秋芳尼の法力
「おのれ、赤目の辻斬りめ……血に狂って、ついに一般庶民まで手にかけたか……許さん!」
「おいおい、半九郎……浅草御蔵前は町方の担当じゃぞ……ここは町奉行所にまかせようではないか……」
「何を役人根性まるだしの了見を……町方でも寺社方でも江戸の平和を守るのは同じはずです!」
「いや……差配違いというのがあってだな……それに、寺社廻りの途中だぞ……」
熱血同心と事なかれ主義同心がもめている間、紅羽・竜胆・黄蝶は秋芳尼をまっすぐ見た。
「秋芳尼さま……ついに庶民が殺されてしまっては放ってはおけません!」
「この度の『赤目の辻斬り』が、人か魔物か、実際に調べてから判断してはいかがでしょうか……」
「黄蝶もお手伝いするのです!」
その気迫をやんわりと受け止めた尼僧は、決然と言い放った。
「そうですね……魔物妖怪が無差別に庶民を襲うのであれば、放ってはおけません……
ただし、人間の仕業とわかったら、町方にまかせて、手を引くのですよ……」
「はい、それはもちろん!」
伴内・浅茅夫婦が「うんうん……」と頷いて見守っている。
「では、いつものように武具を出してください……破邪の霊力をこめましょう……」
「お願いします、秋芳尼さま!」
秋芳尼は紅羽の刀、竜胆の薙刀、黄蝶の円月輪の刃先にたおやかな手をふせた。
掌から淡く温かい光を放ち、武具を包み込む。
聖なる〈神気〉が流れ込んでいく。
通常武器を無効とする妖怪の本体、悪霊の霊体を、神秘の法力・霊力で加護した武器により、斃すことができるのだ。
松田半九郎は、その不思議な法術の顕現をみて、魅せられた。
「秋芳尼殿……是非、俺にも法力の御加護をお願いします!」
「ええ~~~…いいよ、松田の旦那ぁ……妖怪退治はあたしたちの仕事だよ……旦那が斃したら、商売あがったりだよ……」
「そうそう、紅羽のいう通り、私たちにおまかせを……」
紅羽と竜胆が新九郎をいなすが、熱血同心の心の裡は揺るがない。頭を下げ、平身低頭する勢いで頼みこむ。
「いや、そこを是非……是非ともお願いいたします……」
「……まあ、いいでしょう……相手は危険な人斬りなのですから……妖魔化生が正体ならば、力になるはず……松田殿、刀を……」
「おおっ、ありがたい……」
松田半九郎は鞘から長脇差を抜いて差しだした。
刃引きの刀で、斬ることはできないが、打撃を与えることができる。
これは捕物の場合、殺傷ではなく、捕縛するが目的だからだ。
寺社役同心も町方同心も、普段は真剣の二本差しを所持しているが、お勤めや捕物のときだけ、刃引き長脇差しを所持する。
「おおっ……なんだか、仏法の加護で自分の体の中にも神秘の力が宿ったようです……」
三女忍は、尊敬する秋芳尼が松田に優しい言葉をかけるのを、なんだか面白くない表情で眺めていた。
「ほほほ……この力は一両日中になれば消えますので、覚えておいてくださいね……」
「はいっ!!! では伯父上、御蔵前へ行ってまいります!」
松田半九郎は伯父の返事もまたずに浅草・御蔵前へ向かって駆け出した。
やけに心気充実、意気軒昂の有り様である。
「だから、差配違いだというのに……ええい、もう……勝手にせい……」
「あたしたちも遅れてはならないわ!」
「そうじゃな……」
「待ってですぅぅ……」
天摩流三人娘たちも遅れじとばかり、熱血同心を追いかけた。




