岸田修理亮の推理
「……知らねえなあ…………」
「「「ずんこけぇぇ~~~!!」」」
「そういや、半九郎……前にも妖怪がどうとか言っていたなあ……」
十手で顎を押さえる町方同心に、紅羽は不満げに食い下がる。
「岸田殿……あたしたちは先月もここ、浅草・浅草寺に出現した『百目の通り魔』こと妖怪・百目鬼を倒した実績があるんですよ!」
「……ああ…………さては、あの目が見えなくなる奇病にかこつけて、御札や笊でも売っていた連中か?」
岸田修理亮のあんまりな勘違いに、紅羽は右手をブンブンと振って否定する。
「いやいや……違いますよ。それに、あれは奇病ではなく……」
「あいにく、ここは若い娘さんの来るところじゃねえよ、おうちに帰んな……」
と、取りつく島がない。現実の犯罪捜査をしている町奉行所同心には、妖怪なんぞ絵空事に聞こえてしまうようだ。
竜胆と黄蝶が紅羽を後ろから袂を引っ張って、押しとどめる。
「やめておくのじゃ、紅羽……狐狸妖怪変化の類いは実際に見た者でなければ信じまいて……」
「そうなのです。それより、秋芳尼様のお言いつけを守るのですぅ!」
「うみゅう……そうだった……」
二人に説得されて、大人しくなる紅羽。一方、半九郎は兄弟子にとりなすのだが、
「いや、岸田殿、俺も本当に妖怪を目撃して……」
「おいおい、半九郎……人が殺されたら妖怪の仕業、人が行方不明になったら神隠しの仕業にしていちゃ、俺たち町方同心の仕事がなくなるぜ……」
と、にべもない。取り調べに戻って行った。巫女剣士の竜胆が肩を落とす寺社役同心に近づく。
「松田殿……私たちは秋田屋のおかみさんが斬られた現場へ行って、残留妖気が残っていないか調べてきます……」
「ほう、そんな事ができるのか……よし、竜胆……そちらを頼むぞ……」
「ははっ!」
こうして、竜胆たちは殺害現場の空き地へいって、妖気が残っていないか調べることにした。
半九郎は大人しく町方の捜査を見学して学ぶことに。
『赤目の辻斬り』に斬殺された秋田屋内儀・お富の遺体は番屋にあり、手続きが終われば、店に戻され葬儀となる手筈だ。
岸田修理亮は亭主の秋田屋万兵衛を八丈の客間に呼び、昨夜、お富の様子に妙なところはなかったか聞いた。
万兵衛は三十代半ばで、商人にしては筋骨逞しい。
なんでも、元は秋田屋で用心棒をしていた浪人者だったという。
が、前主人の徳右衛門が亡くなった際、妻のお富を慰めている内に、懇ろの仲となり、親類の反対を押し切って夫婦になったそうだ。
そんな仲だから、万兵衛は辻斬りにお富を殺されたのが、悔しくも悲しいのだろう……袖で顔をおおい、涙ぐみ、グズグズと鼻水をすすっている。ちなみに用心棒の後釜には、万兵衛の浪人仲間であった油留木平内を招いている。
「岸田さま……ぜひとも、女房の仇を……下手人を捕まえてください……お富とは惚れあった仲……手前が商家に入るならば、お富が『刀を捨てて』と頼むもので、手前も断腸の思いで刀を捨てたんでさあ……」
「ああ……まかせてくんな……俺が出張ったからには白黒つけてやらあ……」
伝法な口調で太鼓判を押す岸田同心。そこへ、周囲に聞き込みにでていた四十男の岡っ引き・錣引の町蔵親分がやってきて、岸田同心に耳打ちした。
このとき、客間の庭のある縁側に黒い影があり、障子越しに中の人の話し声をうかがっていた。
何者であろうか……
「……岸田さま……下っ引きに近所のことを根掘り葉掘り探らせましたが、昨晩は夜回りの者も夜中に店を出した屋台のうどん屋、おでん屋も気儘頭巾どころか、怪しい奴を目撃した者は一人もいないんでさあ……」
「そうか……目撃者無しか……神出鬼没、まるで妖術使いだな……」
錣引の町蔵の報告に、岸田は思案顔。松田はじれったくなった。
「岸田殿……『赤目の辻斬り』は血に狂った殺人鬼……はやく捕り手を集めて御蔵前近辺をしらみ潰しに探しだしましょう……」
「まあ、待て、半九郎……捕り手を呼ぶにおよぶまいよ……」
それを聞きつけ、秋田屋万兵衛が目を見開き、ものすごい形相で喰いさがる。縁側に潜む謎の影も壁に耳をそばだてた。
「岸田さま、では……では……お富を殺した下手人……赤目の辻斬りの手がかりをつかんだのですか!?」
「ああ……いうにおよびねえ……下手人はもう捕まえたも、同然だ……」
「ええええぇっ!!」
万兵衛どころか、半九郎も驚いて岸田同心を凝と見た。




