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黒猫少年との特別授業

赤井君との特別授業

作者: 迎 カズ紀

 受験勉強の息抜きで来たカラオケボックス。ここには私と冬美、藍川君、 それから赤井君の4人で来た。

 冬美は専門学校の推薦、藍川くんは私立大に指定校推薦でもう進路が確定している。決まっていないのは国公立大志望の私と赤井君くらいだった。

 もうセンター試験は終わり約1ヶ月後の2次試験と、その間にある私立の一般入試まで勉強の日々に入っていた。

 そんな中冬美と藍川君という中学時代からの仲良しカップルが提案してきたこの集まり。正直緊張している。


 カラオケなんて来ないように思われてるみたいだが、実際はある。両手の指以上はあるよ。足の指までカウントするのなら余ってしまうけれど。

 でもそれは、冬美と2人だけだったり、妹の春子とだったり、女の子の友達(男の子の友達は高校に入ってからはあまりできていない。元から少なめだったけれど、高校は中学の時よりも男女の壁があったからだ)とだったり。一度冬美と藍川君ともあったけれど。


 間違っても赤井君とだなんて、夢にも思っていなかった。


「……赤井君って何歌うの?」

「……バンド系とか。緑辺はどうなんだよ」

「ふ、普通に……バンド系も少々?」

「そっか」

「うん……」

 うう、気まずい。実は久しぶりの会話だったりする。一年生のうちは芸術選択で一緒になることがあったけれど、二年生になると文系の進学組に入ったから芸術選択の授業はなくなり、体育の授業くらいしか一緒になることがなかったんだよね。しかも男女別だから話すことなんてないし。

 中学の時と比べ廊下で会っても彼は話しかけてくることは減り、ただ片手を上げるだけだった。それを見てこちらは会釈を返す。たいてい、そんな感じ。だから本当に久しぶりの距離感で、気まずいったらありゃしない。

 けれども今日は単語帳見るの禁止されてるからなあ。

「純子は受験ってなると変に気を張っちゃうんだから。今日は楽しんだらいーの!」

 そう電話越しに冬美に告げられたから仕方がない。

 そうこうしているうちにカラオケルームまで着いた。


 ドリンクバー制なので各々が好きな飲み物を入れてきた。それから小腹が空くだろうとポテトを注文することに。

「じゃあ一発目は赤井!」

「おい藤村、何勝手に曲入れてるんだよ!」

 デンモクをぽちぽちとしていたけれど、赤井君に歌わすためだったのか。しかもさっき注文したところだから歌ってる最中に店員さんが入ってくるパターンではないか。可哀想に、と半笑いで赤井君の方を見ると目が合ってしまった。やばい、睨まれた。

 流れてきた音楽は私も知っている、というかここにいる全員が知っていておそらく好きだろうバンドの人だった。BOCというバンドだ。男性4人組で、攻撃的な歌はあまり歌わない。その優しい世界観だったり、吸い込まれるような世界観が大好きだ。

 赤井君歌えるのかな、と少し心配になったが違和感なく歌っていたので彼もファンだったのだろう。少し安心した。



 みんなが数曲歌ったあと、今回もそうなるだろうなと思っていたことが起こった。

 冬美と藍川君の対決だ。ラブラブデュエットではない、点数対決だ。

「今日こそは勝つからね!」

「望むところだ」

 ……これが長続きする秘訣なのだろうか。


 唐突に始まるそれは別に不快なものではない。2人とも上手だし、私自身はあまり歌いすぎると疲れてしまうので(歌える曲のレパートリーが少ないこともある)、正直助かる。どちらかというと私は聴き専に近いのだった。

 赤井君は突然の事で驚いたようで、恐る恐る私の隣に来た。さっきまで机を挟んだ向こう側にいたのに、男女で別れて座っていたのに。驚いたけれど、特に不快感はなかったのでどうぞと鞄を避け座れるようにした。

「いつもあんな感じみたいだよ。結構長引くけど、赤井君は平気?」

「別に大丈夫だけど……。あいつら、他の人と行ってる時もやるのかよ」

「この前なんて、私と3人で行ってたのに勝負始めちゃったから」

「うわ、すげえな」

 2人でズゴゴとストローをすすりながら冬美の歌を聴く。やっぱり上手だなあ。


「緑辺はセンターどうだった」

 唐突とも、予想できていたこととも言える質問だった。自分なりにはよかったよ、と返す。実際大コケはしなかった。苦手だった理科の基礎科目もなんとか点数を稼げたし、国語は今年は平均点がガクッと落ちると言われていたけれど9割取れた。公民は少し失敗したけれどまだ目を当てられる。

 赤井君はと聞き返すと、よかったよ、とだけ返ってきた。きっと彼のことだから基礎なし理科科目は満点なのだろう。数学も。あ、でも二次試験に必要な数Ⅲの方は少し苦戦してると風の噂ならぬ青木さんからの情報を得ていたから、それはどうなのだろうか。

「なんか安心したよ」

「なにが?」

「今回は不安がってないから」

 ああ、彼は中学の時のことを言っているのか。そう理解するのに時間はかからなかった。

「あなたからの、嫌味が減ったからでしょうかね」

 わざと嫌味らしく言ってみる。ほんの意地悪のつもりだ。彼もそれを承知してるらしく、そうだろうな、とぶっきらぼうに言った。それから何ともないように言葉を続ける。

「嫌味がなくなって、高校生活は楽しかったか?」

「……それは」

 思わず口ごもってしまった。まだ卒業していないとは言えもうすぐ学年末考査の期間に入る。それが終わって2月になれば卒業式予行と当日の2日しか学校に行かない。この3年間は私にとってどうだっただろうか。

「……少しの嫌味もないと、どこか変な感覚だったかな。なんかこう、寂しいというか」

 中学時代と比べるとどこか物足りなさがあった。その正体が赤井君だったとは、意識して考えない限りわからなかっただろう。

「赤井君が私の母のことに触れなくなったのは純粋に嬉しかったし成長したんだなと思った。でも、それ以外に話すことなかったの?」

「……俺は中3の時『逆に喋ることあるの』と言ったお前のこと忘れてないからな」

「あっ」

 そんなことも言ったか。そうか、結局私は何も成長できていなかったのか。自分から話しかけるチャンスはあったはずなのに。そしてもう、時間はないのか。

「……赤井君。赤井君は、今でも私のことを」


 心配してくれてる?


 言葉を続ける前に、彼は私から視線を逸らした。

「あの時と何も変わってねえよ。今でも、だよ」

 冬美の歌が終わる。採点された点数がモニターに表示され、それから次の曲へ切り替わる。私と赤井君は、ただ2人の歌を聴くことに専念した。今相手の顔を見たら、自分がどんな顔をするかわからなくて怖かった。



 2人の対決も終わり、2人から自分たちばかり歌ってごめんねと謝られた。私は大丈夫だよと言い、赤井君も頷き返した。

「あー暑くなっちゃった。ちょっと飲み物入れてくるね」

「あ、俺も」

 そう言い冬美と藍川君はカラオケルームから出て行った。

 どうする、と顔を伺うも赤井君はドアの方を見ながら変な顔をしていた。あいつらめ、なんて聞こえた気がするけれど意味がわからないので無視しておく。とりあえず曲でも探すかと、私はデンモクを手に取った。


 BOCの曲で何か歌えるものあったかな。私が歌った曲を赤井君はあまり知らないようだったから、共通のバンドの歌を歌ったほうがいいだろう。

 適当にタイトルを見ていくなかで、ピタリと動かしていた指が止まったものがあった。それはある黒猫の一生を歌ったものだった。よし、これにしよう。

「あ、この曲か」

 赤井君はすぐに何の曲かわかったようだった。

「歌う?」

 私はそう言って彼にマイクを渡そうとした。別に自分が歌わなくてもいい。彼が歌いたいのなら譲ろうと思った。

「え、ああ……」

 彼は驚いたようで、目線をきょろきょろとした。どうしたのだろうと思ったけれど、目線が止まった先にはマイクがあった。そういえば誰もデュエットをしなかったから忘れていたが、マイクは2つあったのだ。そして予想もしてなかった答えを返してくる。

「一緒に、なら」

 初めての男の子と2人だけで歌うのは、赤井君とだった。


 前奏はないと等しいその曲は、控えめな私の声と普通に歌う彼の声で始まった。

 今思えばもっと明るめの曲にしておけばよかった。あまりカラオケで歌うのに向いていないような、そんな感じの歌だから。悲しい黒猫の話。人の温かさに触れ、変わろうとするストーリー。そのどこか切ない感じが、明るい場には向いていないのではとひとり思うところがあったからだ。

 サビに入る。人の優しさに触れて、戸惑うところだ。

「……緑辺?」

 戸惑ったような赤井君の声がした。私の悪い癖で、いつの間にか一生懸命になってしまうと自分の歌声が聴き取れなくなるところがある。音程外していたのかな、なんて焦ったけれど、耳を集中させて届いてきた自分の声が震えて涙声になっていたことにビックリした。

 そして、頬に涙が伝っていた。

「……歌うのやめるか?」

 動揺しながらも、歌うのはやめたくないと私はふるふると首を横に振った。それを見た彼は、そうかと言うようにモニターの方へ向き直る。

 間奏に入る頃には完全に号泣していた私に釣られたのか、隣から聞こえる彼の声もどこか鼻声だった。そして、自分以外の鼻をすする音が耳に届いた。

 自分でも何で泣いているのかわからない。彼まで泣いている理由もわからない。ただ、何かぽっかりと空いていた穴が突然主張を始めたのだ。

 私の泣き声と、彼の泣き声で織り成す歌が、部屋一面に響き渡った。




 その後すぐカラオケ会は解散した。泣いている私たちを見て、冬美たちが心配したからだ。腫れてしまった目はもう氷で冷やしたので、時折鼻をすする以外ではだいぶ落ち着いた。

 家に着いてすぐくらいに携帯が短く鳴った。トークアプリの通知音で、送り主は赤井君だった。私はロック画面に表示された内容だけ見て、ベッドに倒れこんだ。返信は今すぐ返さなくてもいいだろう。唐突に襲ってきた睡魔が、そう思わせた。




 夢を見た。中学時代の夢だった。

 最初は私と冬美が話していた。

 そこに藍川君がやって来た。

 その様子を見て、赤井君も加わりに来た。ただそれは自分からではなく、誰かに無理やり同然に引っ張られて。

 彼は誰なのだろう。顔に黒くモヤがかかっていてわからない。

 私は楽しそうだった。

 赤井君も楽しそうだった。

 その黒い少年が、私たちの危うげな関係をつなげているように見えた。




 ほんの短い睡眠。現実に引き戻したのは春子の声だった。お姉ちゃんご飯だよ、と私を呼ぶ。

 今日の夕飯は何だろう。母さんの料理は、以前よりも好きになった。単によく料理に使っているが私自身は嫌いなレタスを好きになったからかもしれないけれど。

 赤井君からの干渉がなくなったこともあるけれど、実際ストレスがなくなったのは母さんとの関係が大きい気がする。以前……高校受験の時よりも成績に対するヒステリックなところが減った気がする。それは一度推薦入試を落ちた私に失望したからではないか、と思っていたがそうではなさそうだ。理系コース一択の推薦クラスに入っていたら気付けなかった、自分の将来の夢を見つけることができたからだと思う。結局私は文系寄りだったんだ。そのことを理解してくれ、成績だけを見て無理に理系コースに入れさせようとしたことをわかってくれたのだろう。

 私は返事をして、階段を降りて行った。



 夕飯後、携帯をもう一度見ると寝る前から触っていなかったため、ロック画面には先ほどの赤井君からのメッセージが表示されたままだった。

 その内容は今日のことを心配するもので、私はすぐに大丈夫だと返信を送った。

 そのまま画面を閉じようと思ったけれど、ふと夢の内容を思い出した。いや、夢ではなく別のことが頭をよぎった。

 勝手に指が動く。ただ本能の赴くままに、なんていったら可笑しいけれど、変に考えることを放棄したかった。

『明日優也さんのところに行かない?』

 それは、何度目かのお墓参りの誘いだった。


 次の日になり、私たちは黒崎優也さんの家を訪ねた。私たちより3つ上の彼は突然の来訪にもかかわらず温かく出迎えてくれた。そして、お礼の言葉を口にする。

 彼は現在三毛猫を二匹飼っているそうだが、昔は黒猫を飼っていた。その黒猫を通じての私たちの関係は、側から見るとここまでするのかと疑問を浮かべられて当然だろう。

 私は一度牛乳をあげただけ。赤井君はカラスから助けてあげただけ。本当に、一度助けたことがあるというだけの関係なのだから。


 お墓がある裏庭にお邪魔させてもらう。印として置いてある少し大きな石の周りには何もなかった。でもそれは冬だからで、他の季節では花を咲き誇っていることを私たちは知っている。いつもは2月の終わりと時々思い出した時にここを訪ねてお墓参りさせてもらっているからだ。

 何のお供え物もないお墓参り。ただ手を合わせて目を瞑るだけ。

 不思議と、ここで目を瞑っていると懐かしさがどこかで響く気がする。

 猫の鳴き声と同時に、まだ声変わりを迎えたばかりのような少年の明るい笑い声が聞こえる気がする。

 そして、唇から溢れる「ありがとう」の言葉。

 どれも、どれも、どうしてだかわからない。ただこうしている間は心に空いた大きな穴が少し塞がる気がする。

 ありがとう。もう一度、私は喉を震わせた。



 目を開けると赤井君がこちらを見ていた。帰るか、とどこか沈んだ声で言う。

 彼にもどこか思うところがあるのだろう。どこか不思議に思うのは私だけではなく、彼も同じなのはいつものことだった。

 2人帰り道である細い路地を無言で歩く。私はというと帰ってからする予定の勉強のスケジュールが自然と頭の中で浮かび上がっていたところだった。

 ただその中で、「気張りすぎたらダメだよ」とどこか懐かしい声が響いた気がして、本当にその通りだと私は笑った。赤井君が不思議そうにこちらを見てきたけど構わなかった。

 中学の時よりも短くした髪が風に吹かれ踊る。

「赤井君、お互い本命大に合格できるように頑張ろうね」

 君なら余裕でしょ、という風に私は彼を指差し、ニッと笑った。

「ああ」

 彼もいたずらっぽく笑った。その表情は誰かと重なるようで、彼だけのものとも見えた。


 黒猫ゆーすけのお墓参りは、無事に終わった。

センターで希望大学まで70近く足りず志望校を変えましたが、無事国公立に行くことができた作者です。

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