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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第五話 斬風!血を吸う妖刀
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夕刻魔剣抄

 ガキンッ!


 重い音がして、豪剣が食い止められた。

 黒羽二重の武士が紅羽と辻斬りの間に入って、刃引き刀の根元で大太刀を食い止めたのだ。

 赤黒い光と白い霊光がきらめく。またも、雷音寺獅子丸と妖刀血汐丸の悲鳴があがる。


((ぐぎゃあああああああああああっ!!))


「松田の旦那っ!」


「まさか……赤目の辻斬りが本当にいたとは……」


 寺社役同心は二人を背中にかばい、油断なく赤目の辻斬りを牽制けんせいした。


「無事か紅羽……竜胆は……その刀創きずは!!」


「遅いよ、松田の旦那ぁぁ!! 竜胆が……竜胆が……」


「すまぬ……しかし、辻斬りが俺の名を知っているという事は……赤目の辻斬りは、雷音寺獅子丸なのか……しかし、以前より恐ろしい剣気だ……」


 気儘頭巾から覗く双眸が鬼灯のように朱く燃えあがった。


「貴様は……松田半九郎ぉぉぉ……探しておったぞぉぉぉ!!」


 赤目の辻斬りが痛みを忘れ、歓喜に打ち震えた声をあげて、後ろに下がり、気儘頭巾を左手でずらして、素顔をみせた。


「なっ……その顔は……」


 蓬髪が垂れ、肌は青ざめ、白蛇のごとき鱗が顔面を覆いつつみ、こめかみやエラ、顎の部分に角のようなとげがびっしりと生えていた。

 両眼はあかく燐火のように輝き、開いた口から赤い舌が爬虫類のごとくダラリと垂れ、犬歯が牙のように伸びていた。


 雷音寺獅子丸は、仏教において、人間が輪廻転生りんねてんしょうをたどる六つの世界、天界道てんかいどう人間道にんげんどう修羅道しゅらどう畜生道ちくしょうどう餓鬼道がきどう地獄道じごくどう六道輪廻ろくどうりんねの輪をはずれ、魔物の棲む『魔道』界の住人に生まれ変わったのだ。


「わしは妖刀・血汐丸に強き者の血を捧げることにより、人間以上の力を持つ存在となってゆくのだ……やがて、日ノ本の剣豪をすべて打ち倒し、わしが剣術界の頂点になるのだっ!!!」


 あやかしの大太刀を手前に水平にあげて、見せつける。松田半九郎が三白眼を光らせ、長脇差しを青眼に構え直す。


「妖刀に血を捧げる……そのために己の弟子や、浪人たちを斬り捨てていったというのか?」


「そうよ……わしに恥をかかせ、江戸剣界で名をあげる大望を妨げた松田半九郎……ここで会ったが宿縁よ、成敗してくれるわい……」


「さっきから、身勝手なことばかり言ってんじゃないわよっ、単に試合に負けた逆恨みじゃない! それに、己の野望のために人を……竜胆を斬るなんて許せない!!」


 横で聞いていた紅羽が憤怒に燃えて、血の叫びをあげた。


「……そうじゃ……武芸者の風上にも置けないのじゃ……」


 紅羽に抱きしめられた竜胆が痛みに耐えながら言い放つ。


「そうなのです……殺生は駄目なのですぅ!!」


 気絶から目覚めた黄蝶が両手に円月輪をもって半九郎の横に立って、盾となる。


「ぐははははは……ほざいたなっ、若造ども!! 他者などわしの道具にすぎんわい!!!」


(駄目だ……雷音寺……今は……引けっ!)


 ――むっ、何故だ血汐丸……これからが本番なのに……


(奴らの武器には……おそらく、何十年も高野山で修行した大僧正の、破邪の法力が込められている……今の余の力では、刀身を破壊されてしまう……お前も元の人間に戻る……)


 ――なんだとっ! 松田半九郎を目の前にして……雪辱をはらすは今であるのに……


 雷音寺がバリバリと歯噛みする。


(心配ない……余の妖力が完全復活したあかつきには、あの破邪の霊刀も跳ね除けられる……さすれば、奴らの手足を斬り落とし、一寸刻み五分刻みに嬲り殺せ……それまでの楽しみにとっておき、今は退しりぞけ……)


「ぬうう……それもそうだな……松田半九郎に、妖怪退治人ども! 今は命を預けておく……首を洗ってまっておれ……ぐははははははつ……」 


 残酷な復讐劇を思い描き、瞳を血色に輝かせ、舌舐めずりをした。松田に一敗地にまみれた雷音寺は、二度目の敗北を味わう気はない。

 血汐丸の言葉通り、妖刀復活を優先することに決めた。


 突如、雷音寺の背中に二本の青白い腕が生えた。

 その手の指が長く伸び、指の間に被膜がはられ、蝙蝠の翼手よくしゅと変化した。

 翼長6メートルの羽根が砂塵を巻き上げ、羽ばたく。

 掘割の蝙蝠たちが魔人の周囲に舞い飛んできて、姿を隠す。妖刀の思念波で蝙蝠を一時的に操ったのだ。


「うぐっ! なんなんだ、この蝙蝠たちは……」


「雷音寺めっ、待てぇぇぇ!!! 邪魔よ、蝙蝠!! こうなったら……」


 紅羽が太刀に赤い神気を集め、火焔をまとわせた。

 忍法炎竜破で、蝙蝠ごと雷音寺を焼き尽くすつもりだ。

 だが、紅羽の背後から黄蝶が抱きついて止めた。


「駄目なのですっ!! 蝙蝠さんたちは悪くないのですぅ!!」


「放せ、黄蝶!! 雷音寺を逃してしまう……」


「駄目です……紅羽ちゃんが修羅道しゅらどうに堕ちてしまうのですぅ!!」


 それを聞いて、怒りに燃えた紅羽の心に理性のくさびが撃ち込まれた。


「あたしが……雷音寺と……同じ……」


 雷音寺は縮地の術で高速移動が可能だ。たとえ、炎竜破を放っても、回避されてしまい、蝙蝠たちを無益に殺生しただけに終わったであろう……


 そのわずかの間に、魔人雷音寺獅子丸は大空を飛び飛びに瞬間移動をして、闇に染まった空から消え去った。

 あとは解放された蝙蝠たちが霧散し、掘割へ餌を求めにもどった。

 竜胆を抱きしめる紅羽と黄蝶から、慟哭どうこくがもれる……


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