山鳥に連れられて
「日が落ちるまであとどれくらいかしら。どのみち、あまり丁寧に縫っていられないわね。多少針目が揃わなくても、着られさえすれば良いわ」
そう思って、ざくざくと、布を大急ぎで縫い合わせていく。すると、まばらだった縫い目が勝手にどんどん揃っていった。
「布だけでなく、針と糸にも不思議な力があるんだわ」
私は、これまでで一番大雑把な針仕事をした。なのに、仕上がりは丁寧に縫った時と、全く遜色が無い。いただいた針と糸の不思議な力のお陰で、とても早く袿が完成した。まだ、日が落ち切っていない。老女に言われた通り、暗くなる前に完成させる事が出来た。
私は早速、完成したばかりの袿を羽織る。大きな期待込めて。
「今度は何が起こるのかしら?」
辺りを見回すと、先ほどまでとは景色がまるで変わっていた。大きな岩が転がっていたり、鍔も柄も無い刀が落ちていたり。でも、すぐに気付いた。岩はただの小石で、刀は針。私は今、とても小さくなっている。
纏っているのは紅梅色の袿だけ。元々身に付けていた衣は、縮まないみたい。どうりでお腹が寒いと思ったわ。
「確か次は、穴に最初に飛び込んできたものに乗るんだったわね。一体何が飛び込んで来るというのかしら」
穴の縁に腰掛けて待っていると、突然、数えきれないほど沢山の鳥が、穴の中へ吸い込まれるように飛び込んできた。あっという間の出来事だったが、最初に入ってきたのが山鳥だったのを、私は見逃さなかった。穴の中を見渡すと、山鳥は一羽しか居ない。
「あなたが最初の一羽ね。今、とても困っているの。乗せて貰えるかしら」
こちらの言葉がわかったのか、山鳥は私が乗れるよう、身体を低くした。私が山鳥の背によじ登ると、大きな翼を広げ、穴の外へと飛び立った。
「これで帰れるのね」
崖よりも高く飛んでいるのに、ちっとも怖くない。むしろ、吹き渡る風が気持ち良いくらい。鳥達は、いつもこんな景色を見ているのね。そんな事を思いながら下を見ると、例の大男がいた。
「崖を降りてる。本当に危なかったのね。間に合ってよかった」
老女に急かされるまま袿を縫ったけれど、言いつけを守って正解だった。私が崖を降りた時は、随分時間がかかったけれど、大男は簡単に降りて行く。
もし今もあの穴にいたら、私はどうなっていたのかしら。姫様の振りをするつもりでいたけれど、もしかして、食べられていたのかしら。
大男が穴に入ろうと、足をかける。すると、穴に残っていた鳥の大群が、大男に襲いかかった。
「何だ、お前達は。おいっ、やめろ!」
不安定な足場の上で、鳥達が大男の視界を奪った。大男は、鳥達を振り払おうともがく。鳥を叩こうとしたり、身体を揺すって振り落とそうとしたり。でも、その全部が失敗に終わった。
「しまった。う、うわああああああっ!!」
体勢崩した大男は、足を滑らせて真っ逆さま。まともな着地が出来ぬよう、鳥達が最後の猛攻を仕掛けると、大きな音と共に、大男の叫び声が消えた。
大男の呆気ない最期を見届けた私は、安堵と山鳥の温かい背中によって、とうとう眠りについてしまった。