第5話: 一角獣を倒したい。
狩りを始める前に、俺はモンスターの観察を始めた。
このモンスターは、体格や行動はウサギに似ている。
頭に一本のツノが生えているが、それ以外はまるでウサギのようである。
確か、彼らがホーンラビットと呼んでいた。
しかしウサギと比べ動きは機敏で、特に初動の跳ねる動作は軽快である。
もし逃げ回られでもしたら捉えるのは難しいだろう。
闇雲に追いかけて攻撃すれば、空振りして地面を突いてしまい、竹槍を壊すのがせきのやまである。
ましてや、中途半端にカスリでもしたら反撃されてしまう。
罠を持ってきたのは正解だった。
罠の仕組みは、網を立て掛け、紐を繋げた棒で支える。
その紐を引っ張れば支えていた棒が外れ、網が覆いかぶさる。
あの素早い動きも網で封じてしまえば倒すことは容易だろう。
実は、別の罠も考えていたのだ。
それは単純で確実な方法、落とし穴である。
家の花壇で使ってたミニスコップはちゃんと持ってきている!
備えあれば……なんちゃら、ってやつだ。
そんなの時間かかりすぎるだろう、という突っ込みは無しにしてくれ。
◇
罠を仕掛けた俺は草むらに潜みこむ。
こんな時の姿勢はやはりうつ伏せである。
姿勢をなるべく低くし、いつでも動けるようにほふく前進の姿勢を保つ。
……しばらく静寂の時が流れる……、なかなか獲物が近づいてこない。
俺は前世で釣りをしていた頃を思い出す。
焦っては行けない、短気は損気!
のんびりとぼーっとする時間もまた、楽しみのひとつなのだから。
集団行動よりも個人行動が好きだった俺には、誰にも縛られないこの自由な空間が合っている。
ところで、釣りは短気なほど向いていると言うが、本当だろうか……。
考える時間はたっぷりあった。
獲物が罠に近づくまで俺はぼーっと考えていたが、――ついに獲物が罠の射程に入ってきたのである。
引くだけの簡単なお仕事だが、タイミングは重要である!
じっくり待ち、確実に罠の下に入ったのを見計らって俺は紐を引く。
「えぃ!」
罠が倒れだし、網はホーンラビットに覆いかぶさる。
かぶさったネットにホーンラビットはもがき出す。
「急げ! 抜けられる前に仕留めるのだ」
俺は竹槍を握りしめホーンラビットに駆け寄る。
「よく狙うんだ……止まってる的だ、外すわけがない」
いったん目を閉じ、俺は自分に言い聞かせた。
集中をしていると目を閉じているのに光が射し込み、全てが見えているような感覚がした。
俺はやれる!
――ホーンラビット目掛けて突き出した竹槍は、見事にホーンラビットを捉えた。
寸分狂いもなく貫き、ホーンラビットは消滅と共に魔石に変わった。
「よっしゃ~!」
しかし、竹槍はボロボロになっていた。
一撃でこんなに壊れるとは思わなかったが、その為にたくさん用意をしてきたのだから想定内ではある。
◇
引き続き罠を仕掛け、俺は2匹目を狙う。
草むらに伏せ息を潜めて自然に溶け込む。
すると落ちている小枝が目に映る。
そうだ!
俺は落ちていた小枝を頭に付け、さらに自然に同化した。
きっと俺の潜伏スキルが発動した、そんな瞬間であろう。
もう、誰にも俺を見つけることは出来ないはずだ。
『ガサッ』
研ぎ澄まされた俺の感覚が、微かな小さい音を捉える。
ホーンラビットが後ろに現れたのか!?
気になった俺は、ゆっくりと振り向く……。
そこにはなんと! 獲物を狙い忍び寄る猛獣!
――じゃなくて、コスプレ女の姿だった。
女豹のポーズで忍び寄っていた。
物音一つ立てず、ネコ科の猛獣が獲物を狙うかのようである。
俺は身震いした。まさか俺を食うきか!?
まあ、それはないだろうけど……。
獲物を狙う俺を、更に狙うやつが居たとは……。
獲物に意識を集中している時こそ、自分が無防備である瞬間だと悟った。
もし、俺が子鹿ならば『お前は既に死んでいる……』のパターンであったに違いない。そんな恐怖感を味わったのである。
(だるまさんがころんだ)
再び女豹コスプレ女の方を振り向くと……距離を詰めている。
ピタッと静止しているが、もう俺の目の前まで来ている。
こヤツ! やるな!
狩りの邪魔だと思い、俺は顔で「あっちいけ」と合図を送るが、聞く気がないようだ。
どんどん忍び寄り、俺の真横に並びコスプレ女は肩を寄せてくる。
ち、近い……。
「な、何しに来たんだよ」
俺はかすれるような小声で訴えると、コスプレ女も小声で返してくる。
「面白そうなことしてるじゃない!」
あそびじゃねーんだよ! と思いつつ俺は無視して獲物に集中する……。
しかし彼女はどんどん肩を寄せ、俺の持つ紐を奪おうかと俺の手を握りだし、こう言った。
「ねぇ、ヤラせて……、 ヤ ラ せ て!」
無視して集中しようとするも、俺の集中力はズタボロであった。
その耳元で囁くのは止めてください……。
「お願い。一回だけでいいから……ヤ ラ せ て」
「もぅ~わかったよ。一回だけだからな!」
俺は誘惑に負け、女豹コスプレ女に紐を渡した。
「ドキドキするわね♪」
お前は釣りに向いてないな、こんなときは冷静になるんだよ!
釣れるかどうかなんてギャンブル性が高いのだ。
いつ来るかわからない獲物をじっくり待つ、それにはそんないつもドキドキしてたら持たないぜ!
女豹コスプレ女は既に紐を引いていた!
網は既にホーンラビットを捉えていた。
「ねぇ早く行って――!」
「――言われなくても」
何という引きの強さ、あれだけ俺は待ったと言うのに。
その強運が俺にあれば、宝くじをキット当てていたに違いない。
「早く、早く、突いて突いてー」
分かっているって! 焦らず集中をして打ち込むんだ……。
いくぞー!!
「もう、でちゃうわ~」
おのれ~、誘惑的な女豹のポーズで叫びおって!
俺は言葉に反応し、彼女が気になってしまい的を外す。
そして竹槍にはヒビが入ってしまった。
慌ててボロボロになりつつも竹槍を連打し、なんとかホーンラビットを倒すことが出来た。
「ハッー、ハッー、ハッー」 疲れた……。
この誘惑的女豹コスプレ女め!
俺の集中力をここまでかき乱すとは。
「頼むから変なこと言わずに黙ってやってくれ、俺は真剣なんだ」
「ごめんなさい、次からは黙ってやるわ♪」
「わかればいいんだよ、わかれば」
俺は威厳を通し、誘惑的女豹コスプレ女を屈服させる。
勝ち誇った俺は、気分が良く次に備えた。
……あれ? 1回だけって約束はどうなった?
しまった。まんまとハメられた……。
そこからは、沈黙のやり取りをしながら次々とホーンラビットを倒していく。
彼女が捕まえ、俺が仕留める。連携は見事のものだった。
◇
「よし、このぐらいでいいか」
「えぇ~、もう終わり?」
「魔石もいっぱい取れたし、竹槍がもう無いからね」
「ねぇ。私と組まない?」
俺は一瞬、固まった。
女の子に逆ナンされたのかと勘違いもしたが、たぶん違う。
俺とパーティー組んで狩りしたいという意味なんだろう。
さては、俺の華麗な狩り技に惚れたってところか?
考えたのは俺なんだ、報酬はやらんぞ! と思いつつも、魔石1個ぐらいお手伝い料払わないとケチすぎるか……。
まあとにかく、俺は誰にも縛られないソロプレイの方が似合っている。
「悪いけど、俺は一人が好きなんだ」
誘惑的女豹コスプレ女はふくれ顔である。
――か、かわいいじゃないか!
しまった、俺はなに気取っているんだ、お知り合いになるチャンスをこうやっていつも逃している気がする。
しかし、女と狩りだなんて邪魔なだけだ。とは、さすがに言えない。
「私みないな美人は狩りで役立たずだ! なんて考えてるでしょ?」
ギク! 見透かされているようだ。――てか、美人は余計だろ。
すると女の子は立ち上がり、腰から武器を取り出した。
レイピアらしき細身で先端の鋭く尖った武器を天にかざす。
「まて! 早まるな、俺が悪かった」
武器は俺に向けられたものでは無かったようだ。
ホーンラビットの方にすばやく駆け寄り、レイピアを構える。
一瞬だった!
瞬きする暇も無い素早さで、ホーンラビットを突き刺した。
1匹……また1匹……あっという間に3匹。
そして……『ドヤ顔!』
かわいくねー。
一瞬でもカワイイだなんて思ったのは俺のあやまちだった!