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和食料理人ミヤマは、異世界のダンジョンに放置されてもへっちゃら  作者: カーネルキック
ダンジョン氷の牢獄編
3/65

03 邪神クリスの狂ったお願い

 僕は異世界の神クリスに言われるがまま、向かい合わせの椅子に腰かけると、彼女は膝に置いた分厚い本を開いた。


「私は、あなたの世界を作った神に許諾を得て、そちらで亡くなった清らかな魂を、私の作っている世界に分けてもらっています」

「なぜですか?」

「今はまだ、詳しい事情を明かせません。ただ一つだけ言えるのは、あなたが獲得した人格を生命の混沌(カオス)に戻すくらいなら、私のために役立てたいと考えています」

「自分のために役立てる?」


 死んだ命を助ける変わりに、自分の言うことを聞けと言うことか。

 なんだか横暴な話だが、神様なんてそんなものか。


「私の世界の人間は利己的で、他人(わたし)のために命を賭すような者がいないわ。神様(わたし)の願いなんて、ガン無視なのよ」


 椅子の肘掛けに腕を置いたクリスは、愁いの表情を浮かべてため息を吐いた。

 彼女は、危険を顧みず火災現場から人々を助け出した消防士、強盗に立ち向かって命を落とした警察官など、英雄的行為で死んだ魂を引き取り、自分の理想とする世界のために貢献させているらしい。

 ヨシダの賄いを食べて死んだ僕の魂が、彼らのような崇高な魂に匹敵するとは思えないが。

 つまり使えそうな魂を地球からスカウトして、自分の作っている世界の一員に組み入れて、より良き世界にしたいと言うことだろう。

 僕はこのとき、そのように理解した。


「クリスさんは、僕なら神様(あなた)の願いを聞き届ける……お人好しだと思ったんですね?」

「そうです、そうです」


 なんだかヨシダ2号は、箱庭ゲーム(ストラテジー)のプレイヤーみたいだ。

 彼女はコホンっと咳払いすると、姿勢を正して視線を交わした。


「あなたは生命の混沌に戻り、獲得した人格を消滅するのか? それとも私の作った世界に転移して、獲得した人格を維持したまま第二の人生を歩むのか? 今ここで決めることが出来ます」


 クリスは、状況が飲み込めていない僕に二者択一を迫っている。

 このまま死ぬのか、それとも別の世界で生きるのか。

 誰だって後者を選ぶに決まっているのだが、意思確認するくらいだから、後者を選べば死と同等の何かを背負わされる気がする。

 彼女の作った異世界が、じつは地獄のような世界であり、あのとき素直に死んでおけば良かったなんて、そんな後悔をするくらいなら、このまま死んだ方が気楽かもしれない。


「神様に質問があります」

「何でしょうか?」

「住み慣れた元の世界で、生き返る選択肢はありませんか。新天地で第二の人生を過ごすより、元の世界に戻してもらった方が有難いのですが……」

「出来ません」


 ぴしゃりと言い切った。

 

「このまま死ぬより、そちらの世界で第二の人生を過ごした方が良いと思うのですが、ちゃんと事情を聞かせてもらわなければ、やっぱり承諾できませんよ」

「もちろん、交渉が成立したら教えます」


 だんだん悪徳セールスマンに見えてきた。

 まずは契約書に判子を押せ、話はそれからだと言わんばかりの強引さである。

 しかし元の世界に戻れない僕には、クリスの提案を受け入れて異世界に転生するしか、地上で生き返ることが出来ない。

 クリスと押し問答しても、時間の無駄のようか気がしてきた。


「転生を承諾します」

「取消せないわよ? 神様との契約には、クーリングオフとかないんだからね?」

「わかりましたから、クリスさんが僕の魂を転生させる理由を教えてくださいよ」

「では交渉成立ね」


 クリスは満足そうに指を鳴らすと、何やら書かれた紙を空間から取り出して、それを僕に投げて寄越した。

 契約書なのだろうか。

 とはいえ読めない文字で書かれた契約書では、契約内容を検証できないので意味がない。

 この紙は、いったい何なんだろう。


「私の作った世界は、あたなの世界の中世時代のヨーロッパに酷似しているわ。文明レベルを次の段階に引き上げて世界を安定させるには、人口を増やさなければならないのだけれど、領主の治める小国が乱立しており、そこかしこで領土をめぐる争いが起きています」

「和食料理人の僕では、お役に立てそうもありませんね」

「政治の問題は、あなたに期待してないわ」

「童貞の僕では、子作りでもお役にたてませんよ?」

「そっちも、あなたに期待してないわ」


 クリスが鼻で笑った。

 僕は穏健な性格なのだが、本気で殴ろうかと思った。


「じゃあ、僕にどうしろと?」

「私は、あなたの世界の神様と違って気が短いのよ。人間が火を手にするまで何万年も待てなかったし、戦争は発明の母って言うじゃない? だから手っ取り早く文明レベルを上げるために、好戦的な人間を育てて、


 魔法


 なんて便利な知恵を授けてあげたわ。そのおかげで、あなたの世界より急速に文明が発展したんだけど、獣が(いびつ)な進化でモンスターになっちゃたり、人間でも魔法が使えたり使えなかったりする。そろそろ世界には安定してほしいのだけれど、いろいろとアンバランスで収集がつかない状況なのよ。成長の止まった世界を見ているのは、退屈で死にたくなる」


 クリスは文明の頭打ちに苛ついているらしく、髪の毛をかきむしりながら地団駄を踏んでいる。


「だからね、世界を滅ぼ……リセットしたいから私を助けてちょうだい」

「想像以上に身勝手な理由だった!」


 ゲームが思い通りに進まないからリセットボタンを押して、ゼロからやり直したい。

 そんな理由で、僕は異世界に転生させられる。


「自分で作った世界を滅ぼ……リセットするのは、さすがに私も身勝手だと思うわ。それに神様は自分の作った世界や人間を見守るだけの存在で、直接関与ができない決まりなのよ。だから、あなたの世界の神様に、私に変わって世界を滅ぼ……リセットする人間の魂を分けてもらってるわけです」

「こ、こいつ、言ってることが神様じゃないぞ」

「あなた失礼ね、私は神様よ?」

「あんた邪神過ぎるよ!」


 クリスが再び指を鳴らすと、何もなかった白い空間に銃器や剣などの武器、鎧兜に大小様々盾が出現した。


「あなたは自分のことより他人を優先する人だもの、まさか神様のお願いを断らないわよね? 私は神様よ、それも最愛の女性の姿をした神様なのよ? これは神様であり、最愛の女性からのお願いなのよ?」


 クリスが好きな異性の似姿で登場するのは、そういう意味があったのか。

 というか、ヨシダは最愛の人じゃない。

 きっと普段から異性との交流が少ないので、近くにいたヨシダの姿に見えているだけだと思う。


「世界を滅ぼすなんて、それこそ僕に出来るわけがない」

「だから私から、神器の武器や防具をプレゼントするわ。一つなんてケチなこと言わないから、手に持てるだけ存分に持っていきなさい」

「大盤振る舞いだ!」

「ただし先ほども言ったけれど、私は自分の世界に直接関与が出来ないので、これらの武器も防具も転生者(代行者)にしか扱えないわ」


 僕は、目の前に落ちている出刃包丁を拾い上げた。

 これも一応は神器なのだろうか。

 よく手入れされた出刃包丁にしか見えない。


「あなたが覚えることになる魔法なんだけれど、あの世界の魔法は体系化されています。選んだ職業と属性により、発動できるスペルが異なるわ」

「職業と属性?」

「例外はあるけれど、加護を受けられる魔法属性は一つだけ。火、風、土、水、四つの属性は相反関係にあるので、火は水に弱く、水は火に強い。職業に同じ剣士を選んでも、火属性と水属性では唱えられるスペルが違うし、火の剣士は水の剣士に苦戦するわ」

「なるほど」

「まあ、あなたたち転生者は例外として、どの職業を選んでも四つの属性を使えるようにしてあるわ。でも魔法のスペルばかりは、経験則で身につけるしかないのよ」

「つまり転生した後で、何かしらの職業に就いて修行しないとダメなんですね」

「四つの属性の加護を受けているから、よほどのことがなければ魔法で攻撃されても大丈夫だと思うけれど、地上(あちら)に降りたら公共職業安定所(ハローワーク)を探して、すぐに定職を探した方が良いわね」

「ふむふむ……あ、もしかして先ほど渡された紙は――」

「履歴書です」


 ここまでの説明で状況は把握したものの、新天地で成り上がり異世界を滅ぼした後、僕や他の転生者はどうなるのだろうか。

 いいや、そんなことを考えるのは無駄だな。

 なぜなら異世界に転生しても、僕には邪神クリスの思い通りに動いてやる筋合いがない。


「ではミヤマさん、アストラルゲートを開きますので、そろそろ持参する武器と防具をお持ちください」


 僕は、出刃包丁を突きだした。


「僕は、これだけで良い」

「ミヤマさんは、包丁一本だけで世界をリセットするんですか? そんな殺人鬼みたいな人間は、今までいなかったわ」

「ああ、僕は和食料理人として、異世界の人々をあっと驚かせてやるよ」

「頼もしいわ!」


 クリスを騙したみたいで心苦しいけれど、僕は包丁一本を握りしめて異世界に転生する。

 もちろん、お金を貯めて異世界で小料理屋を開店するために。

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