06 ダンジョン最深部で、ひっそり開店する小料理屋ミヤマ
勇者クラウスが長旅のお供に僕みたいな料理人をスカウトしたのは、食料の現地調達に期待したとのことだったが、今にして思えば、腹を満たすだけなら倒したモンスターに塩でかけて焼けば良いし、味にこだわらなければ、戦闘食を持ち歩けば済む話だった。
「クラウスは、最初から僕をダンジョン最深部で放置するつもりじゃなかったのかな?」
僕は焚き火にあたりながら、そんなことを考えていた。
魔王討伐を掲げるクラウスのパーティーに同行したのは、商業都市イズフォークの酒場『やすらぎ食堂』を訪れた彼らに提供した和食が見初められて、専属の料理人としてスカウトされたからだ。
僕としては、この世界の食材を調理できる酒場の仕事に満足しており、勇者パーティーの一員として旅に出るつもりもなければ、生産系の職業を見下している戦闘系の職業に就いている彼らの専属料理人になることに、なんとなく屈辱を感じていた。
しかし彼らの提示した条件は、戦闘に参加せず、食材となるモンスター討伐や植物採取など食材の確保もしなくて良いとのこと。
ただ同行して料理を作るだけで、ダンジョン調査やモンスター討伐のクエスト報酬は、他のメンバーと応分に支払うというものだった。
「美味い話には、裏があったわけだが」
自分の店を持ちたかった僕は、クラウスの出した条件を酒場の料理長ガゼイや店長ナブラに相談したところ、二人とも快く送り出してくれたし、仲の良かったキララは『夢を叶えるチャンス』だと背中を押してくれた。
しかし勇者パーティーに同行した直後、戦闘に参加せず、食材集めにも貢献しない僕は、パーティーメンバーから想像を絶するバッシングを受ける。
彼らは僕を『お荷物』と呼び、精魂込めて作った料理を『エサ』と侮辱したのだ。
よく考えて欲しいのだが、出刃包丁を脇差しにした和装料理人の僕が、戦力にならないことは、スカウトしたときからわかりきったことで、パーティーメンバーにお荷物扱いされる所以はないし、四つの属性を駆使して作った料理がエサ扱いされる所以もない。
僕は戦闘で疲れたメンバーの憂さ晴らし、体の良いサンドバッグに雇われたのである。
「それでも僕は、手を抜かずに旨い料理を作ったさ。クエスト報酬を貯めて、いつか小料理屋を開店するためにね。このダンジョン最深部の調査クエストさえクリアすれば、小さな店を出すくらいの資金は溜まったんだ……それなのにクラウスは、金払いを惜しんで僕を最深部で追放したんだ」
四つの属性が使えるから悪魔?
クラウスは、僕が四つの属性が使える転生者だと以前から知っていたはずなのに、こんなところでパーティーを追放したのだから、クエスト報酬を出し惜しみして追放したのが明らかだ。
それに女戦士のキャロラインだって、僕がクエスト報酬を受取る度に『楽に稼いで羨ましい』と、嫌味を言っていたのだから、僕を追放したくて堪らなかったはずだ。
「マンチカンだけは僕を裏切らないと思ったんだけど……あいつ魔法使いのくせに知性の値が低くて脳筋だから、クラウスの口車に乗せられたんだろうな」
マンチカンは性格が悪い奴ではなかったが、頭は悪い奴だった。
嫌いではなかったし、クラウスやキャロラインに同調するパーティーメンバーを諌めるくらいには、僕のことを認めてくれていた。
だから彼に『魔王に召喚された悪魔なんだろう?』と、疑われたことが一番ショックだったかもしれない。
「いつまで嘆いていても、何の解決にもならないか」
僕は今、この世界で前人未到と呼ばれるダンジョン最深部に取り残された。
まずは、ここに野営地を築いて他のパーティーがやってくるまで生き延びる。
幸いなことに僕のスキルを駆使すれば、食料の調達に困ることがなかったので、モンスターから身を守れば、いつかダンジョンを脱出する希望はあるのだ。
僕は先日、クラウスたちが倒した大型モンスターの大きな骨を使って、ドーム型のテントを設営すると、手頃な岩に木炭で『小料理屋ミヤマ』と書き記して救援を待つことにした。
「こんなダンジョン最深部に開店したところで、お客さんは誰も来ないけど……ここは小料理屋ミヤマ、異世界で開店した僕の店だ」
異世界のダンジョン最深部、小料理屋ミヤマがひっそりと開店した。