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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第一話 参上!くノ一三人娘
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病は邪気から

 秋芳尼しゅうほうには紅羽をともない、小石川養生所こいしかわようじょうしょへ出向いた。

 そこは小石川薬園のなかにあり、

年季のある柿葺こけらぶきの長屋で、他の建物は薬膳所やくぜんじょである。

 ここは江戸時代の無料の医療機関で、徳川吉宗の時代に『赤ひげ先生』で知られる小川おがわ笙船しょうせんが目安箱にいれた意見書をもとに、享保七(1722)年に建てられた。


 ここにおるいを助けようとした男達が運ばれたので、話をきくために足をのばしたのだ。

 彼らは妖怪の吐く霧のようなものに倒れ、その後回復せず、ここへ担ぎ込まれたという。


 養生所の中間ちゅうげんに案内されて、秋芳尼と紅羽は寝間着をきた患者の魚屋の辰蔵たつぞう、絵馬売りの銀太、火消しの六助を見舞った。

 彼らは黒紐の妖怪に白い霧のようなものを吹きつけられた途端、むせて咳き込み蒼い顔になって倒れ込んだという。


 原因は不明で医師や薬剤師たちも首をひねった。

 診断していた医師が秋芳尼をみて、


「まだ坊さんを呼ぶのは早い!」


 と渋い顔をしたが、行方不明となった女中・おるいを探す手がかりをつかみに来たときいて納得したようだ。


「悪いけど、とても話がきける状態ではないよ……」


 と言って、他の患者を診察にいった。

 みれば患者たちはう~~ん、う~~んと苦しげに唸っている。


「秋芳尼さま、これは妖怪の吐いた〈邪気じゃき〉が原因のようですね……」


「そのようですね……治療が必要のようです……」


〈邪気〉とは病気をひきおこす悪い気のことで〈悪気あっき〉または<瘴気しょうき>ともいう。

 頑健な肉体の男達が見る影もなくやつれている。

 このままでは衰弱死するかもしれない……秋芳尼は手前の男、魚屋の辰蔵のひたいと心臓部に手をあてた。


観自在菩薩かんじざいぼさつ 行深般若波羅蜜多時ぎょうじんはんにゃはらみったじ 照見五蘊皆空しょうけんごうんかいくう 度一切苦厄どいっさいかやく 舎利子しゃりし 色不異空しきふいくう 空不異色くうふいしき 色即是空しきぞくぜくう……」


 秋芳尼が般若心経はんにゃしんぎょうを唱え始めた。

 すると、両掌りょうてのひらが淡く翡翠ひすい色にひかりだした。


 般若心経とは、三蔵法師が印度いんどから持ち帰った経典を訳したもので、釈迦しゃかの真言を唱え、写経すると病気が治癒されるといわている。


 秋芳尼はおのれの両手に神気をこめて、辰蔵に清浄な気を送った。

 男の肉体から邪気が押しだされ、血色がよくなっていく。


「ふ~~っ」と、一息ついてから、他の患者にも浄化の気と般若心経の言霊ことだまを与えていく。


 三人分の浄化治療がおわると、秋芳尼はガクッとよろけた。

 豊かな胸がたゆんと揺れる。


「秋芳尼さまっ!」


 紅羽が慌ててかけよる。

 浄化の術は体力をけずるのだ……


挿絵(By みてみん)


「うぅぅぅぅ……紅羽……わたしはもう……」


「しっかりしてください!」


 ――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……


「……お腹がすきましたぁぁぁ……」


「握り飯を用意してあります、どうぞ!」


 秋芳尼がオニギリをパクパク食べている間に三人の男は意識が戻った。

 まだ顔色が悪いものの、意識はシャンとしたようだ。


「うぅぅぅ……ここは一体……」


「ここは小石川養生所です…気がついてよかったですわ……」


 麗貌の比丘尼びくにがにっこりと微笑み、三人の男たちは思わず赤面する。


「尼様が法力で助けてくれたのですかい? ありがとうごぜえやす……」


「ナンマンダブ、ナンマンダブ……」


 男たちは涙を流して礼をいった。


「ほほほほほ……ともかく良かったですわ」


「ところで、お前たちは隅田川で妖怪に襲われた娘を助けようとした男たちだと聞いたが、本当か?」


「へい……さいです、お武家さま……」


「さいきんは人の危難を見ても見て見ぬふりをする奴が多いのに……たいした義侠心ぎきょうしんの持ち主だ。お前たちの爪のあかを煎じて吉兵衛に呑ませたいよ……」


 美貌の娘剣客が口の端をあげて微笑む。

 辰蔵、銀太、六助は互いに眼をあわせ、頬を上気させて頭をかく。


「へへへ……なあに、勝手に体が動いただけでさあ……」


 そして、紅羽と秋芳尼が昨日の黒紐妖怪を目撃した詳細を訊き出した。


「夕暮れだし、柳の下にいたので、暗くてよく見えなかったけどなぁ……なんだか大きな毛玉のかたまりみたいな化け物でした……」


「そうそう……黒い紐みたいなものをたくさん伸ばして娘さんをからみ取っていましたが、その黒い紐をよくみると、黒い糸の束のようでしたね……」


「いや、あれは糸じゃねえよ、髪の毛だよ、髪の毛。それも長~~い髪の毛だった……」


 紅羽は彼らがかつぎこまれたときの衣服を行李こうりから出してもらい、衣服にからみついた問題の黒い紐を発見した。


「秋芳尼さま……やはり、髪の毛に似てますよ」


「ふむ……どうやら長い髪の毛か、黒い体毛をもった妖怪のようですね……」


 真剣にうなづく尼法師の頬になにかついていた。

 紅羽が指ですくいとり、


「秋芳尼さま、ほっぺにご飯粒……」


「あらやだ、いけない……」


 おもわず赤面する秋芳尼。




「先生! 先生!! きのうかつぎこまれた三人の男たちが眼を覚ましましたぁ!!」


「なんだってぇ!!」


 介護人が医務室の医師に報告し、辰蔵たちが元気を取り戻したのに驚く。

 いちおう、診察したが、健康そのものだった。


「いったい、どうして急に回復したのか……」


「へへへ……さっき来た尼様のお陰でさあ……」


「何だと!? ぜひ、逢ってみたい……どこへ行ったんだ!?」


「さあ……」


 そのときはもう、尼僧と連れの娘剣客は立ち去ったあとだった。


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