小人の家
山鳥は、どこをどう飛んだのだろう。眠りこけていた私を起こしたのは、見知らぬ青年だった。
「もしもし、生きておりますか?大丈夫ですか?」
「え、あ、誰?」
まだ、半分寝惚けたまま私が応じると、青年は「ああ良かった。お目覚めになって。さあ、傷の手当てをしますから、我が家へおいでください」と言った。そういえば、森をさまよっていた時に、あちこち切ってしまっていた。
ところで。私は今、体が拳ほどの大きさしかないはずなのに、どうしてこの青年は私と目が合うのだろう。とはいえ、この青年は悪人ではなさそうなので、ついていっても問題は無いように思った。
「では、お言葉に甘えて」
「はい。こちらです」
青年の家に向かう道中で、彼は自分が「成彦」という小人だと話した。
成彦さんの家は、小枝を積み上げたらしい造りだった。
「父さん、お客様だよ。怪我をしている様だから、手当てしてさしあげたいんだ」
成彦さんが家に入り、声をかけると、中にあった葉っぱの山から中年の男性が顔を出す。
「お邪魔します」
「ゆっくりしていきなさい」
顔立ちも声も、親子揃って優しそう。いえ、実際優しいのでしょう。見ず知らずの私を助けてくださったのだから。
成彦さんは、私の傷口に薬草の汁を塗ってくれているが、私は衣一枚な上、殿方とこのような間近で接する機会など無かったから、だんだん気恥ずかしくなってしまった。
「も、もう少しで終わりますんで」
たどたどしく言うこの人にも、照れがあったのが見てとれた。
「これで大丈夫です。この薬草はよく効くんで、きっとすぐに治りますぞ」
「どうもありがとうございます。こんなに親切にして下さって」
「いえいえ。気にせんで下さい」
成彦さんは気さくな人らしく、すぐに打ち解けることが出来た。そして、私はここに至る経緯を、成彦さんは病気のお父様と二人暮らしである事などを話した。
この日、私は成彦さんの家に泊めて貰うことになった。
「さて、そろそろ晩飯の用意をしましょう。すぐ作りますんで」
そう言う彼の手つきは、実に危なっかしいものだった。見ていられなかった私は、思わず口を挟んだ。
「あの、良かったら私に作らせて貰えませんか」
「えっ?」
「今日のお礼をしたいのです。傷の手当てをして頂いた上に、一晩おいて下さるわけですから」
成彦さんは少し戸惑ったようだったが、「それじゃあ、お願いします」と私の申し出を受け入れてくださる。
出来上がった料理に、二人は歓声を上げた。
「今日はご馳走だよ、父さん」
「いやぁ、嬉しいねぇ。成彦は食材を採ってくるのは得意だが、料理の方はからっきしだからな。ああ、私の分は特に柔らかくて食べやすそうだ。助かるよ。ありがとう」
「良かった。でしゃばってしまったのではないかと心配してたんです」
私がそう言うと、二人は「とんでもない」と手を振った。
「優しくて料理上手、気も利いて謙虚。なんて良いお嬢さんだろう。どうだろう、木立さん、家の成彦をあんたの婿に」
「な、何を言い出すんだい」
「そうですわ。成彦さんのような素晴らしい殿方なら、もっと良いご縁がおありでしょう。私なんか、全然。鈍臭いし、綺麗でもないし」
姫様のお陰で、いつもは顔の事などを気にならないけれど、やはり、いざとなると考えてしまう。
「そんな事ありません。大事な姫さんの為に傷だらけで頑張ったのでしょう?木立さんは勇敢で……きっ、綺麗です」
裏返る声で叫ぶように成彦さんが言った。
「私が、綺麗?」
「はいっ」
思いがけない成彦さんの言葉に、私は嬉しくなった。他の人が言ったなら、私はきっと否定したでしょう。でも、彼の言葉はお世辞でも嫌味でも無い。それが分かったから、この人となら幸せな結婚が出来るのではないかと、恥ずかしながら思った。