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ヴァルキュリヤの英雄  作者: 古紫 真咲
第一章 今日から高校生! 運命の始まりと面倒な出会い
3/5

第一話 それは入学式前に起こった面倒事なんです。

遅くてすいません。本当にすいません。


2017/10/6

流れに納得がいかず、大幅に改稿。申し訳ございません。

 いつも通りの日常が一番である。

 事件なんて、勘弁してくれ。


 ●


 マンションの四階から一階のフロントまで降りる。

 その際、すれ違う人達に対して挨拶を必ずする。当たり前のように思えるが、実際見ず知らずの他人に対して挨拶は普通しないだろう。

 だが、このクセは、このマンションで暮らし始めた頃に覚えてしまった……というか、付けられたものだ。

 と、いうのも俺の恩人かつ友人である秕明音(しいな あかね)がすれ違う人すれ違う人に片っ端から挨拶をするのが原因だ。外に出掛けるときは大抵俺も彼女のすぐ近くに居るので、必然的に…………というか、やらないと彼女と対称的に態度が悪くみられてしまうと思われそうだからだ。

 勿論そういった誤解は嫌だし、俺も他人に対しての失礼は駄目だとは思う。

 しかし、関わったこともない赤の他人とはあまり話したくはないのだが、彼女と一緒に居れば挨拶しないといけないような気がしてならないのだ。

 仕方なしに挨拶しているように思えるが、そういう意味で言っている訳ではないので、勘違いはしないで欲しい。

 ただ、挨拶をしているお陰か、このマンションに住んでいる人達からは大体好印象を持たれていると分かった時は、まぁ嬉しかったのは嬉しかった。

 結果オーライと言うやつだ。多分そうだ。

 そこら辺は明音のコミュニケーション能力に感謝するべきだろう。


「今日も皆元気だったね」

「そりゃ、朝から美少女が元気良く挨拶すりゃあ、釣られて相手方も元気に返すさ」


 数人程すれ違い、挨拶をした。

 すれ違った人全員、照れたように返していたが、挨拶を返された本人は気にしていないみたいだ。

 俺もしっかりと挨拶はした。

 返事こなかったけど。


 ――――これだから美少女は恐ろしい。


「わぉ。まさか征成が私を『美少女』なんて言うとはね」

「じゃあ他に何て言えば良いんだか」


 俺の隣を歩く彼女――――秕明音ははっきり言って誰から見ても美少女だろう。

 肩まで伸びた薄い透き通るような桃色の髪に、整った顔立ち。身長に合わせた絶妙なプロポーションは見る人を魅了することだろう。

 俺がモブキャラなら間違い無く惚れている。

 女性なら嫉妬する。


「ん? 『令嬢』とか?」

「……否定出来ないのが何か嫌だわ」

「えへへ」

「照れんな」


 軽く頭を小突く。

 エレベーターから一階に行き、マンションから出れば、周囲は一気に騒がしくなった。

 大都会。それが当てはまるだろう。

 ガラス張りの大きな建物が大半を占め、街道が幅広く、道路には路面電車も走る。

 道行く人々はまるで祭りでもあるかのように大勢であり、商業だって盛んだ。

 しばらく歩けば路面電車の駅が見える。

 学校まで徒歩では遠いので、登校時間短縮のために利用する駅だ。




「――――で、明音は新入生代表と」


 明音の話を聞き、俺はそう言葉を返す。

 現在は路面電車の駅で到着待ちといったところだ。その間にこれから行く学校への会話を適当に行い、時間を潰している。

 周りには何人か俺達と同じ様に路面電車を待っている人達がいた。

 すぐ近くで路面電車の到着時間を確認している明音は、別段緊張感も無く言葉を返した。


「そう。だから新入生代表の挨拶もしなきゃならなくてね。読み上げる用紙はもう学校側に送ってあるから、あとは入学式前までに先生方に挨拶と文書の誤字脱字確認。あとは段取りとか流れの確認かな? ――――でもまぁ、大変なのは確実だよね」

「確かにそうだな……。で、良かったのか? 俺に時間合わせてたみたいだけど、余裕あんの?」

「心配はいらないよ。『新入生代表』って決まった時から大体の準備は学校側と相談して動いてたからね。時間的には八時半前に着けばなんとかなるって」

「へぇ。親しい人間がとても優秀で嬉しいね、俺は」

「そういう征成だって学校の方で成績上位者特権の『教材費免除』の権利受けてたじゃない」

「まぁ、秕家には世話になってるからね。これくらいは当然やらんと俺の心が重圧で潰れる」

「主に罪悪感で?」

「主に罪悪感で」

「南無三」

「それ俺死んでねぇ?」

「あはは」


 俺は幼い頃に秕明音の家族に救われた恩があるし、世話にもなっている。

 それは今でも続いている。

 当然、俺でも何か返せる物でもないかと考えた結果、辿り着いたのがこの『成績上位者特権』という訳だ。

 この『成績上位者特権』は、入学時の戦姫神学園で行われた入学試験における成績上位十人に特別に許可される権利である。

 選ばれた人は、合格発表日の当日に学園から直接連絡が来るのだ。

 順位に関しては、知りたい人だけ知ることが出来るよう学園側に申請する必要があるが、特に気にする事は無いだろう。

 順位なんかに興味はない。

 点が高く取れればいいのだ。


 ――――俺の気持ち的には現金渡して恩返ししたいんだけど……バイトもしてないし、金もないしな…………――――


 と、そんなこと明音と話しているうちに、路面電車が来た。


「人多いな」

「降りる人もいるだろうし、少し空くと思うよ?」


 確かに少し降りる人はいたがそれでも車内の人は多い。

 それでも迷わず入り、車内で明音と一緒に端に寄る。

 学園前駅まで数十分。どうやら学園に着くのは八時過ぎになりそうだ。


「うおっととっ!」

「きゃっ!」


 元々車内が満員近かったのか、少し人が入るだけで身体を押される。

 それでつい、明音を巻き込んでしまった。

 女の子らしい小さな悲鳴を上げて、壁に寄せられる。


「悪い、明音」

「大丈夫大丈夫。仕方ないよ」


 ――――この状態が数十分続くのは流石に嫌だな。っと言っても、どうしようも無いんだけど…………


 壁際――――というより、入ってきた入口際に寄せられ、明音に接触してしまっている。

 何か恥ずい。

 社会人の皆さん、早く降りてくれ。


 そんな想いが伝わったのか、数分経って途中の駅に止まり、数十人降りてくれたお陰で余裕が出来た。

 降りたほとんどの人が社会人だったので、おそらくだが、この駅の近くに働いている会社でもあったのだろう。

 一息吐いてスペースを確保する。


「人が多いと落ち着かねぇわ、やっぱり」

「それだと入学式とか大変じゃない?」

「入学式だと大体統率執れてるから大丈夫」

「なるほど。ごちゃごちゃしているのが嫌なんだね」

「そゆこと」


 面倒だからね。


 最初に電車内に乗ったときと比べて、時間が経つにつれて窓から見える景色に学生服が増えてきた。

 おそらく俺達と同じ学校の新入生や在校生だろう。

 ――まぁ、俺達の乗っている路面電車内にも数名ほどいるんだけれど。

 俺達と同じ様に、少し遠いところからでも通っているのかもしれない。


「そろそろ見えてくるんじゃない?」


 車内の様子も見えやすくなって、明音が軽く言ってくる。

 そういえば車内で過ごす時間も数十分と経つ。


「超マンモス校って言われてるだけ、敷地も学校もデカイらしいしな。確かに、建物の影くらい、もう見えてもおかしくないと思うけど……」


 窓の外をキョロキョロと覗く。

 どんな形なのだろうか、戦姫神学園というのは。


「そうだね…………あっ」


 と、窓の外を見ていると、不意に明音が声を上げた。

 それは、驚いたような、何か大変なものでも見つけたような声で。


「どうした?」

「ねぇ……あれ…………」

「ん……? …………! おいおいおい……」


 運転手近くの入口を見れば、俺達と同じ制服を着ている女子生徒がいる。座れる場所が在るのに、何故か立ったままだ。その近くには二人ほど社会人の男性が居た。一人は座っている寝ているが、もう一人は女子生徒の隣に辺りに居り、同じ様に立ったままだ。

 そこだけ見れば特におかしな様子は無いが、良く見てみると一人の社会人の男性がその女子生徒の下半身に触れている。具体的に表現するのは気が引けるので、控えめに言わせてもらえば、男性が痴漢をしていた。


「どうしよう……助けた方が…………」

「いい方が決まってる。……けどなぁ、多分だけど、俺が行ってもしらをきられると思う。『言いがかりだ』ってさ」

「じゃあ私が行って止めてくるよ!」

「いや、ちょっと待て」


 身体を痴漢している男性に向け、今にも突っ掛かりそうな勢いの明音を止める。


「ああいう人種ってのは捕まえても後々面倒になるんだよ。自分の欲望に歪に素直だからな。逆恨みでもされてたらたまったもんじゃない」


 自己中心的な人間は他者の心持ちなんて考えない。

 そういった人間はこれまでも見てきている。

 それは明音も同じだ。だからなのか、彼女は嫌そうな表情を浮かべる。


「うへぇ。確かにそれは嫌だね」

「まぁでも、それとなく、ただあの子を助けるだけならいい方法がある」

「うーん。あんまり納得しないけど、そういうなら自信が有るんだよね? じゃあ、従うよ」

「――――なら、ちょっと声を張って貰いたい。ただそれだけの簡単なお仕事だから」


 そう言って、俺は明音にその方法を説明する。

 早く助けるためにある程度説明を省いたりもしたが、それでも明音は理解する。うん、と明音が頷くのを確認すると、俺は早速行動を開始した。

 まずは大きく息を吸い込む。

 それから――――――


「ええっ!? それってマジかよ!?」


 思いっきり叫んだ。

 気持ち的には、この電車内の人々全員を驚かすつもりで、だ。

 当然電車内の誰もが俺に向けて視線を向ける。勿論、俺はその瞬間を逃さない。


「大丈夫だったのかよそれって……。この電車で痴漢に遭ったんだろ?」

「ううん、大丈夫じゃないに決まってるじゃん! 出来ることならもう二度と乗りたくなかったよ! だってこの電車で痴漢に遭ったんだよ? 今もこの電車にその痴漢男が乗ってると思うと、鳥肌が止まらないよ!」


 一度、俺は痴漢している男性の方を見る。

 予想通り、その男性は少し慌てていた。既に女子生徒からは手を離し、見るからに怪しい位あたふたしている。

 よし、あの女子から男性の触れていた手を離せた。


「ん? 待てよ? 痴漢男っていうことは、お前はその痴漢野郎を見たってことか?」

「うーん。確かに見たのは見たんだけどね、その時は人がいっぱいいて良くは見えなかったんだ!」


 俺は今見た情報を誰にも聞こえないように、軽く明音に伝える。

 明音は一つ頷く。


「……でもどんな感じだったのは覚えてるよ! 灰色のスーツで身長が百八十センチ近かったかな、あと結構がっしりしてて右手に腕時計着けてたんだよ! ……あっ! ほら、丁度あそこに居る人みたいな感じだったよ!」


 そう言って痴漢していた男の方を指差し、驚いたような様子で彼等を見つめる。

 わざとらしい位に「そっくりだね~」と言って、俺の方を向いた。

 周囲の人々は、一瞬にして俺達からその男性に向けて視線を変える。男性は未だ慌てた様子だ。「自分は何もやっていない」と、見せびらかすように両手を上に上げ、顔を横に振っている。

 ここまでは良好、上手く理想通り進んでくれている。

 そこで、明音が気付いたように声を上げた。


「あっ、あそこに居るのは…………おーい! 久し振りだね! 二年ぶり位じゃない?」


 そう言って明音は、痴漢の被害を受けていた女子生徒に向けて駆けていく。近付くと、その女子生徒の両手を取り、こちらに戻ってくる。


「えぁっ、えっあのっ」

「いや~まさかこんな所で会うなんてねー。運命とは数奇なモノって言うらしいけれど、ここまで数奇だと私としても中々におかしいなーって笑えてきちゃうよ。あっ丁度ね、征成もいるから久し振りに挨拶しておきなよー」

「あのっ、私、その、」

「ほらほらー久し振りの再会なんだからさ、もっとテンション上げなよー。もしかして、そんなに嬉しくなかったりした? そうだとしたらゴメンね?」


 明音が女子生徒を俺の目の前まで戻ってくると、彼女の手を離す。

 そして、真っ直ぐと、彼女と視線を合わせた。


「――――でもさ、見つけちゃったから。君が困っている所を」


 ゆっくりと、明音は穏やかな声色で目の前の女子生徒に語りかける。


「見ず知らずの私達が、勝手に君をここまで連れて来ちゃって困惑してるかも知れないけれど、でも、居ても立ってもいられなかったから、ね。――――だって、君、痴漢されてたでしょ?」


 そう言われた女子生徒は、驚愕したように目を見開いた。

 その後、何か張り詰めたものがほどけたのか、手が震え始め、顔俯かせる。


「……まぁ、とりあえず、一段落は着いたかな? ……一応念のために聞くけど、大丈夫か?」


 そう彼女に話し掛けてみるが、こちらの言葉に身体が反応はするにしても、返事はこない。

 俯いているせいか、長い黒髪が顔を隠し、うまく表情が読み取れない。

 だけど、泣いていることは分かった。

 やはりというか、まだ話しかけない方が良いのだろうか。


「……あ、……あの、わ、私…………」

「……良いよ、ゆっくりで。急いでいるわけでもないしさ、落ち着くまで私達も待つよ。落ち着いてから話しよっか」


 明音が穏やかに話を進める。

 その判断は適切だと思うし、俺も頷いて同意する。


「それじゃあ落ち着くまでは、俺は適当に周囲の様子でも見とくわ」

「うん。じゃあこっちは任せて貰っていい? ほら、女の子同士の方が色々と過ごしやすいと思うし」

「了解。じゃ、任せた」


 さてと。

 周囲に視線を向ける。どうやら他の人は特に気にすることも無いと思っているのか、それぞれ目線はバラバラだ。窓の外を観ている人もいれば、目線を下に落としデバイスを触っている人もいた。

 痴漢の男性の方を見れば、どうやら自分が怪しまれているとでも勝手に思っているのか、居心地悪そうに佇んでいる。

 多分もう面倒事は起きないだろう。そう信じたい。


 ――と、考えていると、明音がいる方から震えている声が聞こえた


「あ、あの、もう、大丈夫、です。そこまで、し、していただく、なんて、あ、あなた、方、にご迷惑を、か、かけ、過ぎて、し、しまいます……」

「――そんなこと、ないですよ。」

「そ、そんな、私、だって、げ、原因は、私で…………」


 黒髪の女子生徒の声は泣いているせいか途切れ途切れになっている。

 そんな彼女に、明音は微笑みながら言う。


「いえ、あなたは何も悪くないですから、そんなに自分を責めないで下さい。むしろ本来なら謝るのは私達の方なんです。君が痴漢に遭っているのに、すぐに助けに向かわなかった私達に非があります」

「そ、そんな、こと、ないです。だって、私が、誰にも、何も言わずに、助けを呼ばなかった、から、あなた方に迷惑かけて、それに、不快にさせて…………」

「……それこそ、そんなことありませんよ。私達は、ただ、居ても立ってもいられず、君を助けたかっただけですから。本当に、無事で良かったです」


 そう言って明音は笑顔を見せる。

 それを見て、黒髪の女子生徒も少し安心したみたいだ。


「あの、――――ありが、とう、ございます……!」


 黒髪の女子生徒は、少し涙を溢しながら笑顔を浮かべる。

 とりあえず、現状は良しってことで。

 俺も笑みを浮かべた。




 ●


「とりあえず、落ち着いた……ってことでいいのかな。しっかし、流石明音、主人公みたいだったぜ?」

「その台詞そのまま君に返すよ。そもそもこの方法、思い付いたの征成でしょ。征成が言ってた通り、私じゃ愚直に行って面倒なことになってたと思うからね。でもまぁ、そういわれると少し照れるかな。――――でも良かったよ。元気にもなったみたいで」

「確かにな」


 近くに居る黒髪の女子生徒も口を開く。


「あ……あの、改めて、助けて戴き、あ、ありがとうございます」

「良いって。ほっとけなかっただけだし…………って言っても実際動いて助けることが出来たの明音のお陰だから、感謝するなら俺じゃなくそっちにね」

「えと、そうなんですか? だ、だとすれば……」

「あ、いいよ、いいよ。大したことした訳でもないんだしさ。それに、君を助ける方法を考えて最初に実行したのは征成だし、お礼は征成に…………」


 明音がそこまで言うと黒髪の女子生徒が「ふふっ」と笑った。

 それからすぐに、恥ずかしそうに口を塞ぐ。


「……あ、あの、えっと、ごめんなさい。つい、とても仲が良いんだなって思って……」

「……あぁ~……あはは。まぁね。伊達に征成とは何年も…………って、そうだ。名前知らないよね、私達の。折角だから教えておくね。私は秕 明音(しいな あかね)。で、こっちが…………」

天乃 征成(あまの ゆきなり)。特に優れたような人間でもないから、気楽かつ気軽にユッキーとか天ちゃんとでも呼んでくれたらいいよ」

「は、はい。宜しくお願いします。秕さん。……えっと、……天乃、さん。私は秋海 布之(あきのみ ふの)と言います。宜しく、お願いします」

「宜しく」

「よろしくね」


 話を聞くと、黒髪の女子生徒――――秋海さんは、小学生の頃から戦姫神学園に通っているみたいだった。

 本人は元々戦姫神学園に入るつもりはなかったのだが、幼いころから暇潰しと称して勉強していたために、予想以上の学力が身に付き、せっかくなのでと親が戦姫神学園に入学することを薦め、何となく入学したらしい。

 現在は友達もたくさんいて、学校生活も特に問題もないらしく、充実しているとのことで。


「学校が楽しく感じるってのは大事なことだしな。良いことだと思うぜ」

「確かにね。私も初めて学校が楽しいって思ったとき、一日一日を大切にしたいって思えたもん。入って良かったね」

「はい。そこは親に感謝しています。薦めてくれてありがとうって」


 秋海さんは頬を赤らめ、嬉しそうに言う。

 確かに学校生活が充実していたということが、見てわかるほど表情や彼女の雰囲気に出ている。


「うんうん。でさ、ところで征成君」

「ん、え、何ですか明音さん」


 突然話が変わるように、明音が俺に話し掛ける。

 俺としては一般人としての通常通りの行動しかしていないので、急なことに多少動揺した。

 ――――俺、何か変なことでも言ったかな?


「天ちゃんとか、ユッキーなんて初めて聞いた名前なんだけど、どうしたの?」


 あ、ニックネームのことね。

 何か変だろうか。


「? いや、特に他意はないけど……それがどうかしたのか?」

「征成、今まで私以外に友達という友達が全くいなかったのに、どうしてあだ名なんかあるの? 自分で考えたの?」

「まぁ、そうだけど……」

「悲し」

「うるせ」

「あ……あの…………」


 横から、秋海さんが訪ねた。

 俺は「ん?」と返事をする。


「友達……いないんですか?」


 秋海さんは明音の「私以外に友達がいない」という発言に反応し、本当にそうなのかと疑問抱きながら俺に聞いてきた。

 俺に友達がいないことが、そんなに驚くことだろうか。


 ――――というかちょっと待って。友達はいるぞ。少なくとも一人は。


 誤解を解くように、秋海さんに言う。

 ――――誤解をしているとは思えないが、とりあえず語弊を解くように言う。


「いや、一応友達はいるから。ほら、そこの秕明音さんが」


 指を指し、「彼女が俺の友達だ」と示す。

 指された張本人である明音は、何故か笑顔で両手を使ってピースをしていた。

 お前のせいでこんなことになってんのに、何お気楽な態度取りやがってんだこのやろ。

 とりあえず後で叩こう。絶対にそうしよう。

 念のためにアイコンタクトで送っておく。

 明音の表情は少し青くなった。

 ……何かデジャブを感じるのは気のせいだろうか。


「あ、すいません。言葉足らずで」

「良い、良い。気にしてないし」


 手を横に振って、そうなのだと表す。


「でも確かに友達と呼べる人が明音しか居ないのは本当だから。小、中学校共に話した覚えがあるのは明音だけだしな」

「そ、それは意外です……」


 何か気不味い空気になりそうな気がするので、すぐに言葉を返す。

 俺自身、確かにちょっと暗いこと言ったとは思うが、流石にそこまで暗くなられると困る。

 いや、まぁ、確かに、俺のせいなんだけれども。


「そ、そういやなんで意外なんだ? 俺に友達がいな……いや、少ないことが」


 いないとは言わない。また空気が悪くなる気がするからだ。


「え、あ、だ、だって先程みたいに行動力があるのに、友達が少ないっていうのはちょっと不思議と思って…………」

「ああ、そんなことね。それは簡単なことだよ、秋海さん」


 先程から口を開かなかった明音が、急に話に加わってきた。

 横から突然もぐら叩きのもぐらのように出てきたので、びっくりしてしまった。


「明音、急に話に入ってくるなよ。驚くじゃん」

「今のは征成の事だからね。私が居ないと始まらないでしょ」

「俺自身の事なんだから俺がいても始まるわ。というか俺の方が話せるわ」

「そりゃそうだね、っと、そうだ征成の話だね」

「は、はい。すいませんがお願いします」


 そう言われて、秋海さんは何故か身構えた。


「別にそんな緊張することないよ。大した理由じゃないし」

「そ、そうなんですか?」

「うん。ただ単にひねくれてただけだったし」

「…………え?」


 あまりに単純過ぎたのか、それとも意外だったのかは分からないが、驚きを隠せず、秋海さんは目を丸くした。


「小学校入学したときからずっと本ばっか読んでたんだよ。一人で。だから周囲も近付かなくなったの。それだけ。簡単でしょ?」

「…………」

「そ、それだけ、ですか? 虐められたとか、元々不良だった訳とかじゃなくてですか?」


 秋海さんが抱く俺のイメージってなんなんだろう。

 俺ってそんなに感じの悪いオーラが出ているのだろうか。

 秋海さんが言ったことに、明音は一瞬目を見開くと、大声で笑い始めた。

 車内の人々がこちらに視線を向ける。

 それを気にせず、明音は笑った。


「あははは! それは無いよ~! 絶対無い! 征成が虐められた所とか見たこと無いよ。その逆もね。まぁ、そういう訳だから誰も関わらなかったってだけ」

「じゃあ、秕さんはどうして天乃さんと仲が良いんですか? 誰も関わらなかったって言っていたのに」


 それは、確かにもっともな疑問だろう。

 今までの話を聞けば、現在との関係性に矛盾点がある。明音自ら『征成は誰とも関わらなかった』と言っているのに、俺と普通に会話もしているのは確かに変だ。

 しかし、これも特に難しい理由ではない。


「それも単純、幼馴染みだからだよ。私と征成は生まれたばかりのときから一緒に過ごしてるの」


 そういうことだ。

 元々友人同士だからこそ、学校ではあまり接点を持たなかっただけなのだ。


「だから明音から凄い心配されてな。けど、俺は特に気にせずずっと本読んでたから、そのうち明音の方から諦めたんだよ」

「え? 諦めてないよ、征成の友人作り」

「嘘だろ…………? ……ご勘弁を……明音様…………」


 少し、少しだけだが、顔を俯かせた。

 俺の隣で、秋海さんは納得したように頷いていた。


「そういうこと、だったんですね…………」

「まぁ、特に何かあったって訳じゃないってことだからね。気にしないでね」

「そうですね……分かりました! そういうことなら私が………………」

「ん? …………お、あれじゃないか? 戦姫神学園って」


 秋海さんの声を遮るようになってしまったが、俺は窓の外に見えた大きな建物を示すように、口を挟み、顔を向ける。

 それにつられて明音と秋海さんが正面の窓の外に顔を向けた。

 秋海さんは「確かに、あれが戦姫神学園の校舎ですよ」と言った。

 学園までの距離はまだ離れている。それでも、ここまで大きく見えるとなると、とんでもなくデカイということが分かった。


「一体総面積はどのくらいあるんだろうな」

「この都市の四分の一をあの学園が占めてますからね……あの校舎も五つある内の一つが見えているだけですし」

「本当とんでもないな」

「私、ちょっと楽しみにしてたから、緊張するなぁ~」

「その緊張も学園の敷地内に入れば、一瞬で吹き飛びそうだけどな」

「多分そうなると思いますよ」


 秋海さんは微笑みながらそう言った。

 まるで、期待に胸を膨らませる少年少女が浮かべる希望に満ちた表情のように。




 ●


「――――緊張は、どうかな?」

「一瞬で消し飛んだよ、勿論」


 最寄りの駅を降り、少し坂道を登ったところで明音に聞いた。

 本当、凄いものだ、これは。

 生々しく茂った木々がよりその明るさを引き立たせるように、周囲に設備されている機械が真新しさを表すように、最先端かつ美麗なその学園の凄絶さを身に染みて体感した。


「凄い、しか言葉にでないなぁ」

「間近に生で見るのは初めてだもんね、私と征成は」

「入試の時はここじゃなくて、この学園が運営してる施設で受けたからなぁ。写真と実物じゃあ、違うに決まってるか」

「ですよね。私も初めて登校したときは、皆さんと同じ感情でした」

「流石、『世界一の学園』って自分のパンフレットに書くだけあるわ」


 そう言って、俺達三人は歩を進めた。

 横幅が異様に広い正門を通り過ぎれば、別世界に踏み込んだような錯覚を覚える。

 全くもって驚愕だ。此処だけ、この学園だけ異世界のようだ。


 ――――いや、異世界なんだけどさ。


 しばらく歩けば中庭の中央部に着いたのか、大きな看板のような物が見え、奥に噴水が設置されている。

 噴水は見事な曲線を描きながら水を放出して、小さく虹が見えた。

 俺と明音は看板より先に噴水に近付く。


「いや、貴族の領地かよ」

「凄いね……学校の敷地内に噴水なんて初めて見たよ」

「この看板に大まかな地図と、クラス表が出てますよ。先にこちらに目を通した方が良いかと」

「この学園は飽きないと、私は思うよ」

「そうかい。…………ともあれ、言われた通りクラス確認でもしようか」


 感心するように噴水を見る明音を連れて大きな看板の正面に立つ。

 学科が四つにクラスは一年生だけで合計三十三クラス。本当、とんでもない数だ。

 とりあえず自分の所属学科から片っ端に自分の名前を探す。

 が、すぐに見つけた。


「お、あった。一年の二組。普通科だから校舎は三号棟だな。教室は二階にあるってよ」

「私も見つけたよ。征成と同じ二組。秋海さんは…………」

「私は一年の四組です。ただ、学科は皆さんとは違って特進科なので校舎は一号棟になりますね」

「別々だね」

「悲しいです」


 この学園では学科ごとに校舎が分けられ、それぞれで授業内容も違っているのだ。

 学科は計四つであり、普通科、スポーツ科、特進科、サポート科が存在する。

 それぞれの学科については、今は省くが、後で説明することにする。

 しかし、気が付く人もいればいない人もいるかとおもうが、校舎は五つ建てられている。それだと結果的に数が合わなくなる。では、残り一つの校舎が何なのか。といえば、教員用の校舎である。

 圧倒的生徒数を誇るであろうこの学園では、教員数もまた他と比べて圧倒的なのだ。その為、教員用の校舎も建てられたのである。

 校舎間はそれほど近くはないが、それぞれどの校舎にもすぐに行けるよう便利な通路も設備されているので、滅多なことでは遅刻はしないだろう。

 高速エスカレーター式の通路が。

 最先端である。


「でも、俺と違って秋海さんは前からの友達とかと同じクラスなんじゃないか?」

「ん~と、はい。二人ほど知り合いを見つけました!」


 自分のクラスに友人の名前を見つけ、嬉しそうに秋海さんはこちらに笑顔を向ける。

 明音は「良かったね」と返した。

 その表情は、とても優しいものだった。


 ――――うん、まぁ、嬉しそうでなによりだ。


 さて、そろそろ時間的に余裕が無くなってきたかもしれないので、明音に声をかける。


「明音、そろそろ挨拶向かった方が良いんじゃないか?」

「う~ん、まぁ、そうだね。秋海さん私達はそろそろここで。またね」

「あ、はい。すいません、何か時間取ったみたいで……」

「気にしないで。じゃあ行こう、征成」

「んじゃ、縁が合ったらまた」

「はい。また」


 一頻り話し、軽く挨拶を終え、俺と明音はその場から離れていく。

 途中、エスカレーター式の通路を使い、まずは教員用校舎である五号棟に向かう。

 しばらく進み、看板が遠くなったところで俺は明音に言った。


「そういや明音、ありがとうな。黙ってくれて」

「ん? ……あぁ、あのこと(・・・・)? 別に良いよ。私としてもあまり話したくないことだったし」

「まぁ、だとしても原因俺だからな。――――俺の人間性の問題か。まぁ、うん。本当、迷惑かけて悪いと思っているよ」


 それは、彼女が説明した、俺の過去のこと。

 彼女があの時説明した俺達の幼い頃の話は、ある具体的な事柄を説明しきっていないのだ。


 『ひねくれていたから友達がいない』


 頭が回る奴だよ、お前は。本当に。


 俺に友達がいないのは、ただ俺がひねくれていたというわけじゃない(・・・・・・・・・)

 そんな生易しいものじゃなかった。

 それは例えば、関わりを持たなかった、と一言で言えるようなものじゃなかったからだ。

 確かにはっきり言ってしまえば簡単だ。けれど、それは決定的に人間としては――――――


 いや、今考えることでもないし、どうでもいいか。

 よくないか。


今も変わらないけど(・・・・・・・・・)、昔よりだいぶマシにはなってるよ。このままいけば大丈夫大丈夫」


 明音はそう言ってくれている。

 とはいえ俺としては――――――――


「そうかな? 確かに必死にはなっているけど……実感ないな……」


 自己評価に関して、俺は自分に自信はないのだ。

 むしろ、ある方がおかしい。

 自分という個人の評価をつけるのは、いつだって他人だ。いくら自己評価が出来ても、自分と他人では印象も価値も違う。

 だから、俺は自分で自分がどうなのかが分からない。

 というより、興味が無いと言えるかもしれない。

 思考を巡らせているうちにエスカレーター式通路の終わりが見えてきた。先には、五号棟、教員用校舎の入口がある。全体像としては他の校舎と比べ、一回り小さい気がする。

 エスカレーターを降り、入口前で明音がこちらを向き、口を開いた。


「じゃあ、ちょっと待ってて」


 そう言うと、明音は早足で進み、受付の人に学生証を見せ中へ通して貰った。

 今の時間から計算するに、どちらかと言えば余裕はある方だ。だとすれば急ぐことも無い。

 俺はエスカレーター式通路のすこし先、教員用校舎の外の庭先で待っていることにする。

 肩にかけていた荷物を下ろし、一息ついた。

 近くにやたらと綺麗に整った花壇があったので、暇潰しにそれでも見ておくことにする。

 疲れてはいないとして、……うん、落ち着く。


「ねぇあなた、ここが何処か知らない?」


 …………うん、落ち着けなかった。

秋海 布之(あきのみ ふの)

特進科、肩までの黒髪、ですます調の良い子。

天乃 征成(あまの ゆきなり)より友達が多い。

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