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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第四話 対決!雷音寺一門
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奥義・無明斬り

 松田半九郎は剣先を対戦者に向け、正眼に構える。

 雷音寺獅子丸は左足を前にだし、手元を右脇にあげ、刀身を立て、八双に構えた。


「半九郎とやら……貴様の『拂捨刀ほっしゃとう』脇構え……東軍流・雷音寺獅子丸が破ってみせるぞ……」


 東軍流剣法――それは戦国時代末期、川崎鑰之助かわさきかぎのすけという兵法家がはじめた流派である。

 幼くして父・時定から鞍馬八流を学び、富田勢源とだせいげんから剣術を学んだ。

 数年におよぶ廻国修行で上州白雲山へ参籠する。

 そこで不思議な老僧とであい、秘伝を授かる。その老僧の名は東軍僧正といい、その名をとって、自流を東軍流と称す。

 剣術と軍学で有名となった。


 そして四代目の川崎次郎太夫かわさきじろうだゆうは鑰之助の子孫であり、これが出来物であった。

 廻国修行中に武州熊谷で地元の剣士と試合をし、これを倒す。その弟子たちが師の仇討に数十人がかりで次郎太夫を追いかけ、おしの原で大乱闘となる。

 多くの傷を負ったが、最後まで斬り合い、世の評判をとる。彼は忍藩主で老中の阿部忠秋が指南役として迎えた。

 やがて、次郎太夫は藩を辞し、江戸に渡り本郷に道場を構える。

 東軍流は栄え、直門三千人、分派六十余の支流をもつにいたった。

 赤穂浪士の大石内蔵助も奥村重舊に東軍流を習い覚え、免許皆伝の腕前である。


「破るだと……さて、どうだかな……」


 半九郎はその言葉に誘われたように右足をひき、右足を大幅に後ろへ、左一重身ひだりひとえみとなり、左肩を傾け上げて、『斜』の構えをとった。

 木刀は背後にまわり、隠れて見えない。

 さきほどと同じ『拂捨刀』七本の一つ、『脇構えのすり上げ』だ。


 この技の利点は人体の急所があつまる正面の正中線を外し、刀身を隠すことで間合を測れなくすることだ。

 もっとも、木刀の長さは前仕合でおおよそ雷音寺は把握しているであろう。されば、間合を隠す意味は半減する。

 そして、左半身が無防備でさそいだが、対戦者の撃剣にさらされるリスクもあるのだ。

 半九郎には対抗策があるのであろうか?


「でええええええええええええええええいっ!!」


 雷音寺獅子丸が仕掛け、半九郎の左肩めがけて振り下ろした。半九郎が体軸を回転させ、右下段の木剣が虎の尾のごとく撥ね、迎撃にむかう。


カンッ!


 雷音寺の初手は色付け――すなわち、様子見の誘いの剣。

 初手の一撃は途中でとまり、そして半九郎の摺上げの剣を見極め、木刀を盾にした。

 半九郎の木刀が弾かれ、たたらを踏む。


「なにっ!」


 雷音寺は弾いた木剣を撥ね上げ、ふたたび八双の構えから、新九郎にトドメの剛剣を送る。


「……これぞ、東軍流・無明むみょう斬り!」


 東軍流・無明斬りとは、敵の攻撃の変化を見極め、間合の刃圏を制圧する奥義。


「松田さまっ!」


 中西梢の悲鳴があがった。


 松田半九郎は態勢をととのえ、瞬時に木刀を上段に構え、打ち下ろす。

 鏡に映った像のように同じ動きだが、当然、半九郎の方が遅い。相打ちを狙ったものか!?


 雷音寺の剛剣の軌道に、新九郎の剣が割り込み、木刀の刃先とむねがこすれ合う。

 半九郎は己の木刀の刃先に見えない鉤を仮想し、その仮想の鉤をひっかけるように相手の木刀を左へ引き落とした。


 カツンッ!!


 音高く、雷音寺の木刀が落下した。雷音寺の両眼が驚愕に見開き、剣先が面前に突きつけられた。


「これは……まさか……一刀流の奥義……『切落きりとし』……こんな若造が……まさか、まさか…………」


 敵とのカウンターを狙う『切落』……遅すぎても、早すぎても失敗する難しい技だ。

 本来は相手の刀を弾いた勢いで、敵を両断する。

 一をもって、二の動きをするので、必ず勝てる。

 剣術界における『究極のカウンター技』といってもいい。


 だが、極めるのは難しい……道場でも師範代、上段者しかつかえない超絶高等剣術である。


「……まいった…………」


 雷音寺獅子丸がガクリと膝を落す。静まり返った道場。


「凄いぞっ、半九郎!」

「我が道場の勝利だっ!!」


 遅れて、道場内に榎本鍋之助ら、門下生たちの歓声がわいた。


「ほほう……半九郎の奴、陸奥みちのくの廻国修行で『切落』を身につけおったか……こりゃ、目録を与えねえとな……」


 中西忠蔵が腕をこまぬいて感心した様子。 

 剣の達人ともなると、先に例にあげた近藤勇のように戦わずとも相手の実力が推し量ることができる。

 半九郎が以前より、強くなったと感じていたが、予想以上のものがあった。


「さすがは半九郎さま……」


 中西梢がうっとりと彼を見つめた。

 紅羽たちも黙って、じっと仕合を見学していた。

 半九郎の連続二試合の技の応酬に、大いに勉強になったようだ。


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