05 おちこんだりもしたけれど、僕はげんきです。
多民族どころかエルフやハーフリングなど他種族がいる異世界では、それぞれが話す言語を、それぞれの言語に魔法で翻訳して意志疎通をはかっている。
ここに来た当初は会話が理解できるのに、なぜ文字が読めないのか疑問だったが、視覚情報は書かれた原文を見ていたので、読めなくて当然だった。
それでも転生して半年、商業都市イズフォークの繁華街にある酒場の厨房で働いていれば、公用語で書かれた看板や標識の文字くらい理解できるようになった。
「ミヤマ、仕込みの人手が足りないから裏に回ってくれ」
「わかりました、ガゼイ料理長!」
ガゼイ料理長は、僕と同じ人間で火属性の料理人だ。
料理人には料理長のように火属性で生まれた者が多く、農家には土属性、漁師には水属性など、それぞれの生まれついた属性に見合う職業に就く者が大半だった。
しかし土属性の料理人がいないかと問われれば、生命に活力を与える属性効果を活かして働く料理人がいないわけではない。
「ミヤマはぁん、仕込みが終わったら皿洗いもよろしゅねぇ。ディナータイムまでに、グラスが足りなくなりそうなんよ」
「はい、ナブラさん!」
裏庭に出ていこうとする僕に話しかけたナブラは、酒場のホールスタッフを仕切る店長のエルフで、細身の長身で日焼けした褐色の肌が美しい女性だ。
僕が店長に初めて会ったとき、褐色の肌を見て『ダークエルフなんですか?』と口を滑らせたが、この世界にダークエルフなど存在せず、ダークエルフは腹黒いエルフを侮蔑する言葉だと教えてもらった。
この一件で僕は、常識知らずの田舎者だと思われたらしい。
大都会東京は銀座数寄屋橋から徒歩1分、高級料亭『和亭』で働いていた僕だが、この世界では田舎者扱いされている。
余談ではあるが、ナブラのイントネーションが京都弁なのは、京都府民に『田舎からお越しやす』と言われたときのような第一印象が、僕の魔法翻訳に影響を及ぼしているらしい。
「あ、お兄ちゃん、ジャガイモの皮剥き手伝ってくれるの?」
「うん、料理長に頼まれたからね」
「わぁい、キララ助かるぅ」
僕は裏庭のベンチに座って仕込みをしていた、ハーフリングのキララの横に腰を下ろした。
幼女のような見た目のキララだが、同い年なので『お兄ちゃん』とは呼んでいないはずだ。
これも僕の彼女の容姿に対する印象が、魔法翻訳に影響を及ぼした結果なのだろう。
「さて魔法を使って、さっさと仕込みを終わらそうか」
「うん!」
僕はベンチの前に置かれた野菜に土属性の『フレッシュネス』と、スペルを唱えて鮮度を上げてから、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎなど種類別に風属性の『ピーラー』で皮を剥いた。
もちろんジャガイモ、ニンジン、玉ねぎは、この世界の野菜なので、自分の認識にある似たよう野菜の名前に置き換えているだけだ。
ご都合主義な気もするが、多民族と他種族が共存する異世界では、言語変換の魔法が発展するのも必然だったのだろう。
「ねぇねぇ、なんでお兄ちゃんは、四つの属性を使えるのに勇者を目指さないの?」
キララは仕込み終わった野菜の入った籠を持ち上げると、野菜くずを拾っている僕に問いかけた。
この世界に『勇者』という職業はないのだが、四つの属性を持って剣士や魔法使いなどの戦闘系のスペルを習得した上で、『魔法剣士』という複合型の職業に就いた者が『勇者』と呼ばれる。
通常は属性により覚えられるスペルが異なるが、四つの属性に加護がある彼らは努力次第で、この世界に存在する全ての魔法を使いこなせる。
まさに『勇者』と呼ぶに相応しい戦士であり、魔王軍と呼ばれるギルメンの悪魔と戦っている。
魔王軍のギルメン……つまり悪魔は僕と同じ転生者である。
「僕は、人と争うのが苦手でね」
「勇者になれば、いっぱいお金も稼げるし、世界中を旅することも出来るのよ? 私みたいな凡人は、壁に囲まれた街から出ることも出来ないのに……もったいないよぉ」
「僕はね、この街で小料理屋を営むのが夢なんだ」
「料理人には、いつでも転職できるんだし、まずは冒険して開店資金を集めたって良いじゃない?」
「モンスターと戦うのが怖いんだ」
僕は鼻頭を掻いて誤魔化すと、キララは『お兄ちゃん、優しいもんね』と言った。
そんな僕が働く酒場『やすらぎ食堂』に、勇者クラウスがパーティーメンバーを引き連れて訪れた。
クラウスは厨房で皿洗いしていた僕を呼び出すと、僕を指名して『シェフのおまかせコース』を注文する。
彼は、僕が作る異国料理『和食』の評判を聞きつけてきたようだ。