04 異世界でも役人はお役所仕事だった
クリスが僕との間に開いた『アストラルゲート』とは、ここと異世界を繋ぐ魔方陣らしく、円形に描かれたゲートの中心に立てば、地上の人目のない所で僕の新しい肉体が再生される。
「ミヤマさんの身体は商業都市の近くに降ろしますので、そこから見える一番近い街に向かってください。多民族が貿易している街なので怪しまれないと思いますが、服装と当座をしのぐ資金は現地の物を用意しておきます」
「できれば愛着や思い入れがあるので、和亭で支給された白衣のままが良いのですが、和風の服装は異世界で目立ちますよね」
「あなたは、私がプレゼントする防具を一つも持参しないので、手荷物に余裕があるわ。その白衣とエプロンは魔法耐性のある防具として、包丁と一緒に持っていかれると良いでしょう」
「クリスさん、何から何まで有難うございます」
「いいえ、私の願いを叶えるためなので気にしないでください」
クリスの願いは、まったく叶えるつもりがありません。
「そうでしたわ、伝え忘れるところでした!」
「うん?」
クリスは手を打って、アストラルゲートの中心に立った僕を呼び止めた。
「こらから行く世界には、ギルドと呼ばれる同業者の自治会があります。あなたと同じ転生者が集まったギルドがあるので、一人でリセットが難しいときは訪ねると良いわ」
「転生者のギルド?」
「そう、名前は確か『魔王軍』です」
魔王軍?
クリスに聞き返そうとした瞬間、僕の身体は足元から毛糸玉がほつれるように輝く魔方陣に吸い込まれた。
同時に消えた脚が踏みしめる地面の感触が、無機質で硬い床から柔らかな土に変わる。
僕の身体は、まるで古いファクシミリで転送されているようだ。
「ミヤマさん、神様に逆らって死んだときは地獄行きです。お忘れなく」
そこが天国とは思わなかったし、世界をリセットしたいクリスを神様とも思わなかった。
ただ僕が白い空間で最後に目にした光景は、脚を組んで片眉を上げた自称神様の嘲笑だった。
※ ※ ※
耳を澄ませば小鳥のさえずり、見上げれば青い空に白い雲、辺りを見渡しても地球との差異がない。
ここが箱根や信州の奥処だと言われたら、信じてしまいそうなくらい異世界感がなくて拍子抜けする。
「ここは本当に異世界なのか?」
僕の後ろには鬱蒼とした森、目の前には小高い丘と草原が広がり、視線を落とせば唐草模様の風呂敷包みが置かれている。
包みを解いて中を確認すれば、一人前の板前を志した和亭の白衣と前掛けが畳まれており、その上には刀ホルダーに収まった出刃包丁があった。
僕の服装は、この世界の標準的な服装なのだろうが、ファンタジー映画やアニメのコスプレのようで気恥ずかしい。
「さて、ここから見える一番近い街と言っても、森と草原しか見えないじゃないか」
独りごちた僕が小高い丘を登ると、眼下に高い石壁で囲われた巨大な街が現れた。
街の中心には城のような高い建物があり、高い石壁は城を守るように作られているようだ。
壁の外側にも小さな集落が点在しているものの、あれは田畑を耕す農家の集落なので、クリスの言っていた一番近い街は、やぱっり壁の向こう側を指すのだろう。
僕は多民族の貿易拠点となっている商業都市を目指して、ワクワクしながら草原を走った。
※ ※ ※
街に到着した僕は、この世界の神クリスにもらった履歴書を持ってハローワークに行くと、受付で対応してくれた職員に『厨房の仕事を探している』と申し出た。
ハロワは街を出入する門の脇にあり、そこに立っていた門番に聞けば場所は簡単にわかったものの、やたら大きな建物に入ってからが迷宮だった。
職業を申請する各種窓口が①から⑳まで横一列に並んでおり、受付の職員には①窓口の長い行列の最後尾に並ぶように言われた。
「求人の窓口は、⑬になります」
「え?」
「ミヤマさんは、仕事を探しているんですよね」
「はい」
「①から③の窓口は、転職申請の専門窓口なのです。求人は、⑬の窓口で申請してください」
「あ、はい……⑬ですね」
長い行列に並んで一時間ほど待った末、僕の並んだ①の窓口では人材募集を行っていないとのこと。
僕は、その一言を聞くために一時間も並んだのか。
「ミヤマさんの商業欄は白紙なので、厨房の仕事は紹介できませんわ。仕事を探すなら先に①から③の窓口で、料理人に転職してからにしてください」
「①の窓口から、ここに行くように言われたんだけど」
「ここは求人の窓口なので、職業欄が白紙の方に紹介する仕事はありませんわ」
さらに一時間ほど並んだのに、まず自分の職業を選んでから仕事を探せと言われた。
つまり自分の職業を選んでから、その職業に見合う仕事先を探すと言うことだ。
結局は受付で紹介された①の窓口で良かったわけだが、僕の説明が悪いのだろうか。
「だからさ、ここは転職専門の窓口なんですよ」
「だって⑬の窓口で、先に①から③の窓口で料理人に転職しろと言われたんですよ?」
「ミヤマさんだっけ? その歳まで、どうして職業欄が無職だったの? 普通は学校を卒業したら、何かしらの職業に就いているよね? なんで無職なの?」
「……で、無職の僕は、どこの窓口で職業を選べますか?」
「⑳の窓口で、就業講習会の予約をしてください。講習が終われば、自分の職業と覚えたスキルが表示できる証明書がもらえるので、それを持って⑬の窓口で――」
僕は『わかりました』と、窓口の机を叩きつける。
僕だって、何度もたらい回しにされたら腹が立つ。
しかし窓口の役人に文句を言ったところで、話が前に進まない。
「僕は、⑳の窓口に行けば良いのですね」
「本日の講習会は終了しましたので、また明日お願いします」
キレそう。