下手人召し捕ったり!
「では……下手人は……赤目の辻斬りはどこに……」
客間は森閑と静まり、ゴクリと唾を呑む音が聞こえた。
「斬ったのは、赤目の辻斬りじゃねえ……下手人はお前だっ!!」
町方同心・岸田修理亮の十手が指し示した相手は……秋田屋万兵衛であった。
「なっ……なにかの御冗談でしょう……なぜ、私が恋女房のお富を殺さねばならないのです!?」
「白々しいな、万兵衛。てめえ、押しかけ亭主の癖に、女房に隠れてよそに妾をつくっていたな……町蔵が調べ上げたぜ!」
岸田同心が錣引の町蔵をうながし、万兵衛に聞き込み結果を話しだす。
「へい、岸田の旦那の言う通りで……あっしの下っ引きが調べてきたぜ……
お富と所帯を持った頃は仲が良かったが、商才のあるお富は次第に万兵衛を尻に敷くようになり、それが面白くねえお前は余所に妾を作った……
相手の名は深川・松倉町の出会い茶屋の女中、お仙だ……それがばれて、数日前からお富と口論になっていたそうじゃねえか」
「ぐっ……たしかに妾をつくった……だが、だからといって、手前が殺しただなんて……
第一、死体には血が吸われていてなかったのですよ。
人間技ではない……やはり、『赤目の辻斬り』とかいう魔性の者の仕業でございますよ……」
「ふふふ……最近、巷で噂になった『赤目の辻斬り』と血のない死体という怪事件騒動……
そいつを利用したんだろ。血のない死体か……そいつは、別に妖怪でなくても、別の場所で殺して、傷口から血をすべて流しとってから、空き地に運べばすむというカラクリさ……」
「あっ! なるほど……」
半九郎が岸田の推理にうなずく。
「それで、昨夜、衝動的か計画的かはわからんが、お富を殺した……その後は、赤目の辻斬りの仕業に見せかけるために偽装したんだろうな……
おそらく、実際に殺したのは秋田屋の屋敷内……風呂場で血抜きをしたんだろう……拭いきれねえ血の痕を見つけたぜ……」
これを聞いて、秋田屋万兵衛はサ~~~ッと血の気が引いた。
身を翻し、客間の障子を蹴破って、縁側から庭へ出る。
岸田と松田がそれに続き、濃口をきって刃引き刀を抜いた。
「くっ……捕まってたまるかっ! 平内、出番だっ!!」
「……承知!」
縁側に潜んでいた謎の影――油留木平内が刀を同心二人の前に躍り出て、斬りかかる。
松田が抜刀して根元で受け、鍔迫り合いとなった。
その間に、地が出て悪相になった万兵衛が庭の石灯籠に向かう。
その庇をひねると、カラクリ仕掛けで側面の石に細長い蓋が開き、空洞が見えた。
そこに手を入れ、凶器の太刀を取り出し、鞘を捨てる。
「それが凶器の刀か、万兵衛!」
「ああ、そうよ……くそぉぉ……
おまえみたいな切れ者じゃなきゃ、ばれなかったはずなのに……
でええええええええええいっ!!!」
元用心棒の万兵衛は右八双の構えから猛然と突進し、打刀を岸田の左肩めがけて叩き込む。
「岸兄っ!!」
横目でチラリとみた新九郎が叫ぶ。
が、すでに抜刀していた岸田修理亮は刃引き刀で、敵刃を弾き、たたらを踏んだ万兵衛の左足をすくった。
「ぎゃああああっ!!」
岸田同心は派手に転んだ万兵衛の眼前に刀の切っ先を向けた。
万兵衛の悲鳴に気を取られた油留木平内の隙をみて――瞬転、半九郎は後ろに下がり、峰で用心棒の胴を打った。
苦鳴をあげて崩れ落ちる。
「町蔵っ!」
「へい、合点だ! 下手人召し捕ったり!」
錣引の町蔵親分が手際よく万兵衛と平内を縛り上げる。
万兵衛の隠した刀を調べると、刀身に血脂をぬぐった痕が見つかった。
「さすが、岸兄……よく、万兵衛のカラクリ狂言が分かりましたね……」
「なに……いつも江戸の悪党を相手に仕事をしているからな……
こいつの嘘泣きでピンときたのよ……泣き方が芝居のように派手すぎんだよ……
こいつは番屋へしょっ引くぞ……もしかしたら、『赤目の辻斬り』もこいつの仕業かもしれねえ……」
「とんでもない……手前は辻斬りだなんてことはしてません……」
「うるせい、とっとと歩きやがれ……」
町蔵に小突かれ、しおれた万兵衛と平内が番屋へ連れていかれた。後学のため、番屋についていく半九郎。
「さすがは岸兄……カミソリのごとき推察だ。吟味も良く見て勉強させてもらおう……」
のちの話だが、番屋での取り調べと、町蔵たちの訊き込みにより、万兵衛と平内は辻斬り事件の夜は不在証明があった。
しかし、秋田屋の前主人・徳兵衛が生きていた頃から、万兵衛とお富は不義をはたらき、共謀して徳兵衛を急の病と見せかけ毒殺していた事を白状した。
「あっ、そうだ……紅羽たちに今回は偽の辻斬りだったと伝えねば……」
裏の空き家へ足を向けた松田半九郎。
その頃、紅羽たちは予想外の窮地に陥っていたとは、さしもの半九郎も神仏ならざる身で知らなかった……




