落雷
道場破り撃退にわく中西道場。
夜にささやかな宴を開くことになり、活躍した松田半九郎と、助っ人の紅羽たちも呼ばれることになった。
道場主の中西忠蔵はまずまずの結果であったと思う。
師範代の片桐を振り向き、
「普段のいざこざを忘れて、木刀派と竹刀派も仲良くやってるじゃねえか。よしよし……まあ……一時のことではあるが嬉しいものだ」
「はい……道場破りが妙薬となったのかもしれませんな……」
中西忠蔵は雷音寺獅子丸に、
「試合が終われば、共に剣の道をすすむ者同士……ここは腹をひらいて、仲良くやらねえか? 門弟たちにそちらの廻国修行の話をして欲しいしよ……」
と、宴会に参加しないかと頼んだ。
だが、雷音寺はかたく固辞し、師弟たちは悄然と道場を去った。
ここは谷中の柳厳山鳳空院。
境内の石畳を麗しき尼僧が箒で掃いていた。
もう、夕暮れの時間。薄暗く、ジメジメとした空気で、雨でも降りそうな空模様。
尼僧は人の気配を感じ、長い石段をのぼってくる紅羽・竜胆・黄蝶の姿をみとめた。
小柄な黄蝶がピョンとはねて抱きつき、秋芳尼の豊満な胸にふにゅっと頭がうずまる。
「秋芳尼さまぁ~~~……今日は疲れたのですぅ……」
「あらあら……ご苦労さまです……」
秋芳尼が黄蝶の小さな頭を撫でる。
「みんなも、お帰りなさいな……ところで猫ちゃんは見つかりましたか?」
「それがそのぉ……情報を頼りに、不忍池から三味線掘、下谷練塀町と駆け巡ったのですが……」
直情径行ではきはきと物をいう紅羽にしては、歯切れが悪い。竜胆が結果をいう。
「肝心の三毛猫の玉は見つからず、でした……」
「ふふふふふ……そういう時もありますよ……浅茅が夕餉の支度をしています、食事にしましょう……」
「わ~~~~~い、御飯だあぁぁ……」
石段下にある茅葺き屋根のこじんまりした茶屋から初老の男が顔を出して、階段をのぼってきた。天摩忍群の小頭・松影伴内である。
「なあ、お前たち……さきほど下谷の中西道場の者から、紅羽達宛てにこんな書状が届いたのだが……どういうこっちゃい?」
中から天井修理の見積もり書を取り出してやってくる。顔が笑っているが、額に血管が浮き出ている。天空は彼の心中を反映するかのように曇天で、ゴロゴロと遠雷が聞こえる。
「あっ……やばい……」
「それはその……紅羽が……」
「なによ、竜胆……みんなも同意したでしょうが……」
ゴニョゴニョとする二人に、小頭が一喝した。
「申しわけありませぬ、小頭……猫探しで中西道場の天井裏にもぐったのですが……」
「道場主に槍を突かれてしまい……」
「あれは怖かったのですよぉぉぉ~~~~」
「中西さん家の天井裏を壊しちゃいました……てへ」
片目をとじて、舌をだす紅羽。
「てへ、じゃないわい!! だいたい……忍び込んだ家の天井板を壊して……弁償させられる忍者など……聞いたことがないわい!!!」
三女忍が肩をすくめた。
「この半人前どもがぁぁ~~~~~」
小頭の雷が落ちて、三人娘たちは境内から逃げ出した。道灌山にも稲妻が落ちたようで、雨が降りだした。
「やばいっ、逃げろぉぉぉぉ~~~!!」
「ぴえ~~~~んなのですぅ!!!」
「なぜ、私まで……」
と、鳳空院では今日も今日とて、半人前くノ一たちが大騒ぎ。
しかし、彼女達は今回の騒動を契機に、江戸の町に怖ろしくも、血腥い風が吹く大事件が勃発することを、まだ、知らなかった――
その事件については、また、次回の講釈で……
久しぶりに小説を書いたら、話が長くなってしまったので、第四話はここで一旦区切り、「対決!雷音寺一門」と副題を変更します。
次の第五話から、仕切りなおして、「斬風!血を吸う妖刀」を始めます。




