赤目の辻斬り
「……半九郎、この方は鳳空院の住持で紅羽たちの元締めである秋芳尼殿だ……おっと、以前も浅草でお会いしたか……」
「はい……秋芳尼殿、この間は百目の通り魔の妖術を解いていただき、ありがとうございます……」
「いえいえ……私は手助けをしたまで……実際に倒したのはこの子たちですから……」
秋芳尼が紅羽・竜胆・黄蝶の背中や肩をさわって労う。
「そうそう……あたし達がトドメを刺したんだからね……」
「そのお礼に寺社奉行の牧野豊前守殿から料亭に招待されたのう……」
「じゅるり……あれは豪華な料理だったのですう……」
三人娘がいっせいに話しだして、ひなびた田舎風景がなんとも華やかになった。
体も細いが目も細い坂口宗右衛門が、秋芳尼に語りかける。
「それはそうと、この間は深川の弥兵衛長屋に取りついた悪霊の除霊と、御蔵前の宿屋の女将の狐憑き退治……ごくろうさまですじゃ……」
「いえいえ……困っている人がいれば助けるのが仏門の道ですので……」
――ほう、そんな事件があったのか……
松田半九郎は丹後国から江戸の藩邸の長屋への引っ越しや、上司や同僚への挨拶、豊前守の御目見えなどで忙殺されて知らなかった。
坂口はさきほど菓子屋でかった包みを尼僧に渡した。
「これはほんの手土産で……いや、御寄進ですじゃ」
「まあ、ほほほほほ……いつもありがとうございます。さあ、みなさんで頂きましょう……」
「わぁぁ~~~~い! お菓子なのですぅ! 坂口様、ありがとうなのですぅ……」
――いつもって……伯父上は他の寺社の鼻薬をあつめて……これがいざという時のための賄い金なのか……ううむぅぅぅ……
松田半九郎は複雑な顔となって思案顔。
ともかく秋芳尼たちは野菜籠を茶屋において、一同は松葉屋の縁台に座り、粗茶と『桜薯蕷』で休憩する。
饅頭の甘さで疲れがとれ、桜漬けの風味が春を感じさせる。
「美味しいのですぅぅ~~…」
「黄蝶ちゃんが喜ぶとわしも嬉しいわい……おっ、半九郎、なにを難しい顔をいておる……それ、例の……向島の件を鳳空院の方々にはなしてくれ」
坂口宗右衛門が扇子をパタパタ仰いで、甥の寺社役同心に話をふる。
「あっ、はい……実は二日前の夜……隅田川向島にある四ツ木村で奇妙な事件がありまして……」
「奇妙な事件ですか?」
秋芳尼が眉をひそめる。
「二日前といえば、あたしが中西道場で助っ人として、雷音寺一門という道場破りを倒して大活躍した日だね!」
「……道場主の天井を壊して借金をつくった日でもあるな……」
小頭の松影伴内が紅羽をジト目で見る。
「しょぼぉ~~~~ん……」
「いや、その雷音寺の弟子である河馬山重蔵と五里嵐十郎が、廃神社敷地内でな……変死体で見つかった……」
「えっ…………ええええええええええええええええええっ!!」
紅羽が驚いて立ち上がる。
ほんの二日前、切っ先を交えた相手が殺されたとは衝撃であった。
「四ツ木村の百姓が昨日朝方、野良仕事にでかけたときに発見した。代官所が調べたが、身元は船宿で帰らない客が三人あってすぐわかった……」
「三人ということは、つまり師匠の雷音寺獅子丸も行方不明ということ?」
「ああ……同じ下手人に、別の場所で斬られたか……あるいは弟子たちを斬り捨て、出奔したか……」
「まさか弟子を斬るなんて……横柄な奴らだったから、誰か凄腕の剣客に喧嘩を売ったんじゃないの?」
「うむ……喧嘩の上の刃傷沙汰……ありえるなあ……しかも、実は昨日も別の殺しがあった……昨日六ツ半(午後7時)ごろ、三囲神社の境内でまたも同じような辻斬り騒ぎがあった……」
辻斬りとは、武士が夜中に町中で出会った通行人を斬り捨てることで、戦国時代から江戸初期にかけて多発した。
その理由としてはいろいろとある。
まず、手に入れた刀剣の斬れ味を確認する試し斬り、武芸の腕をほこるため、金品目的の強盗、憂さ晴らしの凶行、そして千人を斬れば病が治るという『千人斬り』の迷信などだ。
江戸時代初期はまだ戦国の気風がのこるころで、血の気の多い旗本の若侍が辻斬りをしたようだ。
また、徒党をくんだ旗本奴の悪行という記録もある。
慶長七(1602)年、徳川幕府が辻斬りを禁止し、厳罰にすることを決めた。すなわち、死罪である。
江戸中期ともなると、治安が安定し、辻斬りの噂もきかなくなったのだが……
「まったく、境内を血で汚すとはけしからん! 神罰が落ちるぞ……」
坂口が迷惑そうな顔で口を挟んだ。
三囲神社もそうだが、廃神社跡も戸籍上、寺社奉行の管轄であるからだ。
「その境内で剣の遣い手だという浪人者二名……川手求馬亮と田坂孫太夫がやはり同じように斬殺死体で発見され、血が抜かれておった……同じ手口であろう……のう、半九朗」
「はい、おそらく……そして、今回は目撃者があった……夜廻りの老爺が現場を見ていたのだ。
気儘頭巾をした武士が浪人に喧嘩を売ったようだ。
六尺豊かな体格だったという。あっという間に二人を斬り捨て、老爺は腰を抜かしてへたりこんだ。
が、気儘頭巾は老爺に目もくれずに去ったそうだ……
そのとき、夜廻りの老爺は気儘頭巾から覗く双眸が鬼灯のように朱く光ったというのだ……
犯人は人呼んで『赤目の辻斬り』と巷で噂になっている……」




