無償の想い
「成彦、木立さんとの結婚、嫌か?」
聞かれて、成彦さんは無言で首を振った
「木立さん、成彦との結婚、嫌か?」
「い、いえ。そんな事はありません」
「よし、決まりだな。木立さんは姫さんのところに帰るのだろう? その前に祝言を挙げてしまえ」
そうして、あれよあれよという間に、私達は夫婦となった。人間と小人。不安はあるけれど、この出会いはきっと尊いものだから。私は、彼を夫に選んだ事を、後悔したくない。
夜が明け、私は都に帰る支度をした。支度と言っても、荷物は何も無い。そんな事より。
「姫様のところへは、どうやって帰れば良いのかしら。そもそも、ここはどの辺りなのかしら?」
と私が考え込んでいると、「羅城門までなら、ご案内出来ますよ」と成彦さんが言う。
「都にさえ入れれば、きっとなんとかなるわ」
「それは良かった。では、すぐに出立しましょう」
しかし、問題があった。
「この袿を脱げば元の体に戻れるはずだけど、戻った時に着るものが無いわ」
「うぅむ。木立さんの傷は治りきっていないし、小さいまま都まで移動するのは大変ですぞ。私は元々体力に自信があるので問題ありませんが……」
私達は考え込み、いよいよとなったら、途中で野宿をするかもしれないと、そんな話まで出てきた。
「木立、木立やい」
「あの声は……!」
私が家から飛びだすと、そこには紫と、緋色と、紅の山があった。山に触れると、それは上等な布地で、見覚えがあった。
「私が縫った衣だわ」
また、あの老女が何か計らってくれたのだろうか。私は辺りを見渡して、老女の姿を探す。
「木立やい」
「また、貴女が助けに来て下さったのですか」
私は、小さくなった老女に駆け寄った。
「私はただ、成彦の願いを叶えに来ただけですよ。昨夜遅くに私の社へ米と木の実を供えに来ましてね。『木立を都に帰して欲しい』と言うから、貴女に衣を縫って貰うことにしたの」
彼女の言葉に、私達は首を傾げる。
「成彦さんがお願いしたのは昨夜で、私が衣を縫ったのは何日も前。どうなっているのですか?」
「私達に時間の流れなんて関係ありませんからねぇ」
彼女が、人でない事は薄々気付いていたけれど、この言葉によって、初めてその事実が現実味を帯びたように思う。そして、私の疑問はもう一つ。
「私は三枚の衣の見返りに三枚の袿を頂いたのですよ? それが結局全部私の元に戻ってきたのでは、私だけが得をしてしまっています」
不公平だと、そう思う。だって、私を救ってくれた相手に、私は何も返せていないんだもの。私の気持ちを知ってか知らずか、老女は「あら、そうだったかしら」と、とぼけたように笑い、次の瞬間には何処かへ消えてしまっていた。
「彼女はどうして私を助けてくれたのかしら」
「そりゃ、日頃の行いが良かったからでしょう。そもそも、貴女自身が多くの者を救っているのだから。貴女だって、ここへ至るまで、誰にも見返りなど求めなかったのでしょう?」
そういうものかしら。でも、こんな真っ直ぐな目で言われたら、信じるしかありませんね。