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ヴァルキュリヤの英雄  作者: 古紫 真咲
プロローグ 始まりはいつも平和
2/5

異世界を改めて理解しようと、プロローグ

本当すいませんが宜しくお願い致します。

 遠慮無く開けられた扉の先には、見慣れた少女が立っていた。

 俺より数センチほど低い身長だが、雰囲気はまるで大人のような感じがする。幼さが少し残ったような顔つきだが、誰が見ても綺麗だと思うだろう。

 この世界では珍しい茶の色を持ったの瞳は、真っ直ぐと俺を見ていた。


 シャツ一枚だけ着た、ほぼ半裸状態で。


 彼女は肩まで伸ばした髪を整えようと腕を上げたままの状態だった。恐らく着替えの途中なのだろう。

 下着はギリギリ見えていない。

 ただ、ちらりと見える艶やかな色気を持った肌は、確実に俺の視界に直撃している。

 動揺を隠すように、俺は彼女に声をかける。


「あ、あぁ。おはよう」


 どもった。声が詰まった。

 だけど、

 彼女も、今まで俺が接してきた、いつもの彼女通りに声を返してくれた。


「うん、おはよう」

「……ところでさ、早速で悪いんだけど一つ良いかな?」

「うん? どうしたの?」

「俺は今から自分の眼球を潰すから、後片付け頼むわ」


 自分の眼球に向けて指を構える。

 あとは突き刺すだけだ。それだけで、俺は視界を失う。今見た景色もショックと共に忘れるはずだ。二度と消えないトラウマが埋め込まれるが知ったこっちゃ無い。

 鋭くした指先を眼球へと。

 さらば俺の瞳。

 永久の闇よ、世話になるぞ。


「いやいやいやいや朝からグロすぎるよ。殺人未遂の犯行現場だよ。私犯罪者になっちゃうから。真っ先に疑われて捕まっちゃうから。お願いだから止めよう? 冷静に周囲を把握しよう? というか落ち着こう? 大丈夫だから。私何もしないから。だから落ち着こう? ほら、私は安全だから。安心して、ね? 一旦落ち着こう? ――――って、ああああああ目に手を押し付けようとしないで! ストップストーップ! ステーイ! ステーイ!」

「今まで育ててくれた皆…………ありがとう。また、来世で会おうね」

「うわあああああそのフラグは駄目だよ! やっちゃ駄目だよ――――――!!」


 早朝から女性の悲鳴が上がったことにより、今日から数日間、近所が事件かと少し慌てていたが、しばらくして周囲も落ち着き、特に何事もなく済んだみたいだった。


 まぁこうなったのも俺のせいなんだけれど。


 ともあれ数分後、リビングで待っている俺の視界内には、着替えを終えて身嗜みを整えた彼女、秕明音(しいな あかね)が朝食を作っていた。


「まぁ、流石に冗談だったわけなんですが」

「すごいね。私あれ冗談に見えなかったよ」

「まさか。馬鹿じゃないんだから」




 実は本気で潰すつもりだったりした。


 既に謝罪やその他諸々の言い訳は済み、今俺は朝食が出来るまで待機している状態だ。

 場所としては、リビングなのだが、キッチンも同室内にある。そのためか知らないが、キッチンにはカウンターが付いており、直ぐに料理を渡せるようになっている。そして、キッチンとリビングを挟むカウンターのすぐ近くに机と椅子が設置され、そこに俺が居るのだ。

 椅子に座り、何も考えずに。

 また、こちらからでも調理風景が覗けるため、相手の様子も見れる。ということは、その逆もまた然り、な訳で…………

 料理をしながら、少しでも暇があればこちらの様子をチラチラと見てきている。

 動きが不自然過ぎてこっちまでそわそわしてしまう。


 ――――いや、眼球は潰さないって。さっき冗談だって伝えたばっかりでしょ? 安心しろって。とりあえず今は火を使っているんだからそっちに集中しといた方がいいって。


 大丈夫だから調理に集中しろ、ということ示すハンドサインを送るが、彼女は「君は本気でやりかねないから心配」とハンドサインを送ってきた。

 表情から本気で心配していることが分かった。

 やり過ぎたかもしれない。まぁ本気で潰すつもりだったんだけど。


 しばらくして机の上には豆腐と葱を使用した質素な味噌汁、隅にレタス、メインにベーコンと目玉焼きが乗った大皿に、白ご飯といった、至ってスタンダードな朝食が俺と明音の分、二つずつ置かれた。

 明音も座ったところで、手を合わせる。


「いつも通り食材と明音に感謝を込めて、いただきます、と」

「ついでに愛も込めてくれると私は嬉しいかな。いただきまーす」


 無視して食材に手をつける。最初に口に運んだのは昔から食べ慣れている白ご飯だ。

 もっちりとした感触に、炊きたてだと一目で解る湯気、嗅ぎ慣れた匂い。味は前世と同じ、米特有の旨味もだ。

 前世で散々食べただけに、中毒になってるな。俺。

 他の食物も口に運びながら、時代遅れのファンタジー世界じゃなくて心底良かった、と思う。


 さて、軽く説明といこう。

 この世界では食文化などの一般的な文化は前に居た世界――――《地球》とそこまで変わりはない。

 今さっき俺が食べた白ご飯は勿論の事、電化製品、世界政治、国家間の常識、法律、ファッション、テレビ等の大衆文化、学問、娯楽に至るほぼ全てが《地球》に――――より具体的に言えば日本だが、そこに居た頃となんら変わりない。

 ヲタクだっているし、アイドルだって存在する。

 お金持ちの貴族だっているし、前述から分かるように外国だってある。

 そう。

  ほぼ(・・)、変わりないんだ。

 ほんの少しだけ。

 指の数にも満たない、たった少数。

 この世界と《地球》とでは決定的に違う部分があるのだ。

 それが――――――――


「あ、そこにあるリモコン取って欲しい」

「こんな朝っぱらから面白いもん見れるとは思わないんだけどなぁ……まぁいいけど」


 左に持っていた茶碗を置き、ほいっ、と近くにあったテレビのリモコンを明音に渡す。


「ありがと」

「どうも」


 テレビの画面に色が映える。

 画面には丁度朝のニュースが放送されていた。

 内容に目を向ける前に、隅に映っている時間を見る。

 時刻は七時十九分だった。

 まだ余裕あるな、と考えていると画面が急に変わる。

 ニュース番組の場面転換ではなく、平日の朝によく放送されている子供向けアニメにだ。

 要するにチャンネルを変えられたわけだ。つい明音の方を見てしまうが、ここは彼女の家だし、俺にテレビの決定権なんてものは無いのだ。一つ息を吐き、すぐに視線を朝食に戻す。


「あれ? 変えない方が良かった?」

「いや、いいよ。見たかったのは時間だけだし」

「そう? ちなみに何時だった?」

「七時十九分。今で二十分じゃないかな。まだ余裕はあると思うぜ」

「そっか。じゃあちょっと急ぐかな」

「無理はするなよ? あと急いで食べると太るぞ」

「ありがと。明日は自分でご飯作ってね」

「謝罪します御免なさい」

「三秒ルールで許してしんぜよう」

「結構危なかった……」


 一瞬の判断が死を招く時間制限じゃないか!


「私は慈悲深いからね。あと心が広いから、さっき征成が見てたニュース番組に戻してあげるよ」

「いや、それは別にいいんだが、……ありがたくその慈悲を受けとらせて頂きます」

「ついでにお茶もね。リモコンポチっと」


 チャンネルを変えた後、明音は席を立ち、冷蔵庫からお茶の入った容器を持ってくる。


「それは素直にありがた……ん?」

「どうしたの……あ」


 先程のニュース番組を映したと思えば、画面には違った映像が流れていた。

 その内容はこうだ。

《「ヴァルキュリヤ」、またも敵から国民を守る!》

悪精児(エネミー)は彼女達の敵じゃない! 救世の女神「ヴァルキュリヤ」突撃インタビュー!》


 他のチャンネルも確認すると、どうやら緊急の番組予定変更のようで、全ての番組が《ヴァルキュリヤ》に関する情報一色となっていた。


「うわぁ……すごいね、これ」


 両手に持っていた、お茶の入った容器の片方を俺の傍に置き、向かい側の椅子に彼女も座る。


「というか、マスコミとメディアの、この統一感なんなの? 何か怖ぇよ」

「好奇心って言うのかな? 《ヴァルキュリヤ》って傍目から見ても神秘的だし、神々しいし、何より不思議だし。それに凄いし。だから少しでも疑問を解こうと必死なんだよ」

「それ、好奇心ってわけじゃあないと思うんだがなぁ…………。むしろ不安をなくして完全に打ち解けようと必死にしてるって感じるんだけどなぁ。……そういえば動画にも上がってるよな。彼女らが実際に得た″神力(アルカナ)″の効果と能力」

「非公式にね。でも、本当に《神の力》って感じだしね。科学も物理法則も完全に無視してるし」

「正に神秘の女″神様″だな」


 そう。正にそれだ。

 この世界と、前世の俺が居た世界との決定的かつ大きな違いというのは。


 ″神力(アルカナ)″。

 この世界――――正式名称は異世界(アミナス)――――での、《ヴァルキュリヤ》が使う力やそれに準ずる神秘的かつ解析不可能な力のことを指す。端的に言えば「超能力」のことだ。

 この力は遥か昔から研究されていて、その歴史を辿れば数万年前にも遡るのだが……現在では『《ヴァルキュリヤ》のような選ばれた者にしか使えない』という枠にはまっている。

 つまりは諦めたのだ。どういう原理なのか、構造、構成物質は何なのかとか、そういうものが一切合切解らずに、『この力は《ヴァルキュリヤ》にしか使えないし理解も出来ない』という事になったのだ。

 だが研究者はせめてものの残物に『名称』を残したのだ。

 それが″神力(アルカナ)″。《ヴァルキュリヤ》特有の超能力だ。


「にしても……救世主(ヴァルキュリヤ)、ねぇ…………」

「ん、どうしたの? ――――あ。もしかして憧れてるの? だとしたら無理だよ絶対。だって《ヴァルキュリヤ》って…………」

「ん? 分かってるぞ? そんなことは」


 ――――《ヴァルキュリヤ》。

 前世の記憶持ちの俺が、此処が異世界だと認識出来る、《地球》と言う、基準とする世界との、決定的な違いの一つ。

 彼女達も、また、幻想の一端である。

 この世界(アミナス)では基本的に救世主という位置付けであり、主な活動はボランティアで世界中を飛び回ったり、犯罪者を捕まえたり、敵を倒したりするというものだ。

 実に数万年前から存在し、明確な情報は雀の涙程もないのだが、どういった経緯で現れるかは全世界の人々は把握している。

 千年に一度、有るか無いかの《運命の日》と呼ばれる、一日。

 その日、全世界の女性の中から一人だけ神に選ばれた者にしか成れないということ。

 男性は例外無く選ばれず、まさに《戦「女」神達(ヴァルキュリヤ)》と言うことで。


 そして、選ばれた女性は正式な神との儀式を行い、契約する。その時点で【不老】の神能力(スキル)が得られ、寿命による死は無くなる。故に、今でも(・・・・)何の問題もなく生きていられるのだ。

 ただ、【不老】になっただけなので、身体が一瞬で無くなるような致命傷を負えば死ぬ。

 決して【不死】になった訳ではない。そこは勘違いしてはいけないだろう。

 ちなみに現時点で確認されている《ヴァルキュリヤ》の人数は四人。数万年前から存在しているのであれば数十人は居てもおかしくないはずだが…………恐らくは……そういうことだろう。

 救世主も、楽じゃない。


 ――――《ヴァルキュリヤ》でさえ、死ぬことがある、か――――――――


「だけどさ、もし俺が女性だとして《ヴァルキュリヤ》に選ばれる要素が有ったとしても、嫌だな」

「ん? そうなの?」


 明音は、意外そうな顔で俺に言った。


「まぁな。他の人々みたいに憧れたり凄いとか思ったりしねぇしなぁ~~……」

「へぇ~。それはまたどうして?」

「別に大した理由とかねぇぞ?」

「構わないよ」

「あ、そう?」


 だからといって別に言わなくてもいい気がするのだが…………仕方ないかな。


「…………世界救うとか、何? そういう運命的っていうか使命的なの? そういうの、俺には無理だからな。俺が守れるのは俺の近場に在る命だけ。大衆守ろうとするほど、俺は強欲的――傲慢的、英雄的自殺願望思考じゃないしな。まぁ、本当有り難いよ、男性として産まれてきて」

「その言い方はちょっと失礼じゃないかな?」

「まぁ、確かに」


 それでも、感謝したい。

 産んでくれた親にも感謝したいけど、死んでしまってるし、心の中で感謝しとこう。

 ――――ありがとう。


 そんな心中を察したのか、明音が少し無理に笑顔を浮かべたような表情で言った。


「良かったね、征成」

「……ありがとな、明音」


 俺はそれを言葉にせず、素直にお礼を言った。


「さて、しんみりとした雰囲気はここまでにしようか。明音、朝食ありがとう。食器洗っとくから、荷物準備してこいよ」

「うん、有り難くそうさせて貰うよ。お皿仕舞う所とか分かる?」

「取り出したとこ見てたから覚えてる。大丈夫だ」

「そっか。じゃ、任せた」


 そう言うと彼女は右腕を使った軽い敬礼をして、席を立ち、自室へと向かっていった。

 その間、俺は二人分の食器を持ってキッチンに向かい、洗浄していく。

 数分経って、彼女は登校用のカバンを持ってリビングに現れた。机の上にカバンを置き、キッチンに来る。


「手伝うよ」

「ありがとうございます明音様」


 だがもうほとんど洗い終わっているので、手伝いは要らなかったかも知れない。

 食器も片付け、ちらっと時間を見ると七時三十分を少し過ぎていた。まだ余裕はある。忘れ物が無いか再確認し、明音と一緒に家を出る。


「じゃ、改めて行ってきます」

「行ってきまーす」


 返ってくる言葉は無い。


 軽く談笑をしながら学校へ向かった。

 四月七日の今日。

 俺達が通うことになる学校の入学式だ。

 私立戦姫神(せんきしん)学園。

 名前がアレだが……まぁ、気にしないようにすることにする。







 ●





 そして始まる学園生活。

 この学園に入ったことで、俺こと天乃 征成(あまの ゆきなり)を中心とした、近しい人物は否応なしに《運命》へと巻き込まれていく。

 ありきたりな台詞で言わせてもらおう。

 ――――「この時の俺は、まだ、知るよしも無かったのだ」


ノリが良い系幼馴染みヒロイン。十五才。

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