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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第五話 斬風!血を吸う妖刀
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蝙蝠の群れ

 一方、紅羽たちは秋田屋裏にある空き家の敷地にいた。

 土塀が崩れ、雑草が伸び、屋根に穴が開いた屋敷跡に、壁が崩れた蔵があり、近所の者が亡霊屋敷と呼ぶのも無理はない。


 以前ここに住んでいた札差商人が、他商家を因業な手段で乗っ取り、一文無しになって恨んだ男が夜分に忍び込み、札差一家全員を殺してしまった。

 それ以来、家族の幽霊が出るとのことで、誰も買い手の無くなった地所だ。


 空き家の横手には人工の掘割ほりわりがあり、客をのせた小舟が隅田川へ向かっていた。

 元は広い庭であったとおぼしき場所は丈の高い雑草で覆われ、草の踏み荒らされた場所の中心にむしろが捨ててあり、そこが殺害現場のようだ。


「ぴえぇぇ……ここでお富さんが殺されたのですか……」


「うむ、そのようじゃ……三人で手分けしてこの広場の残留妖気を探そう」


「よし、わかったよ……」


 三人は念仏を唱えてから、あちこちを探ったが、妖気の残留は見つからなかった。

 彼女たちは『赤目の辻斬り』は秋田屋万兵衛の狂言であったことをまだ知らぬ。


「う~~~~ん……妖気のヨの字も見つからない……」


「どこにも無いのう……」


「もしかして、今回の相手は妖怪でも魔物でも無いということですか?」


「そのようじゃのう……後は寺社方と町方にまかせようか……」


 そのとき、紅羽の背後の方角からたくさんの羽ばたき音がした。振り返ると、空き家の亡霊屋敷と蔵の屋根や窓から蝙蝠コウモリが、次々と飛び出しているのが見える。

 体長4~5cm、翼を広げると約20cmの一般的な油蝙蝠あぶらこうもりだ。廃屋を巣にしているようだ。


「なんだ……蝙蝠アブラムシか……」


「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~!! 油虫ゴキブリじゃと!!!」


 竜胆が真っ青になって、紅羽の見る方角を見た。廃屋から飛び出た蝙蝠の群れが、掘割の羽虫を捕食に飛び交っていた。


「なんじゃ、蝙蝠こうもりのほうか……日が暮れはじめたのでえさの羽虫を捕りに集まってきたのであろう……」


 非常にややこしい話であるが、江戸時代、蝙蝠の一種である油蝙蝠も、害虫のゴキブリも『アブラムシ』と呼ばれていたのである。

 しかし、現在ではアリマキのことを一般的にアブラムシと呼ぶようになった。


 油蝙蝠は家蝙蝠いえこうもりともいい、日本人にとってもっとも馴染み深い蝙蝠である。

 なにせ、天然自然の洞窟に巣をつくらず、建物の屋根裏や家屋のすきまなどに巣を作るという、雀や燕に似た〈住家性〉があるからだ。

 家の瓦の下、壁と羽目板のあいだ、天井裏、戸袋など、わずか1.5cmほどすきまがあれば出入り可能なのだ。

 江戸時代には全国的にも油蝙蝠は『アブラムシ』と呼ばれていて、シーボルトが長崎で手に入れた標本と「日本動物誌」でヨーロッパ人にも知られるようになったが、「アブラムシ」という学名をつけられてしまった。


「うへえぇぇ……血のように赤い夕陽に、蝙蝠がいっぱいだと、なんだか不気味だな~~~…」


「夕陽はともかく、蝙蝠は不気味じゃないのですよ。幸福の印なのですぅ~~~」


「そうじゃのう……燕や蝙蝠が家に巣をつくると縁起が良いというからのう……」


 かつて日本をふくむ東アジア文化圏では、コウモリはめでたい動物という認識であった。漢語の『蝙蝠』の『蝠』字音に、『福』の字があり、縁起がよい生き物とされていたのだ。

 中国では正月の飾りや、皇帝のだけが着れる衣装に刺繍ししゅうされていた。また、コウモリは逆さにぶら下がる習性があるので、「蝙蝠」の福が落ちてくるという伝聞もある。

 また、五福(長寿・富貴・康寧・好徳・善終)のすべてを入口に集めるという「御福臨門(五福円盤)」というコウモリを描いたありがたい吉祥文様がある。


 日本ではコウモリを「幸盛り」、「幸守り」という当て字をつけ、幸福の象徴とした。

 多産なので、子宝に恵まれる子孫繁栄のシンボルと見られていた。

 また、コウモリが巣を作る家には幸運が舞い込む、富のシンボルという言い伝えもある。


 江戸前期に開業したカステラで有名な長崎の御菓子屋・福砂屋は幸福をまねく蝙蝠を商標としている。

 江戸後期には歌舞伎役者の七代目・市川團十郎がきた蝙蝠の図柄が流行となった。


 しかし、明治以降、日本ではヨーロッパの文化が吸収されて以来、蝙蝠の見方が変わってしまう……ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』など、怪奇幻想を主題にしたゴシック小説などの影響で、コウモリは不吉な動物という認識が強まった。

 しかし、中国では今も幸福のシンボルである。


 キリスト教の広まったヨーロッパ文化圏では、狼・猿・黒猫・蝙蝠・竜などを、魔女の使い魔や悪魔の化身とみる風習があるが、東ヨーロッパ文化圏では逆に福を招く瑞獣ずいじゅう、土地の神様、親しみやすい動物としてみる風習がある。


 堀割を見上げれば夕日が真っ赤に染まり、まるで血のように赤いのが不気味だった。

 そこを黒褐色の油蝙蝠の群れが飛び交う。遠目でみれば黒雲のようだ。

 黒い被膜を滑空させて、蚊や羽虫を捕獲している。三人はなんとなしにそれを見ていた。


「はっ!!! これは……」


 紅羽のうなじにチリチリとした寒気がした。胃の腑が重くなり、吐き気がするようなおぞましい気配が漂う……忍びとして訓練した彼女たちでなければ、妖気にあてられて、体長不良となる。


「なんだか急に嫌な気配がするのですぅ!!!」


「これは妖気だっ……さっきまでは無かったのに……」


「ううむ……なんらかの術か手段で妖気を封じていたのであろうか?」


 三女忍が気配を追って視線を飛ばすと、そこに亡霊屋敷横にある壁の漆喰が崩れた蔵が見えた。

 その傾いた扉の隙間から膨大な妖気があふれ出ているのである。扉が音もなく開き、蔵の奥の暗闇のなかで、鬼火が二つ燃え上がるのが見えた。

 いや、鬼火ではない……邪悪な意思のこもった赤い双眸である。

 紅羽が太刀の濃口をきり、竜胆が薙刀の鞘をとり、黄蝶が円月輪を帯から取り出した。


「奴は……おそらく、『赤目の辻斬り』……」


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