2ノ第10話: 温泉を仕切る壁と修行その1
俺たちはビソチア街道沿いの小さな村、メーサーキャンプ地に到着した。
経由地であるメーサーの村は多くの旅人や冒険者が訪れ、飲食店や宿泊施設など、村は主に観光業で成り立っているようだ。
ところでキャンプ地ということでキャンプも出来るらしいが、俺たちは屋根付きの宿泊施設へ泊まった。
ここで一泊した後はエルフの森に向かう予定である。
「私たちは買い物行ってくるわ」
女性陣は楽しそうに買い物に出かけていった。
俺はというと仲間はずれの居残りのように見えるが、ロイドのじっちゃんが馬の世話をしているので手伝うために残った。
実は残った理由は他にある。
あの魔法陣をどうしても習得したいのでチャンスを伺っている。
「そんなに魔法陣がやりたいのか?」
「はい!」
「簡単ではないぞ」
「はい。師匠!」
ということで、今の俺の実力を見せることになった。
俺の魔力弾は体内の魔力を放出するやり方である。
そんな魔法をロイドじっちゃんに見せると、ショックな言葉が発せられた。
「おぬしには無理かもしれんな」
本来魔力弾というものは大気中の魔力を集め作成するものであるが、俺の魔力弾は体内の魔力を放出するという異質なものであった。
「なんてハチャメチャな魔法だ」
「すいません、自己流なもので……」
「放出では魔法陣は作れないぞ」
薄々は感づいていた。コントロールが苦手な俺は一般的な魔力弾すらろくに作れないのに、魔法陣を作るなんてとうてい無理な話なのかもしれないと。
「焦ることはない。じっくりやろうじゃないか」
「は、はい」
落ち込む俺を励ましてくれるロイドじっちゃん。
そんなやさしいじっちゃんだが、絶望的な言葉でトドメを指してきた。
「わしは習得に20年掛かったからな」
これには堪えました。
一日二日で出来るようなものでは無いとは思っていたが20年と聞いたらさすがにヤル気がなくなる。
「急がば回れじゃ。他の修行をしようじゃないか」
いやいや急いだとしても20年コースは無理ですから!
ところで、他の修行って……。
「どんな修行ですか?」
「慌てるな。じっくりやろうじゃないか」
それって、更に10年プラスしての30年コース……。
とかでないことを祈る。
◇
「さて、温泉でもいこうじゃないか」
この宿に泊まった目的は他でもない、この温泉である!
星空を眺めながら露天風呂にゆったりと浸かる、これがとても気持ちいい。
ココロもカラダも癒やしてくれるそんな空間である。
「「はぁ~、いい湯だ~」」
俺はロイドじっちゃんと息ピッタリにハモっていた。
思っていることは同じようだ。
「広いわねー」「温泉にゃー」
女子の声に俺とロイドじっちゃんは『『ピクッ』』と反応した。
ミリア達が買い物を終えて露天風呂に入ってきたようである。
声はかなり近いところで聞こえる。この仕切りの向こうである。
この薄い仕切りの向こう側に女子風呂があることに間違いないであろう。
俺の欲望を邪魔するのは、たった一枚の仕切りだなんて、なんて罪深い仕切であろうか! もっと事前に調べておくんだった。
「前回来たときはこの仕切は無かったぞ。混浴だったのに残念じゃ」
「――まじっすか!」
衝撃的事実を聞かされた。
「「はぁ~」」
またしても息ぴったり。
今度のはため息の「はぁ~」である。
「リュージくん。壁が気になるか? そうじゃろ。男なら女子風呂が隣にあるのに何もせずに手をこまねいているのは男らしくない! 女子風呂に失礼だ!」
ロイドのじっちゃん、適当な理由をつけて正当化している。
なんか覗いても悪くないんじゃないか? とか思えてきた。
「よじ登るか!」
ロイドじっちゃんが悪魔の誘いをしてくる。
でも俺は思いとどまった。
「犯罪になってしまいます……」
「そうじゃな。わしもそんな事はもうしないよ。もう若くないしの」
いやいや、若い頃はしてました風な言い方ですよ……。
大丈夫なんだろうかこのじっちゃん。
この件は深く突っ込むのはやめておこう。
「だがな、もうそんな事する必要は無いのじゃよ!」
ロイドじっちゃんは女子風呂の方を見つめている。
壁の仕切りに遮られ先は何も見えないはずなのに……。
「ロイド……さん……?」
手を降っても反応がない。
視線がウツロで意識が異世界に行っているようだ。
「おっ、とっと。どうした? リュージくん」
どうしたのか聞きたいのはこちらの方である。
ま、まさか! 見えてるんじゃないだろうか!?
このじっちゃん時にものすごい技を見せるツワモノ。
そんな技があってもおかしくないかもしれない?
まてよ。もう一度さかのぼって発言を整理してみると……壁をよじ登る「もう、そんな事する必要は無い」とか言っていた気がする。
それって……
「し、師匠! 俺にも教えて下さい!」
「なんのことかの~?」
「またまた~、そんなもったいぶらないでくださいよ! 俺も習得したい」
「仕方ないの~」
「押忍!」
「魔法陣の事だな?」
「えっ?」
いやいや、それじゃないです……。
いやでも、それも知りたい。
「だがな、リュージくんは別の方向から攻めようじゃないか」
「えぇ~??」
確かに魔法陣を普通に修行したら20年かかるんじゃ、こちらから願い下げである。そんなに時間はかけていられない。
「リュージくんよ。目をつぶり耳を澄ますんじゃ」
これが修行なのでしょうか?
俺は言われた通りに目をつぶり耳を澄ませる。
「何が聞こえる?」
「じっちゃんの声と、ミリア達のはしゃぐ声」
「甘い! 甘いのー、音はしゃべり声だけじゃない。もっと集中すれば足音だってわかるはずじゃ」
確かに歩いている音は聞こえる。一人……いや二人。
そして足音は止まり『ちゃぽん』と音がなった。
これは――
「お風呂に浸かった!」
「いいぞ。感覚を研ぎ澄ませ、情報を整理し、脳で構築する。もしこれが戦闘であれば情報という点で君は優位に立てるはずじゃ」
そういえば戦争ゲームの上級者は足音を聞いて戦っている。
目に映る情報だけで戦うより明らかに優位に立てるのだ。
「じっちゃん凄いな。いや失礼しました。ロイド師匠!」
「オホホ。それじゃ次の段階じゃ」
「はい! 師匠!」
「改めてしゃべり声を掛け合わせてみたら、どうなる?」
この声は……、ミリアとマリアちゃんの声。
水面をパシャパシャさせ、じゃれ合っているようだ?
情報が2つとなることで平面が立体に変わり――
3Dのバーチャル空間が生まれる!
『ちょっとマリア! また大きくなってない?』
『お姉さまだって、大きくなってますよ。――きっと』
『このぉ~! こうしてやる~!』
『やめてください~。お姉さまー』
……
……
……
「リュージくん。帰ってくるのだ! 現実の世界へ」
「はぁ、はぁ、はぁ~」
じっちゃんの呼ぶ声で俺は現実世界に戻ってきた。
「どうした? 見えたのか? 見えたんじゃろ?」
「すげ~よ、じっちゃん。なんか俺、悟りを得たかもしれない!」
「お主は筋がいい! 見込みがあるぞ」
このじっちゃんただ者じゃないぜ! 伊達に長く生きていない。
俺の隠された才能が開花した気がする。
いや……ちょっとまてよ……。
これって、ただの妄想じゃね?
「感覚というのが大事なんだ。そしてお主はそれを持ち合わせている」
褒められるとなんか自分に自信が持ててきた。
でもなんか騙されてる気がするんだよな……。




