火焔剣
雷音寺が、強烈な剣気を感じて振り返った。
繁みの中から、偉丈夫が進み出てくるのが見える。
魔物と化した雷音寺の肌が身震いするほどの遣い手とみた。
(おお……あの者ならば、一人でまかなえるぞ、雷音寺!!)
「そうかっ!」
繁みから現れた男は寺田五郎右衛門。
不動明王のごとき筋肉を持つ偉丈夫で、常人以上の闘気をまとっていた。
「ただの辻斬りではなく、魔道に堕ちた者か……」
「ほう、わしが魔道の者とわかるか……」
気儘頭巾の双眸が鬼灯のように朱く光り出した。
「あんな妖術を見せられてはな……」
再生能力に、血液を吸い上げる刀に、背中から生えた腕の爪のことだ。確かに尋常ならざる者である。
「同じ身形……さきほどの奴らで様子見をして、わしの刀法を探ったか……したたかな奴め……」
「どう、捉えてもよい……貴様はそれがしが斬り捨てる……」
「ぬっ…………」
またたく間に四人の朋輩を斬り捨てられ、雷音寺の妖術を見ても動じない男。
雷音寺はかなりの手練とみて、身を引き締めた。
「名を知りたいが、名乗らぬであろう……それがしも名乗らんが平常無敵流とだけいっておこう……」
「元東軍流……今は魔軍流だ」
雷音寺獅子丸が得意の右八双の構えを取り、ジリジリと歩み寄る。
対して寺田五郎右衛門は青眼となり、ジリジリと下がる。
刀同士の斬り合いの場合、刀の剣先がほんの少しだけ交錯する箇所が間合いである。
間合いの刃圏に踏み込み、一瞬の抜き打ちを斟酌するのが勝負の要だ。
赤目の辻斬りの姿が霞みに消えた。人体の最大限の機能を超えた魔物の肉体による高速移動術を発動させたのである。
「これぞ魔軍流・縮地の術!」
「奴めが消えた…………」
青眼のまま動かぬ寺田宗有は視線を左右に動かしたが、捕捉できなかった。
そこで、両目を閉じた。
――わしに敵わずとみて、観念のほぞをかためたか……見かけ倒しめ……
雷音寺は寺田の右前方に姿を現し、右八双から袈裟がけに斬りつける。
ガッ!!!
大太刀は凄まじい音と火花をあげて撥ね退けられた。
「なにっ!」
「ふふふふふ……縮地の術とやらもそれがしには無効……なにせ、太刀筋が事前にわかるでな……」
「莫迦なっ!!!」
絶対的高見から見ていた雷音寺の瞳が驚愕に開かれる。
「赤目の辻斬りとやら……それがしの剣先からは火焔が生じるぞ……」
「……なんだと!?」
その言葉に反応したように、寺田の真剣の先からゴォォォッ、と音をたてて、夜目にも明るい、赤い火焔が燃え上がった。真剣に炎の筋が螺旋にからまった。
「なにっ……神気遣いか、貴様……」
前にも紅羽とかいう娘忍者が太刀から火焔弾を発した。生命エネルギーである神気を練った攻撃は、魔道に生きる者にとって猛毒なのだ。
「それがしの愛刀は『倶利伽羅明王』……降魔の利剣よ……」
倶利伽羅とは、竜神とも、不動明王が右手にもつ剣ともいわれ、憎悪・怒り・羞恥・貧しき心を消し去る力をもっているという。
「くっ…………」
「不動明王になりかわり……極悪魔障を降伏させん! 不動明王・火焔剣!!」
「るぐあぁぁぁっ!!」
寺田五郎右衛門の斜め斬りの一閃が赤目の辻斬りを真っ向両断……するはずが、左腕を盾にされた。
辻斬りの左腕の肘から先が断ち切られ、宙に飛んだ。
妖刀血汐丸の刀身から赤い霧が吹きだし、周囲を覆い隠した。血の霧であった……左手で目を覆い、失明を避けた寺田宗有。
「おのれっ!! 逃したか……」
その間に雷音寺は背中から翼手を伸ばして夜空に消えていた――




