表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国造二神の物語    作者: 荒神祭
1/1

採桑老1

日本神話(出雲王朝黎明期~国譲り直前まで)。

中心は、大国主ではなく、実は大国主が出雲の王になることを巡る、大国主とその周囲の神々との物語。


中盤以降は、オリキャラで大国主の義兄;昊渕や記紀に名前だけ記載載がある、大国主の御子神達の話を書く予定。


最終章は、記紀の国譲りに向けて。元高天原の天津神、混血、国津神の3者3様の立場から、国の行く末を賭けて争う、ような内容を予定。


連作よりも、単発的に、時間軸無視で、先取り的読み切り物をアップする可能性が高い。



セオリーは、記紀に書かれていない記紀神話(の物語小説)。


ご意見、批評、挿絵等、お待ちしています。

[国造二神の物語]


第一章;採桑老1




何に光るのか。



見渡す限りゆらゆら揺れる蒼黒い平原の上に、


無造作に置きざりにされたようにも見える、ポツネンと漂う1艘の小船。



その船中で櫂を、傍目から見ても非常にぎこちなく動かしていた、


深い皺が刻まれた顔の中に心細げに光る、生気のない瞳から、一目には老人とも見える、


しかし体つきから実はまだ年若い男であることが知られる男が、


後ろを振り返りながら、そうそっと己が胸の内に呟いた。



彼が櫂で漕いだ後の波は、そのまま元の蒼黒い波に戻らず、


なぜか仄白い輝きを灯して、


まるで彼らの航路を目には見えないものたちに知らせるように、


またはじっと後をつけるように、ずっと船の後、そして櫂にまで纏わりついてくる。



船乗り達がこの現象を「シキ幽霊」と呼ぶ事を、しかし彼は知らない。



船に乗ることさえ、実は今宵が初めてなのだ。




それは幸なのか不幸なのか。



いずれにせよこの目の前の現象に、彼は彼なりの精一杯の解釈を試みた。


気ままに漂っていた波たちが、櫂で掻き乱されたことに腹を立てたのか。


はたまた月神が、夜の海を行くものたちを憐れみ、蒼白い露を垂らしたものか。



そこまで考えて彼は、延々と続く光の軌跡から目を離し、大きく天上を仰ぐ。



船上遥かには弓張り月が、矢を番えないまま、どこかあらぬ方角をじっと狙い定めている。


それは、洋々と一面に広がっている海の彼方。


今壮士達が目指す『出雲』の国を支配する、


弟の身を案じているものか・・。




しかしそんな兄の心遣いも弟には通じないのか。


はたまた海神の性か。



海神が支配する国の名、『出雲』の、その名の如く、


どこからともなく流れてきた雲が、すううと天上の月影を覆い始める。


まるで月神の眼差しを厭うように。



遥か彼方から、しかし微かながらも光輝を発する月神を海神はかくも厭うのか。



壮士は、額に浮いた汗を同船者に悟られないようにそっと拭う。




しかし次の瞬間、船縁に勢いよく噛み付いた波が、直後その顎は敢え無く弾け飛び、


冷たい飛沫となっていま拭ったばかりの壮士の額といわず、体全体をしとどに濡らす。


これにはさすがに温厚な壮士も、この時ばかりは些か憮然とする思いを止め得なかった。



否、今の問題はそのようなことではない。




突然、遠近で鳴る漣の囁きに紛れるように、忍び笑いが聞こえた。


「久延毘古、お前、船を漕ぐ才能ないよな。」


「少彦名様・・。」


先程まで壮士、久延毘古の視界にギリギリ入らない場所で黙って大人しくしていた、


外見年齢だけで見れば彼の孫とも思われる少年:少彦名が、


言葉とは裏腹に、楽しそうにキラキラと輝く瞳でそういった。



「おまけに波は高くなってきたし。


 嵐でも来るのかな。」



何時の間にか天上には海原を睥睨する一群の黒雲。


そして頼みの綱である船は、


それまでも寸刻の休みもなく起こしていた上下運動の際に生じる高低差を大きくし始めている。



雨伯と風神はまだお出ましでないが、それも時間の問題なのは周囲の以上の状況から十分に推測できる。


しかし目的地は、真闇に深く抱かれており、未だにおぼろげにも見えない。



だが、近くであることは間違いない。



確かに先ほど沖合いで彼ら、久延毘古と少彦名、を小船と共に海に降ろした船の長はそういっていた。



美保関まではもう直ぐだと。




海流に流されたのか?



今まで櫂など漕いだことがないものが、海流や風の機微などさらに知るはずがない。


とすれば、風か海流に流されたとしても何ら不思議はない。



少彦名の先程の指摘が耳に蘇り、久延毘古の背筋を冷たい汗が滝のように流れ落ちる。



そんな久延毘古を少彦名は暫く見詰めると、先程の軽口からは想像も付かない真剣な眼差しで、


じっと、暗雲立ち込めつつある海上の彼方までを見通すかのように、眼差しを向けた。




どれだけの時間が流れただろうか。


しかし、実際のところは、そう長い時間は流れていまい。


乗船者の、久延毘古の心中の焦りが、時間の流れを曲解して理解しているだけなのだから。



「久延毘古、あっち。」



少彦名の越えに、久延毘古が手元の櫂から目を上げる。


こんな己の足元ばかりをみるような舵取りで、海流の流れ以前に、


よくも陸地を自ら避けずにいられたものだと、少彦名は今更ながらに久延毘古の運の良さを思った。



「灯、ですか。」


「多分、美保関だろ。


 ま、嵐が来そうな夜更けに、船漕ぎ1つ満足に出来ないのが二人も乗って、


 海上ウロウロしているよりも、どこだろうが陸に上がった方がかなりましだと思うぜ。


 俺はさ。



 親父の指令だかなんだかしらないが。お前は美保に拘りすぎなんだよ。


 それなら船の漕ぎ方くらい事前に覚えとけよ。」


「申し訳ございません。」



久延毘古は己の孫程度の少年に過ぎない少彦名の、そのあまりにも歯に衣着せぬ物言いにも、


しかしあくまで慇懃に応じた


久延毘古からは、


外見はただの少年としか見えない少彦名に対して、


しかしそのような態度で応じることしか出来ないのだ。



「・・・。



 出雲に入る前にその馬鹿丁寧な物の言い方を直せよ。 あからさまに不自然だ。


 ここに見るからに怪しい二人組みがいますーって、公表して歩きたいならべつだけどな。」



先程の言葉の方が、内容は辛らつながらも、その口調には、


わざと作った厳しさが可笑しさとなって含まれており、耳朶には存外優しく響いた。



しかし今の言には、文言に含ませた茶化しを無化してしまうほどの、


隠し切れない苛立ちがはっきりと含まれていた。


久延毘古も直ぐに自らの失態に気がついた。


「御――、・・・分かりました。」


だが、長年の習慣は直ぐには消えない。


うっかり長年の習慣から口をついて出かけた単語に、


聞いていない様子であった少彦名が、しかし敏く反応する。



少彦名が一瞬だけ向けた鋭い視線に、当の久延毘古はすぐさま自らの失態に気がついた。


咄嗟に、言い終える直前までに何気なく使おうとした言葉を、同義語の別の単語に置き換える。



しかし、さすがに直ぐには言葉が出てこない。


不自然に空いてしまった間が、それを如実に物語っていた。



「寝る。」


一言。


ただその一言を低い声で一方的に言い放つと、少彦名は突然自分の髪に手を遣り、


瞬く間にそれをぐしゃぐしゃにしはじめた。


きれいに整えられていた髪が、瞬く間にそこら辺の悪童たちの蓬髪さながらになってゆく。


それが自分への中てつけであることは、久延毘古にもすぐに分かった。


また、この狭い船上にあっては、その程度しか八つ当たりするものがないから、


仕方がないことも分かる。





外見はともかくとして、身分と年は、少彦名のほうが久延毘古よりも遥かに上である。


だが。


だから、と言うわけではない。



しかし。



久延毘古は、そんな外見どおりの子供のような少彦名の仕草に、


しかし不器用に櫂を繰る手を止めることもなく、溜めていた息を大海原の風の中にそっと紛れ込ませた。



こんなとき、どうしたらよいのかが、どうしても分からない。





「岸についたら起こしてくれ。」


ぶっきらぼうに言い放たれたその物言いに、否その声自体に。


ギクリと、緊張に久延毘古の首の筋肉が固まる。



溜息が聞こえたのか。



たった、ただそれだけのことに過ぎない。


しかしその事によって更に生じる事態を、何を言い出すか予測も付かない少彦名と、


今少し言い合わなければならないという未来を真剣に案じた久延毘古は、


緊張せざるをえなかった。




しかし少彦名はそれ以上何もいうことなく、


さっさと、頼りなく揺れる船底に大の字に引っ繰り返った。


少彦名の小さな体躯は、櫂を繰る久延毘古の邪魔にならない位置に収まっている。


一応気を使ってくれたのかもしれないが・・。


久延毘古はもう何事も考える事をも止めた。



短い時間ながらも、疲れがどっと押し寄せてきたのだ。


久延毘古は淡々と艪を動かし続ける。



大分要領を得てきたらしく、船は少しずつだが先程よりも大分前へ進めるようになっていた。


嵐の気配は、気配だけがまだ濃厚に辺りを漂っている。


しかし灯は、大きさとその数をいつも間にか大分増してきた。


この調子なら嵐が来る前に陸に上がれるだろう。



早速この旨を伝えようと、久延毘古は己が足元に寝転がる少彦名を見た。


呆れたことに、少彦名は完全に寝入っていた・・。



久延毘古は、視線を陸の灯に戻す。



少彦名・・。



それは、久延毘古にとって、特別な存在。


彼は。


自分などよりもはるかに高貴の、雲の上の殿上人。



そして今は、自分が仕える主。


自分を今回の任務の共に、と指名した張本人。





久延毘古は、そこで考える事をやめた。


考え込むのは、決して嫌いではない。


しかし今は考え込むことよりは何もかも忘れて手を、体を動かしていたかった。


自分に課せられた任務の事を、今は、否その瞬間まで、考えたくなかった。


「久延毘古、あそこに何かいるぜ。」



どうやって岸に着いたのか、分からない。


ただ気が付けば、全身に波とも汗とも分からぬ水気にしとどに濡れており、


ふらつく両の足で立っている大地は、もう揺れてはいなかった。



少彦名の言葉に、知らず自失していた久延毘古は、はっと我に返った。


そしてその指先の彼方に注意を凝らす。



少彦名の指の先、


どうしてこんな彼方の存在を見つけ出せるのかと思いたくなるような距離の彼方に、『それ』はいた。


しかし久延毘古には、『それ』が何なのかがどうしても分からなかった。


 


「少彦名様――。」


問うように名を呼べば、返って来たのは独白のような台詞。


「病か、行き倒れといったところか―。」


「少彦名様!」


病ならば移る恐れもあるし、行き倒れに見せかけた物取りもいる。


しかし、そんなことを分かっているのかいないのか。


警戒心の欠片も見せずに、少年の外見に似つかわしい身軽な仕草ですたすたと歩いていく少彦名を、


慌てて押し止めようとした久延毘古は、しかし一歩目にして、あっけなくその場の砂に顔から突っ込んでいた。



「おい、久延毘古!?」


 何もないところで転ぶなよ。


 本当に爺さんみたいだな。




咄嗟に、久延毘古の脳裏にそのような揶揄の言葉が思い浮かんだ。


そしてそれは船中での短い会話から久延毘古が察した少彦名という存在からも、至極妥当な内容に思われた。


しかし。


久延毘古は自分でも驚くほどに、あろうことか呆然とするはめになった。


久延毘古の異変を察した少彦名は、意外にも、慌てて久延毘古の元に戻ってきたのだ。



少年の面差しが微かに強張っている。


「大丈夫です。」


そんな少彦名の様子に一瞬、呆然としてしまった久延毘古は、


しかし急いで顔中についた砂を懐中から取り出した手巾で拭い取りながら、そう答えた。


直後、久延毘古のすぐ傍まで立ち戻っていた少彦名から、不安そうな表情が消える。


「久延毘古。お前、本当の俺の爺さんみたいだよな・・。」


久延毘古は、その言葉に奇妙な違和感を覚えた。


『本当の』、と少彦名は今言わなかっただろうか。


揶揄、そして聞き間違い。


その2つの言葉が、久延毘古の脳裏で目まぐるしく明滅する。


『本当に』外見相応の老人に見える、のか。


『本当の』少彦名の祖父に見える、のか。


否、そもそも少彦名は『俺の』といってなかったか。


書物と違い、声に出しただけの言葉は、どこにもその痕跡を止めることがないまま、


風に、そして砂に紛れてとうに消えている。


確かめたくとも、確かめる術はないのだ。


少彦名にもう一度問い直さない限り。


しかし問い直したところで、正直に答えてくれるとも限らない。


この少年にはそういうところがある。



否、それ以前に・・。



久延毘古は思う。



この問題をこれ以上自分は追及するべきではないと。



天上遥か彼方の国には、久延毘古が本来仕える神が。


そして少彦名の父神がいる。


自分は。



(この方の身内にはなれない。)


どうしても。




「少彦名様・・。」


呼びかけるも、等の彼はすでに彼方。


彼ら、否、久延毘古が『それ』としか認識できなかったものの側。



それに気が付き、慌てて久延毘古も少彦名のところに駆けつける。




駆けつけて、ようやく久延毘古にもそれが一人の年端も行かない少女であることが分かった。



「・・・流行病だな。久延毘古、お前が持ってきた薬を出せ。


 俺達の姿も見られたことだし、今後何かと便利だろ。」


そういう少彦名の瞳を見れば、彼がそんな事を本気で考えていないことなどすぐに分かる。



彼には、今回の任務をどこまで本気でこなす気になっているかさえ、定かではないところがあった。


1つには、そのために久延毘古が付けれられたと言っても過言ではない。



しかし久延毘古は自分を憚って、わざわざ心にもない事を言う。


そんな少彦名が、堪らなく気の毒だった。



そのような事を言わなくとも一々報告などしません。



そう言って止めさせようか。


それとも、この問題にも、自分は立ち入るべきではないのか。


差し出した丸薬を、少彦名は慣れた手付きで、同じく差し出された水に溶かしこみ、少女に飲ませてゆく。


その光景に、久延毘古の脳裏にある光景が蘇る。


船出の直後、酷い船酔いに悩まされ意識が朦朧としていた自分。


嘲笑うばかりで、誰も一向顧みない船員達の中で、たった一人だけ、


このように水を、薬を差し出してくれた細い手・・。



なぜ、忘れていたのか。


なぜ、今思い出したのか。



カラカラに渇いた喉に、全身に染み渡った、水の味。


無上、としか言えない心地。




世に奇矯と称されるこの少年は。


本当は。




「久延毘古、どこか雨風の凌げる場所を探して、そこに運ぶぞ。今夜が峠だ。」


「分かりました。」


直後、厚い暗雲が途切れ、蒼白い月光がチラリと地上を撫で上げた。


束の間に見た少女の横顔に、久延毘古は彼女が助かることを確信した。


医薬に精通しているのは少彦名である。


しかし久延毘古には、何故かそれだけは確信とともにそう言えた。






この時、まだ誰もがまどろみの只中にいた。


朝霧は暁の訪れと共にその帳を僅かずつ開けようとしている。


その霧の帳が開くように、まどろみの中にたゆたいながら、


しかし新しい時代は彼らと共に確かに目覚めようとしていた。


まだ誰も知る由も無い間に。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ