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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第五話 斬風!血を吸う妖刀
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上意討ち

 日が暮れて広大な庭には庭番の者が石灯籠に火をつけて、手入れの行き届いた大層な花壇や植木が浮かび上がっていた。


 ここは上野国高崎藩の藩邸にして、松平左京太夫の上屋敷。


 近習の真崎靭負まさきゆきえふすまを開け、縁側廊下に松平輝和まつだいらてるやすがでた。

 不機嫌な表情である。庭の白砂には四名の藩士が神妙に控えていた。


「よい、おもてをあげい……」


「ははっ!」


 この四名の藩士は高崎藩剣術指南役の高弟の内藤三樹四朗ないとうみきしろう小納戸こなんど役の森伝兵衛もりでんぱちろう、新番組の安藤主膳あんどうしゅぜん、先手組の丹羽弥平にわやへいであり、いずれも藩でも指折りの剣客であり、一刀流剣士であった。

 近習の真崎靭負が四名の剣客に声をかける。


「我が藩の小姓であった伊吹悠之丞が向島で斬死ざんしした……相手は巷をにぎわす不届き者であるという……」


「はっ……『赤目の辻斬り』だとか抜かす、たわけ者で……」


 四名を代表して内藤三樹四朗が答えた。青白く鋭い顔立ちに、怜悧と酷薄の印象をあたえる三十代後半の総髪の剣客だ。


「そやつを町方が捕えるまえにお前たちで斬り殺せ!」


 松平輝和が激情をあらわに叫んだ。


「ははっ!!!」


「伊吹悠之丞は我が一刀流の同門……必ずや討ち果たしまする」


「あいや、またれい……」


 廊下の向こうから小柄な老人が声をかけて、歩み寄ってきた。

 白髪頭の好々こうこうやにしか見えない。


「これは御家老さま……」


 庭先にかしこまる四藩士がこうべを垂れた。

 江戸家老の土井采女どいうねめである。


「何用じゃ、じい……」


「……殿の御下知でありまする。その『赤目の辻斬り』とやらは、敵対勢力の刺客かもしれぬぞ、とのこと……」


 この場にいたものがどよめいた。


「なんと……すれば、悠之丞が殺されたは、まつりごとの暗闘のすえ……」


 松平輝和の顔から血の気がひいた。初めから標的は伊吹悠之丞であり、他の浪人が斬られたは、それを隠すための偽装工作カムフラージュであったかもしれぬのだ。


「殿がいわれるには、可能性のひとつということじゃ……」


「しかし……だとすれば、裏で糸を引く者がいるはず、辻斬りを捕えて白状させねば……」


 近習の真崎靭負が江戸家老に申し立てた。


「いや、無用のことじゃ……あれほどの腕の者、拷問にも口を割らず、遺体を調べても糸を引く者の証拠は出まい……若の当初の御下知ごげじ通り、上意討ちにいたせ」


「いいのですか?」


「ああ……殿の判断じゃ……さすがに若の選んだ精鋭たち、この者らであれば、『赤目の辻斬り』とやらも討ちもらすまいて……」


 内藤三樹四朗ら剣客たちが、江戸家老にほめられ、内心雀躍じゃくやくたる思いだ。


「したが、念には念を入れろとの殿の申し出じゃ……五郎右衛門……」


「はっ、ここに……」


 突如、後方に湧き上がった強烈な剣気に、内藤・森・安藤・丹羽がふり向く。いつの間にか背後に影法師がいた。

 碁盤ごばんと材木を継ぎ足したような筋肉をもつ、不動明王の化身のごとき偉丈夫がそこにいた。


 寺田五郎右衛門宗有てらだごろうえもんむねあり、藩随一の遣い手と称される剣豪だ。

 このとき数え年で三十七歳。

 への字に曲げた口元だけでも、頑迷固陋がんめいころう、剣術の鬼であることがわかろうものだ。


「五郎右衛門……貴様、いつの間に……」


「………………」


 寺田五郎右衛門、元は高崎藩一刀流道場で内藤三樹四朗とも旧知の仲だ。

 しかし、彼は一刀流を捨て、今は平常無敵流門下の重鎮である。

 内藤は御前試合で三度試合をしたが、勝てなかった……主君・松平左京太夫輝高は一刀流贔屓であるが、藩随一の遣い手である寺田五郎右衛門を買っていた。


 ーーそれで増長したのか、平常無敵流を高崎藩のもう一つの御留流にと言い出しおった……


 すなわち、もう一人の剣術指南役の座を狙ってのことだ。

 内藤たち一刀流一門はいきり立った。

 しかし、松平輝高は高崎藩では一刀流以外を御留流としないと明言した。


「さすがは英邁なる藩主様」


 と、内藤ら一刀流一門は溜飲が下がった。


(おのれ……またしても五郎右衛門がしゃしゃり出てきおった……)


 内藤が江戸家老の土井采女にふり向いた。


「おそれながら、御家老様! 悠之丞は一刀流の同門。ここは一刀流の我らにお任せを……」


「だまらっしゃい!!」


 小柄な老人の一体どこから、と思えるほど獅子吼ししくした。

 内藤ら剣客団はもとより、松平輝和と真崎靭負でさえ肝が震える。

 寺田五郎右衛門のみが身じろぎもしない不動の構えだ。


「貴様、殿の御下知に逆らうつもりか!!」


「いえっ……たまさか、そのような心算つもりは……ひらに……平にご容赦を……」


 地面に額をこすりつけ、只々ひれ伏す内藤三樹四朗だが、ギリリと歯噛みした。


「……わかれば良い……鷹阿弥たかあみ、情報は探り得たか!」


 庭の灌木から、捕り手姿の若者が出てきた。

 彼は幕府諜報組織『御庭番おにわばん』ではなく、高崎藩松平家の子飼いの忍びの者である。

 車善七の配下にまぎれ、諜報活動をしていたのだ。


「はっ……ここに……『赤目の辻斬り』は浅草御蔵前の空き家に現れ、町方が捕り方を率いて探している模様……しかし、天鬼てんきが隅田川川岸で見つけました……」


「ようやった、さすが我が藩の隠密衆じゃ!! 

 ……さて、寺田、内藤、森、安藤、丹羽……我が藩の武威を示し、黒幕の心胆を寒からしめよ! 

 徳川将軍家に大河内松平家ある限り、盤石であることを諸藩に知らしめよ!!」


「ははあぁぁぁぁぁぁ!!!」


 江戸家老の啖呵で、剣士団の気炎があがり、庭の一画が熱気であふれかえった。


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