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姫に貰い、姫に捧げる勇気


 「木立、木立やい。いつぞやの袴のお礼です。これで袿を縫ってお召しなさい」

 「待って下さい」


 立ち去ろうとする老女を呼び止めようと、御簾の外に出るも、彼女の姿はもう無かった。足元には、朽葉色の布が置かれていた。


 「もしかしたら、また何か不思議な袿が出来るかもしれない」


 そう思って、私は直ぐに袿を縫うことにした。


 「出来たわ。早速着てみましょう」


 袿を羽織り、鏡を覗くと、そこには部屋の景色ばかりが映って、肝心の自分がどこにも居なかった。顔の前に手をかざしたり、自分の身体をあちこち眺めて確認したところ、自分の姿が消えてしまっていることがわかった。


 「これなら、誰にも見付からずに済むわ」


 私は萌黄の袿を着て、その上から朽葉の袿を羽織った。そして私の不在を不振がられないよう、物忌みを装う。物忌みなら部屋に篭り切り。私の姿が無くても、きっと大丈夫。


 私は早速、森へと向かった。


 「さあ、大男の住み処を探さなくてはね」


 そうは言っても、広い森のどこに大男がいるのか、探す手立てが無い。困りながら辺りを見回すと、小川が流れているのが目に入った。


 「そういえば、大夫様が川岸に連れて来られたと仰っていたらしいわね。他に情報も無いことだし、川に沿って進みましょう」


 小川を遡るように進んで行くと、どんどん道のりは険しくなっていった。小川と思っていた川も、途中で別の川に合流し、激しい音を立てていた。衣はびしょ濡れで、身体中傷だらけになりながらも、なんとか前に進んで行く。


 歩いて歩いて、とうとう日付まで変わって、朝日に目が眩んでいると、ついにそれらしい小屋を見つけ出した。周囲には、見たことのない獣がうじゃうじゃ居て、地面には士達が大勢倒れていた。


 「なんて事かしら。皆亡くなってしまったの?」


 今まで、こんな恐ろしい光景を見た事があっただろうか。しかし、怖がってばかりもいられない。


 「早く姫様を探さなきゃ」


 姿を消しているとはいえ、相手は恐ろしい異形の獣。音を立てぬよう、慎重に小屋へと近づく。


 息を殺し、やっとの思いで小屋に辿り着くと、今度は小屋の中に入る方法がわからない。


 「開いている扉でもあれば良いのだけど」


 小屋の裏へ周ると、そこは切り立った崖。危うく落ちそうになったのを、私はなんとか堪えた。


 「……り……たい」

 「今、何か聞こえたような……?」


 気になった私は、崖下覗き込んだ。見れば見る程険しい崖。思わず目を背けそうになったその時。岩壁に横穴があるのを発見した。さらに岩壁には、木材が何本か打ち込まれている。


 「もしかしたら、この木材はあの穴へ向かう為の足場かもしれないわ」


 私が崖の周囲を調べていると、先ほどかすかに聞こえた音が、今度ははっきりと届いた。


 「帰りたい、帰りたい……」

 「姫様だわ!あの穴にいらっしゃるのね」


 私は岩壁の木材に恐る恐る足をかける。木材と木材の間が、思ったよりも広い。あの大男が足場にしていたのなら、この幅で十分なのだろう。


 最後の木材に足をかけると、穴までの距離がかなりあった。一応、穴の下側は岩がせり出していて、足場らしき物が備わっている。けれど、どうしたって私の足は届きそうにない。


 「飛び降りるしか無いわ。でも、もし失敗したらどうしましょう」


 穴の位置は崖の中腹。それはつまり、今降りてきたのと、同じだけの距離が、穴と地面の間にあるということ。


 「落ちたら、死んでしまうかもしれない」


 でも、ここまで来て、諦めるなんて出来ない。穴に近付いたことで、姫様の泣き声が絶えず聞こえてくる。


 「そうよ、姫様の居ない生活より寂しい事なんて有りはしない。きっと死ぬことよりずっと怖いわ」


決意して、私は岩穴目掛けて飛び降りた。


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