「ミヤマさんが悪魔?」
「その可能性がある以上、あの場でパーティーを追放するのは賢明な判断だと思う。ミヤマくんが単なる料理人ならば、魔王の手先になる前に始末できるし、もしも彼が魔王軍のスパイならば、料理人から転職できないダンジョン最深部で朽ち果てる。どっちに転んでも、邪神クリスが異世界から召喚した転生者は危険人物に違いないんだ」
「邪神クリスが召喚した転生者? 転生者は魔王が召喚したのではないのですか?」
人差し指を顔の前で立てたクラウスは、事情の飲み込めないフィオーネを諭すように声をひそめた。
「ああ、世界の滅亡を企む魔王は、邪神クリスが異世界から召喚した最初の転生者だ。俺は冒険を通じて、邪神クリスを崇める邪神教団『バベル』の存在を確信した。転生者の目的は旧世界の破壊と再構築で、異世界からきたミヤマくんもバベルの使徒だ」
目を見開いたクラウスは、酒場に集まったパーティーメンバーを見渡して拳を掲げた。
「俺はッ、この世界を破壊する魔王や悪魔を許さない! ここに集ったメンバーはッ、俺とともに世界の崩壊から人々を守るんだ!」
「勇者クラウスッ、俺はリーダーについていくぜ!」
「俺もだ!」
クラウスが鼓舞すると、盃を掲げたパーティーメンバーが酒場で雄叫びをあげた。
フィオーネは酒を酌み交わす彼らを尻目に、一人でカウンター席に移動する。
彼女には、お人好しの料理人ミヤマが邪神クリスの使徒であり、世界を滅ぼそうと企む魔王軍の一員だと信じられなかった。
「ミヤマさんが悪魔なんて、絶対に信じないわ。それにクラウスさんは、私たちに何か隠している気がする」
フィオーネは、パーティーメンバーに囲まれて笑顔で酒を振舞うクラウスが、何か重大な秘密を抱えていると疑った。