第二話 電波受信せず入学式が始まる。
遅くてすいません。
本当にすいません。
「ねぇあなた、ここが何処か知らない?」
「――ここは教員用校舎の五号棟ですよ」
――――なんて、すぐにでも答えることが出来ればどれだけいいか……。
俺は自分の自己評価は自身が無いと言ったが、…………無いとは言ったが、直感というか、予感というか……面倒事に関してのカンというのには妙に自信があったりする。
勿論根拠なんて無い。ただ、なんとなく嫌な予感がする、それだけだ。
まぁ、なんと言えば良いか……この人と話したらとても疲れる、ような気がするのだ。
肉体的疲労と精神的疲労を同時に与えてくる気がするのだ。
なんかもう、めんどくさいとかうざいとか鬱陶しいとか、そんな心の許容量を遥かに越えて、逆にクセになってくるような態度で俺にあたりそうなのだ。
いやクセになるってそんなの嫌だけど。
このまま無視を続けようかと考えたりもしたが、それはそれで駄目な気もするので(というよりは俺がただ単に、なんとなく抵抗感があるから)、簡単に済まそうと決意する。
だとすれば一言で済ませば良いだけだ。別にここから動く必要もない。
おそらくは。多分。きっと。
よし、と心の中で気合いを入れ、口を開く。
「それ俺に言ってます?」
とりあえず確認した。もしかしたら自分に言ってはいないのだと、そんな淡い期待を抱きながら聞いた。身体の向きは動かさず、花壇を見ながらそう言った。
「いいえ、あなたには言ってないわ」
その声は俺の背後から聞こえた。
返答の声は高く、凛と澄んだ声なので女性だろうか。
花壇から目線変える気はないので、そのまま返す。
「そうですか。勘違いしてすいません」
どうやら近くに生徒か教師でも居たのだろう。はっきりと、俺に言ったのでは無い、と返したので謝っておく。
良かった。ここで答えてたら恥ずかしい目に遭ってた。
俺は安堵し、花壇に植えられた色とりどりの花に意識を向ける。
――――…………いや、ちょっと待て。俺に言ったんじゃないなら、何で躊躇いや驚きも無く返事をしたんだ?
まさか、と、そんな予感が当たったのか、俺が返事をした後瞬時に
「あなたの魂に聞いたのよ」
と、訳の分からないことを言った。
――――…………どういうことだ? え? ど、どういうことだ?
意味が分からない。
おそらく顔に出ているだろう動揺が治まらない。
女性の方には顔を向けていないので、俺の動揺が分かることはないと思うが……。
とりあえず返答する。
「……俺ですか?」
「あなたじゃないわ」
やはり俺ではないらしい。
「では誰に……」
「私はあなたの魂に聞いているのよ」
…………………………
「…………どういうことです?」
思わず振り向き、返答した。
そこにいたのは確かに女性だった。彼女は黒縁の眼鏡かけ、ブロンドの髪をうしろで二つにまとめたツインテールの女性だ。
服装はこの学園の指定の制服なので、ここの生徒なのだろう。パッと見、賢そうな雰囲気がある。
その彼女を見ていると、ふと、一つの疑問を抱いた。
――――あれ? 制服のリボン、俺が知ってる色と違うな。新入生じゃないのか? というか、誰なんだ?
と、俺が思ったのも束の間、その女性は口を開いた。
「……あ。そういえば自己紹介まだだったわね。私はここの生徒、サポート科二年の峰穣 豊実。大事なことだから二回言うわ。ここの生徒よ」
急に自己紹介されても戸惑うんだが。しかも先輩だった。
というか、
「いや、そんな念押しみたいに言わなくてもいいですけど……」
何故二回も言ったのか。
俺が喋ると女性はまたもやこう言った。
「貴方には何も言ってないわ。私は貴方の魂に言っているのだから」
と。
――――いや、それがどういうことなのか分からないんだって。
先程、峰穣と名乗った女性――――先輩は、抑揚なく淡々と言葉を放っていく。ここの学校の生徒だということ、先輩だということは……まぁ理解できたが、いまだ俺の心の中にある現状把握スキルがまだ仕事をしていないので、何も出来ない。にも関わらず、先輩はまた口を開き、すらすらと言葉を発した。
それも、文脈が全く繋がってないのにも、だ。
「あ。あと説明しておくけれど、魂っていうのは心の更に奥底、誰にも、何にも掴めないようで、その実簡単に、あっさりと掴めるような、そんな不安定な物質のこと。魂っていうのはそれほど存在性が不確かなものなのよ。私はそれが見える。何より信じれる。だから私は常にそれに話し掛けるようにしているのよ。だって裏切らないし嘘もつかないもの」
分かった? と、先輩は最後にそう言った。
どこからどうなってそんな話になったのか。
以前読んだ小説に、こう言った突拍子もなく支離滅裂で滅茶苦茶な話をする登場人物がいたことに覚えがある。その人物は電波系と称されていたはずだ。
ということは。
目の前の先輩を見つめる。
俺が見つめていることに気がついたのか、何か動作をする――――――――と思っていたら、
「私は一般人よ。一般生徒の先輩よ」
淡々と、先程と同じ調子でそう言った。
電波系少女とはまさにこのこと。
自己紹介の話から急に魂の話になり、俺の頭の中は複数のプラグが何重にも絡まったようにこんがらがっている。
実のところ、話していることは――――まぁ、約七割理解できてはいたのだが、あまりの脈絡のなさからどう反応を示せばいいのか分からない。
反応というか、先輩にどう接すればいいのか分からない。
そもそも、最初に先輩が言っていた「ここは何処?」の質問も返せていない。
あぁ、もう。
頭の中がごちゃごちゃしてきた。
整理したいけれど、頭が回らない。
――――魂に聞くとか言っていたが、それだと『魂も答えを言う』、ということになるんじゃないのか? どうやって魂が答えるっていうんだ。『ここは五号棟教員用校舎です。』なんてどう伝わるって言うんだ。超能力者じゃないんだ俺は。
彼女の言う“魂”というのが理解出来れば、俺もなんとか出来るかもしれないと思ったが、如何せん出会ったばかり、しかもいきなりのことだから全く分からない。
冷静に考えることも出来ない。今パッと思い付いたのは、明音が帰ってくるまで放置しておくか、立ち去るかの二択だけだ。
――――……ろくな答えがないな。
本当、どうすればいいっていうんだ。
どうすれば、先輩は教員用校舎から離れるんだ?
小さく唸りながら、頭を抱える。
面倒過ぎてたまらない。
こんなことになるのなら、明音ついていくか先に教室に向かっておけばよかった。
そんなことを考えるも、もう遅い。
そんな時だった。俺の正面にいる先輩が、口を開いた。
「――――あら、そうなの。感謝するわ。じゃあ私は失礼するわね。……また道を間違ったみたいね。複雑だわ、この学校」
そんなことを言いながら、先輩は離れていった。
「……何だ…………?」
――――『また道を間違った』と、彼女は言っていた。
いや、まず俺は何も喋ってはいなかったのに、勝手に納得して歩いていった。
しかも何故か感謝された。
結局のところ、先輩がなんなのか理解できないまま、電波系少女と言う印象だけを残して去っていった。
その数分後、明音が少しテンション高めで戻って来た。
「戻ったよー。さぁ征成君、いきなりなんだけど私からのラヴーなレターを受け取って…………あれ、どうしたの? そんな死んだような顔して」
「――――あ、……いや……なんか、いきなり面倒事に遭って疲れただけなんだけど…………」
……………………
…………………………ん?
今、なんて言った?
「明音、ちょっと、さっきのセリフもっかい言ってみて」
「さぁ征成君! 私のラヴーなレターを受け取っムグゥ!」
俺は咄嗟に明音の口に手を当てて先の言葉を塞いだ。
呆れたように溜め息を吐き、俺はいかにも疲れたような表情を作った。
「ちょっと今は勘弁してくれ。精神的に疲れてんだよ。今そのノリは無理」
「ふぁ、ほう? はひはふぁっふぁほ?」
「話すの面倒だから勘弁な…………」
――――……本当になんだったんだろうな……あれ…………
「早く教室に行きたい。とりあえず頭を休ませたいんだよ」
「頭痛かな? 保健室寄る?」
「問題ないから、安全地帯優先で頼むよ……」
精神的に疲れ、何もかもが面倒くさくなってきいる。これ以上面倒事は御免被りたい。
教室なら面倒事も無いだろうと思い、安心を求め、教室に向かっていった。
向かう途中で主だったことが何もなかったことに、俺は安堵した。
●
教室は四階あった。生徒手帳に書いてある地図を見ながら階段を登り、長い廊下を歩いていく。
既に何人かの生徒ともすれ違っており、大体が前からの友達同士なのか、複数人でいる。
勿論、時間も時間なので、校舎内の生徒も多いのだろう。自分の教室に入ったときには大体の机が埋められていた。
教室内の雰囲気はさほど悪くはない。机は新調されているのか真新しく、室内も掃除が行き届いているのかとても綺麗だ。
また、正面は白板であり、天井の真ん中辺りにはプロジェクターが備えつけられている。
よく見てみると白板に何か紙が貼られていたが……それを指摘するよりまず、明音が口を開いた。
「席って自由なのかな?」
「正面の白板に紙貼ってあるけど……あ、これに書いてあるじゃ…………え!? 俺一番前じゃん! マジかよ!」
新入生が座る席は、どうやら名前順で決められているみたいで、俺の席は一番前の正面向かって右端にあった。出入口近くの席だが個人的には最悪な位置だ。
一番前でもあるし。
俺の反応を見て、明音は露骨にいやらしい笑みを浮かべた。
「ふっふーん! これは私の勝ちみたいですなぁ。どれどれ、私は征成の不幸を後ろの席で高見の見物と…………え、私も一番前なの? しかも征成の隣? 嘘ぉ!?」
どうやら明音も俺と同じで一番前らしい。
他人の不幸を嘲笑おうとした明音に向けて、俺も露骨に調子に乗り出す。
「ふはははははぁ!! 貴様も道連れだぁ! お前だけにいい気分は味わせねぇよ!」
「こんなの……こんなのって無いよ! 謀ったね征成ぃ!」
――――いやこれはただ単についてないというか、俺のせいじゃないんだが。学園側のせいなんだが。
だが、抑えきれず、俺は言った。
「これが運命というやつだよ明音! 俺じゃない、神がお前を見離したんだ!」
「うわぁ――――ん!」
「ふははは――――!!」
「あの」
背後から突然声をかけられ、俺と明音は声が止まり、一瞬心臓と身体が跳ねる。
振り向き、声を発した人物を確認する。
明音と同じくらいの身長差で、茶髪の男子であった。距離的に俺の方が近かったので、俺を見上げるようになっている。
「どうかしましたか?」
声に答えたのは明音だ。
「僕も自分の席が知りたいので。退いてもらっていいですかね?」
「あ、それはすまない。すぐ退くよ」
そう言って、俺は一歩引いた。
その男子生徒は、ちらりと紙を見るとまた俺達に向けて視線を戻した。
「もう少し周りの迷惑というものを考えて下さい。義務教育はもう終わっている筈ですよ」
おぉう辛辣……。
とりあえず明音と一緒に謝罪をしておく。
男子生徒は「謝るくらいなら最初からしないで下さい」と最後まで辛辣に言うと自分の席であろう場所へ歩いていった。
俺と明音も自分の席へ向かう。
……なんというか、色々疲れていたのかもしれない。
気が付けば俺は寝ていたらしい。朝、授業開始のチャイム鳴ると同時に、隣に座っている明音に身体を揺すられ、目を覚ました。
精神的にだが、本当に疲れていたみたいだ。
寝ぼけ眼で前を向くと、ちょうど教師が入ってきた。
赤色長髪の女性教師だ。結構美人なのか、入ってきた瞬間後ろの方から男子生徒の歓声が聞こえた。
女性教師は教壇に立つと、口を開いた。
「おはようございます。今日からあなた達一年二組の担任になります、碧皇 純乃と言います。宜しくお願いします」
一度、女性教師――――碧皇先生は白板に自分の名前を書くと、また話始める。
「諸連絡や個人個人の自己紹介等はまた後で。まずは数分後、おそらく八時四十分頃にくる放送で、五号棟特別講堂に向かいます。順番は名前順でお願いしますね。そこで入学式を執り行います。また、別行動をとる生徒は事前に教師に連絡を。では皆さん、しばらく静かに待機でお願いします」
碧皇先生はそう言うと、側に置いてある椅子に座る。
碧皇先生が言い終えると同時に、周りが少しざわつき始めるが、気が抜けたのか、俺はまた眠くなってきた。
意識が消える前に「明音、後で起こしてくれ」と、隣に声をかけておく。
「え、ちょっと、征成? どうせすぐに起きるんだから今寝なくても――――……」
そのあと、やはりすぐに起こされることになるのだが、完全ではないものの充分目は覚めたので、明音に軽く御礼を言う。
スピーカーから放送が流れ、体育館に向かうよう指示が出されると、生徒達は続々と廊下に並び、俺は欠伸をしながら講堂に向かって行った。
戦姫神学園、入学式が始まる。
●
五号棟校舎、特別講堂に向かう途中、その廊下にて。
俺の後方で生徒の波に混ざりながら歩いていた明音は、思い出したように呟いた。
「…………あ、征成に先生からの連絡伝えるの忘れてた」
周囲の生徒達の喧騒から、俺はその声に気付かない。
碧皇 純乃。 任期四年目。生徒からの人気は高め。主に女子から。
――――主に女子から。




