闇討ち
大河内松平家隠密組の鷹阿弥に案内されて、剣客団は隅田川の河川敷へ向かい、鳶職に扮した天鬼と合流。
天鬼の指差す先に、焚火にあたり、大きな石に座って休息している『赤目の辻斬り』こと、雷音寺獅子丸がいた。
繁みのなかから討手たちは怨敵を睨みつける。
剣客団はすべて闇に紛れる暗褐色の袖無羽織に裁寸袴をつけ、黒塗り笠をかぶり、口元を黒布で覆った者たちであった。
総髪の武士が材木を寄せ集めたような筋肉質の武士に声をかけた。
「寺田氏……御家老さまは、ああ言われたが、ここはやはり、一刀流道場の同門である我らに花を譲ってはもらいまいか……」
「………………」
内藤三樹四朗がなりふりかまわず懇願した。せっかくの手柄をあげる機会を、寺田五郎右衛門に取られたくないのが本音だ。
先に功績を上げる事が大事である。御前試合の敗北から二年、組太刀で腕をあげ、工夫を凝らしたという自負もあった。
「それがしからも、お願いいたします……悠之丞には借りがある。恩を返す前に身罷ってしまった……」
「俺もだ……是非たのむ、寺田氏……」
二十代の森伝八郎と丹羽弥平、安藤主膳たちも頼みこんだ。
彼等は失敗をして若殿……松平輝和に不興をこうむったが、伊吹悠之丞が取り成したのだ。
そつのない悠之丞は機会ある度に、こうしてシンパを集めていたのだ。
そして、単純明快な剣士である彼らは、悠之丞の恩返しの仇討も無論あった。が、今までにも密命を受けて、謀略・暗殺の密命をこなし、過分の褒美を受けとった。
この度の上意討ちが上手くいけば、禄を食む下級武士にとっての『夢』である『加増』の手応えを感じていたのだ。
「……よかろう…………」
「おおっ! わかってくれたか……」
「かたじけない、寺田氏!」
かくして、剣客団は赤目の辻斬りの前に踊り込んだ。怨敵はゆらりと立ち上がる。
「ほう……凄まじい剣気を感じたが、お主たちは?」
「貴様に斬られた者と同門の者だ……覚悟をせい!」
「ぐふふふふ……仇討ちか……面白い!」
安藤主膳が雷音寺に正面から右八双で突進する。だが、雷音寺が大太刀を地摺りから逆袈裟に撥ね上げた斬線が、安藤主膳を斬り裂いた。
次に丹羽弥平が相手の腹部を目がけて突きに走る。
だが、刀を撥ね飛ばされ、両手を肘のあたりから両断された。
腕から血飛沫あげて砂利にのたうつ。
「りゃああああああっ!!」
森伝八郎がその隙に雷音寺の背中を斬りつけた。
が、突如、辻斬りの陣羽織の背中に開いた穴から青白い両腕が飛び出し、長く伸びた爪が森伝八郎を串刺しにした。
そして、辻斬りは血の海でのたうつ丹羽弥平に、背中越しにトドメの一撃を送った。
「おのれ、化け物!!」
内藤三樹四朗がすさまじい気合を発し、こめかみから鼻柱、鎖骨まで斬り割った。
「やった……やったぞ!!」
会心の笑みを浮かべる内藤三樹四朗だが、その表情のまま強張った。肋骨の下あたりを横薙ぎに両断されたのだ。
「かはっ……俺は……功名と妬心に焦り……敵の力量を見誤った…………」
内藤が血飛沫あげて二つになる。これがわずか数分の出来事であった。雷音寺獅子丸の傷口はすでに再生が始まっている。
「ぐふぅぅぅ……中々の猛者揃いであった……血汐丸も満足しよう……」
妖刀血汐丸を胸前に捧げると、四人の斬殺死体から四筋の血の川が浮かび上がり、刀身に吸い込まれる。
錆びがボロボロと落ち、ほとんどが新品の大太刀となっていた。
(おおっ……これは甘露……甘露……強者の血こそ、我が生命!)
「これで、完全復活できるか、血汐丸?」
(むう……並の腕なら三人……上の腕ならば一人の血で復活できるぞっ!)
「あと、少し……ぐふふふふふ……」
血の哄笑を浮かべる雷音寺。
河川敷の繁みの奥で、鷹阿弥と天鬼は数分の殺戮劇を目撃して肝が冷えた。敵は妖魔化生の者だったのだ。
「……寺田さま、我らも助太刀を……」
「おおっ、鷹阿弥のいうとおり……魔性の者とて、甲賀流の秘術をつかえば足止めぐらい……」
「無用……おぬしたちは探索と監察が役目である。それがしが勝っても、負けても、生きて首尾を殿に報告するのが役目ぞ」
「そんな……負けるなどと……寺田さまらしくないお言葉……」
「剣の勝負は、技倆と駆け引き……そして、時の運。前の二つは鍛えることができるが、最後の運は鍛えることはできぬ……」
「……そういうものですか……」
「それに、斬っても元に戻る奴を斬らねばならぬのだからな……」
木石のごとき寺田五郎右衛門が珍しく口の端をあげた。
そして、絶句する忍び二名を残し、灌木をかきわけ、同輩の血を啜る魔道剣士の前に進み出た。




