帰路
紅梅の袿を脱ぐと、あっという間に目線が高くなり、体が元に戻った事を実感した。私は三枚の衣を身に付け、成彦さんを肩に乗せる。それから、お義父様を掌でそっと掬い上げ、私と共に元の大きさになった紅梅の衣の上にそっと乗せた。
お義父様は「私のような病人は放っておいて、二人で幸せになったら良かろうに」などとおっしゃる。
「お義父様を一人残してなど行けませんわ」
都に戻る為の話し合いの中で、私と成彦さんは、共に姫様の待つ邸で暮らそうと決めていた。少納言様なら、それを許して下さると思ったから。
「私の実父は、もうこの世におりません。貴方に、実父に出来なかった孝行をしたいのです」
「……亡き人の事を持ち出されては、頷くしかありませんな。では、息子共々宜しくお願い致します」
そう言って、お義父様は深々と頭を下げられた。
「では、参りましょう」
目的地は羅城門。成彦さんが方角を示し、私がそれに従って歩く。都の外を歩くのは初めての事。けれど、成彦さんの案内のお陰で、あまり苦も無く羅城門に着くことが出来た。
「いやはや、人間さんの足は速いなぁ。小人の足では、もう半日ほどかかりますぞ」
「ふふっ。そうでしょうね。さて、ここからは朱雀大路を真っ直ぐ行って、四条に入ればいいのだけれど、さすがに疲れましたわ」
「四条ですか。結構距離がありますな。一度休んでいきましょうか」
そうは言っても、ここは内裏から一番遠い場所。とても寂れていて、治安も悪いと聞く。なんだか、家屋もやっと建っているように見える。行き交う人の中には上等な衣を着た人もいたけれど、上等なのは衣だけ。想像だけで疑うのは良くないけれど、多分、盗んだのでしょうね。
私の衣も、綺麗な布で出来ている。剥ぎ取ろうとする人がいるかしら。衣だけ見て、裕福な家の娘だと思われたら、拐われしまうかしら。いえ、お優しい小納言様なら、私なんかの為であっても、身代金を差し出すとは思うけれど。
いろいろ悪い想像をしてみて、私は思った。
「……うん。あの大男より怖い人間なんて、そうは居ないわよね」
そう、相手は私同じ人間だもの。大丈夫。いざとなったら、紅梅色の袿を着れば良いわ。きっと、物陰に隠れてしまって、誰も見つけられないでしょうね。
「そこにいらっしゃるのは木立さんですか」
名を呼ばれ、顔を上げると、見覚えのある少年がいた。小納言様のお邸に仕えている牛飼い童だ。
「ああ良かった。ご無事でしたか。私は少納言様の使いで参りました。牛車を御用意してありますから、どうぞお乗り下さい。邸までお連れ致します」
「帰れる……?」
私が小さく漏らすと、少年は「はい。姫様がお待ちかねですよ。出掛けに散々急かされましたから」と笑う。姫様は無事だった。それが分かった途端、涙が溢れる。姫様ならきっと大丈夫だと信じてはいたけれど、やっぱり心配だった。
私達は用意されていた牛車に乗り込み、四条へと向かう。段々と、外の景色が見慣れたものへと変わり、帰って来たのだと実感した。
「私、何日邸を空けていたのかしら」
ぼそりと呟くと、息を切らす少年が「四日ですよ」と返した。